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お客様対応です。

前世のブラック企業にも、同期はいた。

どちらかというと仲は良い方で…といっても、その部署に同期は私とその子の2人しかいなかったから、上司の愚痴やら仕事のことについて自然と話す機会が多かったということもあるが…ともかく、同い年ながら部署的には少し先輩で仕事も早かったその同期とは仲が良かったと思う。

「手伝おうか?」

ある、終電チャレンジをしていた残業日のこと、その子が私に声をかけてくれた。

「こっち落ち着いたから、何かやることあったら手伝うよ。」

「本当?ありがとう!」

通常業務に加え、上司からの無茶ぶりに私ひとりではキャパオーバーしていて、正直その言葉は天の助けだった。もしかしたら今日こそは、1週間ぶりに家の布団で寝られるかもしれない。そう思って、たったひとつだけ、仕事をお願いした。

「じゃあこれを…」

なんてことのない、先方への連絡。なんなら私よりその子の方が慣れている業務。

「それ、直接やりとりした方が良いやつじゃない?」

「…あー、そっか。確かに。」

「他は?大丈夫?」

「あー…うん、大丈夫。」

「そっか。じゃあお先に。」

「…はーい。」

確かに、私担当の案件だから、私が連絡した方が良い。それは正論だったけど、同時に感じてしまった。

(私に声をかけたのは、社交辞令だった?気遣ってくれたように見えただけ?)

「お疲れ。」

「お疲れ様。」

仕方ない。私が同じ立場でも、同じ事をしたと思う。仕方がない。“また明日”と、カバンを肩にかけるその姿に片手をあげた。

…あの時、上手く笑顔を作れていただろうか?


「…コユキはさ、」

「ん?」

「手伝おうか?とか聞いてくれないよね。」

「やる気もないのに聞いてもしょうがないでしょ。」

「…そういうバッサリとしたところ好きよ。」

「さっさと仕事して。」

閉店後の事務作業にて、書類作業に追われる私の横で優雅に読書にふけるコユキを見ていてふとそんなことを思い出した。ちなみに、本の内容は“これであなたも不労所得者”だ。

「そもそも、私は開店中ずっと仕事してたの。給料に終業後労働は含まれていない。」

「同じ労働内容の、同じ給料額のはずなんだけどな。」

「あんたは働くの好きでしょ。」

「なんなら一生布団と一緒にいたい人ですがなにか。」

「冗談はさておき。」

「早々に飽きたな。」

「あの金づる…お嬢さんたちとは仲直りしたの?」

「心の声が大きすぎないかい。」

“金づる”とは、おそらくクロエさんたちのことだろう。あの日、怒って店を出て行ってしまって以来、彼女たちはこのギルドに姿を見せていない。まぁ、フィル―ルさんはコユキを口説くために毎日顔を見せているが。

「というか仲直りって、別に喧嘩しているわけじゃあるまいし。」

というか、あの人たちが来ない方が私の安心安全な平凡ライフのためにも良いので特に気にしていない。

「うちの売り上げ、明らか落ちてるでしょ。」

「そんなこと、気にしたことないでしょ。もともとあの人たち、うちの常連ってわけでもなかったんだから、正規の売り上げに戻っただけだし。」

以前にトミュエルさんも言っていたが、このギルドの売り上げは辺境ながらそこそこ良い。コユキと店長目当ての常連が良いところを見せようと発注したり、新人冒険者が登竜門としてウチから発注したりするため、低ランクのクエストしかなくても数は出ている。

「ここの改築どうすんのよ。」

「あの二人がもう手配してくれたんじゃないの?」

「他にも直したいところあるの。」

「そういう私欲を隠さないところ、好きよ。」

「お黙り。」

二度目の告白も失敗に終わる。フィル―ルさんのプラスチック並みの強度を持つハートを今は尊敬する。

「売り上げが落ちたら直せないでしょ。」

「えー…」

作業もひと段落して、すっかり固まってしまった腰を伸ばす。正直、コユキと店長の一言で上のお偉いおっさん連中はキャバクラに金を落とす社長の如く無駄遣いをしてくれると思うんだが…本当、なんでこの人たちここで働いているんだろう。

