4.新たなる個体
し、しかし。とエミリアは何かも思いついたらしく、それを声を震わせながら口にした。
「待ってくださいよ! えっと……そう、ナターシャ、さん? いま誰かに向かって放てる爆破魔法って言いましたけど、自分から爆発するのとそれをどこかに向かって放つには別の魔力作用が必要なんですよ」
「……はえ? 魔力、左様?」
「左様じゃなくて、作用! 理解してどうするんですか」
「意味がよく分からないけれど、使えるのは本当です」
「なっ」
「信じていませんね?」
口元をちょっとだけ上げて見せるそれは、見せてやらないとわからないですかーそうですかーというような意思の表れにも見て取れた。
そんなに自信満々というようでもなかったけれど、できるのかと問うてできますよ。などと安直にそこかしこに向かってそんなものを放たれたらたまったものではない。
もし、彼女と呼ぶべきか悩むけれど、ナターシャがそれを出来るなら。
「待って!」
「シリル……さん?」
急に場を制した先輩に後輩はあれれという顔をする。
まさかまだ会話を続ける気があると思わなかった。
さっさと逃げる、もとい帰還魔法を発動する準備をしているものとばかり、エミリアは思っていた。
役に立たない先輩だ。
「ねえ、ナターシャ。あなたできるならそれは凄いけど。ここでされたらどこが崩れ落ちるかわかったものじゃないの。最下層に巣くった異常を除去しなきゃいけないし」
「異常? 最下層にはダンジョンコア以外、なにもいませんよ? ああ、違う。ありませんよ」
「え? そうなの? とはいっても最下層まで行きついたのはまだ誰もいないらしいけど……どこ情報、それ」
行きついていないのに、依頼が来るんかいと誰かが突っ込んでいたっけ。
つるんとした庶務六課のもう一つの動く太陽こと、課長のことを思い出す。
依頼額は金貨四十枚と太っ腹。
平民の一家族がはたらかずに百年はゆうに暮らしていける額だ。
総合ギルドの上層部に照会してもその依頼主はあきらかにはならなかった。ついでに最下層に行きついた誰かがいないの前には、総合ギルドの中には、という主語が隠れていた。
「どこと言われましても。私そのものが最下層から上がってきておりますし」
「えっ何それ何それ。下から上に上がるのだって数時間かかるところをどうやって上がってきてるの? 丸一日以上かかるじゃない」
「はて? そんなに面倒くさいことでしょうか」
「とってもすごいことだと思うんだけど」
「それ教えたらスキルも教えていただけますか?」
「……相談する時間もらっていい?」
「どうぞどうぞご自由に。今日はちゃんとゆっくり待ちますから」
「あ、ありがとう」
よくよく考えればまともな時間の経過が理解できないはずのこのダンジョン。太陽も昇らず月も降りることもない。
中に生息するモンスターはいてもそいつらは瘴気と呼ばれる、ダンジョン全体が発生させている魔族の食べ物……みたいなものが中に充満しているから、特に太陽とか月とかそういったものが必要でない。
シリルは魔族だし、エミリアは魔女だということで普通の人間が降りてしまえば数日でめまいや幻覚を引き起こし倒れ込んでしまうこのダンジョンにも降りることができる。
瘴気は空気みたいなもので、密度が濃ければ毒にもなるし薄ければ薄いでそれを吸って生きているものに対してはこちらもまたちょっとした毒になってしまう。
どちらにしても有害なものであってまともな冒険者は、自分たちが降りることのできるダンジョンを攻略しようとする。
「どうしますシリルさーん……私、もう帰りたい」
「ここまで来て、泣き言いわないでよねエミリア。あなたも総合ギルドの一員なんだからきちんとしなさい。死んだら何か遺品は持って帰ってあげるわ」
「……優しくない」
「あいにく、新人と後輩にかける優しさはどこに持ち合わせてないの。そんなもんあったらもっともっと手が足りていない同僚たちに心砕きたいじゃない。意味わかる?」
「先輩達全員が……ある意味社会不適合者っていうことがよくわかってますけど。シリルさんも含めて」
「戻ったらたくさん相手してあげるから感謝しなさい。魔法の自治訓練で散々いたぶってあげる」
「……しばらく公休を取ることにします。ってああ! 半年働かないと有給もらえないんだった……」
「間抜けねー。そんなことよりも、ナターシャね……あなた昨日約束したんだから何か教えてあげなさい」
「その代わりに?」
「最下層まで行く方法を手に入れられるのなら、こんなに有意義なことはないわ。他には使い道ありそうだし」
「他にもって……?」
「他にもは他にもよ」
「はあ」
このダンジョン、別名「ニベアのダンジョン」と呼ばれている。
ニベアとは最初にダンジョンを攻略した冒険者の名前だ。
攻略されたのはつい最近で、半世紀前。
その時彼女は別の国出身ということで総合ギルドには所属しなかった。そんなわけで、総合ギルドにニベアのダンジョンを攻略した者はいないことになる。
最も、この半世紀の間で何回か最下層まで降りたものはいるのだ。
生きて戻ってこれたのは二名ほど。
それ以外はほとんど行方不明か、死体となって発見された。
死体がないのはモンスターに食べられてしまったということで、その遺品などはきちんと回収されているからまあこれはまず間違いない。
ハサイヒメなんて暴威が荒れ狂い死人が多発するから庶務六課に降りてきた問題の中に、思ってもみなかった素晴らしいものを見つけたような顔をしているシリルを見て、後輩はなんだかまずいことになったなあ、とぼやいていた。