「コユキちゃんの言う通りよ。」

「うわ。」

「店長、お帰りなさい。」

「ただいま。」

そこに、ギルドの定例会議から戻っていたらしい店長の声が背後から聞こえた。気配がなさ過ぎてすぐ後ろに来ていることに全く気付けず驚いて背中が丸まった。

「…コユキさんさ、気付いてたなら教えてよ。」

「面倒。」

「薄情者。」

「はいはい。それより、コユキちゃんが言う通り、あの人たちはうちのギルドの一番の金づ…お得様なの。」

「心の声が漏れてますよ。」

「店長いつから話聞いてたんですか?」

「さっきよ。」

「具体的にいつから…」

「細かいことを気にしていると禿げるわよ。」

「それ以上薄くなったら、いっそ全部剃ったら?」

「私だって傷つく心があるんだからな。」

「え」

「驚いた顔やめて。」

この美人たち、人をいじる時の生き生きとした顔を客前でもやれないものだろうか。

「というか、コユキも金づるとしか言ってませんね。」

「そんなことないわよね?」

「そうそう。大事なお客さんって言った。」

「言ってないわ。」

美人には話を曲解する性質でもあるのだろうか。まるでそれが真実と言わんばかりにまっすぐした瞳で私を見てくる2人に頭が痛くなる。

「とにかく、これ以上売り上げが落ちるのはうちとしても避けたいところ。だから、ね…?」

「…はい?」

「これも、仕事よ。」

「…マジすか。」

常連が見たら卒倒しそうな店長の極上の笑みに、しかしそれが何より怖いことを私は知っている。横を見れば、話しに飽きたらしいコユキはすでに手元の世界に戻ってしまっていて、もうどこにも逃げることはできないのだと悟った。…本当、なんで私ここで働いているんだろう。


コユキがフィル―ルさんから聞いた(聞かされた?)情報によると、彼らは王都中央の宿屋に泊っているらしい。

「…うわぁ。」

そこは、名の通りこの国の中心部のような場所であるため小綺麗な店やお高そうな店などが多く、辺境らしくロクな店のないうちのギルド周辺とは大違いだ。買い物などあまり出歩かないから今まで数回しか訪れたことはないが、いつ来ても人が多くて歩きにくい。

「さて、どうするかな…。」

どうにかしてこい、と言われたものの、どうにかする当ては皆無である。前世での対人関係は希薄で喧嘩なぞしたことがないし、取引先の相手とは気にしすぎなくらい気を使っていたし、こういうことは全くの未経験である。

「どうしたものか…。」

「おい。」

「わ。」

せっかく手土産も買ったが、適当に時間を潰して帰ろうか。ご飯処を探して周囲を見回していると、ふいに後ろから声を掛けられた。癖ではないのに、また背中が丸まった。

「ここで会うとは…偶然だな。」

「こ、こんちは。」

恐る恐る振り向いたそこにいたのは、大量の食材を抱えたトギさんだった。後ろには、やはりフードに顔を隠したコルアさんがいる。手に持っているのは…出店の串焼きだろうか。

「お前も買い物か?」

「あー…まぁ。」

『アンタらに会いに来た』とは言えず、曖昧に返事を返してしまった。

「…うそ。」

が、コルアさんには通じなかったようだ。

「嘘?」

「目。泳いでる。」

「あー…。」

「何かほかの用事か?」

「…まぁ?」

「クロエのこと。」

「…あー。」

「あー。」

コルアさん、こんなに心が読めて、こんなに空気の読まない子だったのか。彼の言葉で色々察したらしい顔のトギさんと目が合う。

「…すまない。」

「…いえいえ。」

「?」

「まぁ…あいつも、ただ気まずくてギルドに行けないだけだ。君が気に病む必要はない。」

「…はぁ。」

たぶん彼は、あの発言を気にしているだろうと、謝りに来たのだろうと推測しているのだろうが、私は気に病んでいなければ、店長に言われなければここには来なかった薄情な人間である。コユキではないのでさすがにそこまでは言えずに笑ってごまかした。

「そうだ。良ければ寄っていかないか?あいつも喜ぶ。」

「…はい?」

「遠慮はしなくていい。いつも世話になっている礼だ。」

「えっと、ん?いや…」

「ちょうど夕食の材料も買いすぎてしまっていてな。さぁ、行こう。」

「あの…」

その笑顔が逆効果だったのだろうか、いらぬ方向に気を回したらしいトギさんが、大きい体を反転させ、どこか楽し気に進んでいってしまう。空気の読まない子…いや、読めない子なのか。そうか。

「…たべる?」

そのあとをひょこひょこついていこうとして、思い出したように手に持っていた串を差し出すコルアさん。というか、その串には何も刺さっていないぞ。

「…。」

押し付けられたのはごみか、それとも…。いや、考えるのはやめておこう。ついていきたくもないけど、帰る図太さもないので、少し離れてしまった2つの背中に向けて重い足を動かす。頭の中ではイフ兄さんが『全て燃やし尽くしてやろうか?』と問いかけてくるが、曖昧な笑いを返しておいた。相変わらず物騒である。


「…まじか。」

中央商店通りからわずか5分、辿り着いた先には王都で恐らく一番と謳われる宿屋という名の高級ホテルだった。どのくらい高級かというと、1泊で私の現給料がすべて消える。

「あんたらの給料の心配していた自分を殴りたい。」

「「?」」

「こっちの話です。」

そうだ。うちでは縁がないから忘れがちだが、Aランク以上の上級クエストは危険も多いがその分破格の報酬がもらえるんだった。ちくしょう。

とりあえず自腹切らされた菓子折り渡したらさっさと退散しよう。長い階段を上っていく2つの背中にそっと舌を打つ。

「帰ったぞ。」

「…うわあ…。」

三回ほど回った末にたどり着いた階段上には、扉が一つだけで、そこに迷いなくトギさんが入ってく。コルアさんに背中を押されてそれに続くと、イメージ通り…いや、イメージ以上の高級フロアがそこにあった。日当たりがかなり良好なのか天井のシャンデリアのせいか、眩しくてつい目が細くなってしまう。

「狭いがゆっくりしてくれ。」

「嫌味ですか。」

「?」

「これまたこっちの話です。」

私の部屋の数十倍はあろうかという一室には、陶器製の椅子が4つ、十分すぎる大きさの、同じく陶器製のテーブル、そして奥にキッチンと、扉が見えるということはもう一部屋あるのだろう。

「…すごい…。」

この世界では、陶器は高級品の代名詞として使われる。家具はもちろん、食器も家も木製が普通で、陶器は上流階級の一部しか使わない…いや、高すぎて使えないのだ。

「おっかえり…って、コユキちゃんのお友だちじゃ~ん。」

圧倒されている私をよそに、3つ並んだシングルベッドの1つから、フィル―ルさんが手を振った。…そのベッドももちろん、枠が陶器製なのだが。

「…どうも。」

「そこで会ってな。」

「クロエに、用事。」

「あー。」

コルアさんの一言で、彼も察してくれたらしく薄い笑みを浮かべた。

「で、その本人は?」

「風呂に行ってるよ~。」

「…まさか、お風呂もついてるんですか…?」

「いや、風呂は外に出ている。部屋についているなんて、王族ではあるまいし。」

「……デスヨネー。」

良かった。さすがに個別風呂までついていたら回れ右して帰ろうと思っていた。

「どうせならコユキちゃんが来てくれれば良かったのに~。」

「さーせん。」

「お前もそろそろ、向こうに迷惑だと気付け。」

「いやいや、脳筋には分からないだろうけど、あれは照れてるだけだから~。」

「その無駄な自信は結構だが、面倒だけは起こすなよ。」

「そこらへんは心得てるって~。」

「まったく…。」

…フィル―ルさんには悪いが…実際のところ1ミリの気持ちもないが…コユキが「そろそろアイツ…」みたいなことを呟いて訴訟関係の本を漁っていたことは黙っていよう。…もちろん“善意で”である。

「冗談はさておき、たぶんそろそろ帰ってくるんじゃないかな~。」

全然冗談に聞こえなかったソレをサラッと流そうとしたフィル―ルさんの言葉通り、背後で扉が開く音がした。脊髄反射で首を回すと、驚いているのかぱっちりと開かれた目と合った。

「…」

「…ど、どーも…。」

「…ちょっと、何でこいつがココにいるのよ。」

「クロエ。」

いつものフローラルの中にかすかな石鹸の匂いをはらませて、クロエさんは私から視線を外し中へと入っていく。トギさんに注意されても、チラッと戻しただけで、フンッとまた逸らしてしまった。

「すまない。」

「いえ…。」

大方、予想していた通りである。ツンデレ属性強めの彼女が、そう簡単に機嫌を直しているとは思っていなかったし、簡単に機嫌が直るとも思っていなかった。

「アタシたちの仲間になりにでも来たっていうんなら話を聞いてあげなくもないけど。」

「あ、別件です。」

「ならさっさと帰りなさい。」

「今度はコユキちゃん連れてきてね~。」

「お前たち…」

暖簾に腕押し、というか、押させてさえもらえない。心底面倒だが、これも仕事である。

『燃やしていいか?』

イフ兄さん、ちょっと黙れ。

『そうそう。ワタシが遠くへ転送して二度と戻れなくするまで待って。』

うん、ロナ姉さんも黙ってようか。深呼吸して、脳内から2人を追い出す。

「…えー、この度はワタクシの不用意な発言で不快な思いをさせてしまい誠に申し訳ありませんデシタ。つきましては、粗品ですがコチラの菓子折りと、次回以降クエスト発注2割引にてご容赦イタダケマスカ。」

「…それ、アンタの本心じゃないでしょ。」

「バレましたか。」

「認めたら認めたでむかつくわ!」

「えー。」

「棒読みでバレないと思っている方が驚きだよね~。」

「2割引した損害は私の給料で補填ですよ。そりゃ棒読みにもなるでしょう。」

「本音出すの早くな~い?」

「妥当かと。」

クロエ女氏の機嫌が直った気は全くしないが一応謝ったし、一応菓子折りも渡したし、一応やれることは全部やった(気がする)。

「それでは、またギルドでお待ちしてオリマス。」

これ以上何か言われる前に、やや強引ではあるが菓子の袋をテーブルに置いて一礼する。私的にはこれでこの一件は落着すると思っていた。

「ふ…」

が、世の中そう簡単に上手くはいかない。

「ふざけんじゃないわよ!!!!!」

「クロエッ!」

「あーあー…。」

「…。」

男三人三様の…コルアさんは出していないが…声がして、顔を上げると目の前には紅炎とそれを取り巻く風の渦が迫っていた。どこから出したか杖を掲げているクロエさんが発生源だろう。

「モレティウス・フィーネ!」

炎属性と風属性の最上級魔法か。

攻撃魔法は大量の魔力を消費するため、基本的に得意とする属性1つしか使わないことが多い。しかも最上級魔法は王宮付でも数名しか使えないと聞く高度な魔法のため、私も実際に見るのは初めてだ。

『出番か?』

いや、炎に炎はあまり効果がない気がする。

『あの程度、我ならばすぐに呑み込んで見せよう。』

さらに大きくしてどうすんのさ。

『ソレなら、ワタァシの出番かシラ?』

…本当、みんな人の頭の中で好き勝手にしゃべってくれる。

「クロエやめろ!この街ごと消し去るつもりか!」

「コイツが考えを改めるならやめてあげてもいいわよ!」

「少し落ち着け!」

「いくら伝説の召喚士ちゃんでも、コレはやばいんじゃな~い?」

「フィル!楽しんでないでお前も手伝え!」

「クロエがキレたらどうしようもないの、知ってるでしょ~?それにオレ、魔法は専門外だし~。」

「この面倒臭がり!」

宿自体は木造設計のため、すでに渦のせいで天井やら壁やらあちこちに飛び火して、崩れたところを風が巻き込んでいく。トギさんも水属性魔法の上級呪文を唱えて抑えようとしているが、やはり最上級には勝てないらしい。

「どう?!考えを変える気になったかしら?!」

「…」

「ふん!さすがのアンタも、アタシの本気には敵わないようね!」

『小娘が…やはりここは我が…』

『イフリンはお呼びじゃナイって言われたデショ。ネェネェ、いつワタァシを呼んでくれるノ?』

『その名で呼ぶな。軟弱者が。』

『アラァ、コワイコワイ。』

「…少し黙っていてくださいよ。」

イフ兄さんは呼ばないにしても、同じくらい危ないリブ…水の闘神、リヴァイアサンを出していいものか。喧嘩を始める2神に対して深々と溜息をついたつもりだったが、どうやら思ったことが口から出てしまっていたようだ。

「な、なんですって…?!」

「あー…

「ちょっと強いからって調子に乗らないことね!」

なんだろう、この中級ボスみたいなセリフ。

「魔物は…魔王は悪なの!滅ぼさなければ、明日にはアンタの大切な人まで死ぬかもしれないのよ!」

「私の、大切な人。」

そう言われてすぐに頭に浮かんだ人たちは、心臓刺されても死ななそうな異変分子ばかりだった。

「なんでアタシたち人間だけが、大切なものを奪われないといけないのよ!あんなもの、全部いなくなってしまった方がこの世の中のためなの!そのためにアタシは魔王を倒す!」

「…。」

まっすぐと、彼女の目と合う。

「…私は…」

その彼女へと手を伸ばそうとした瞬間、鼓膜が破裂したかと思うくらい盛大な爆発音が聞こえた。

「なにっ?!」

発生源はココではないが、かなり近い。爆発音は私以外の者にも聞こえたらしく、おかげでクロエさんの気が逸れて炎と風の渦は収束した。

「今のは…?!」

「外の人にも迷惑かけちゃダメでしょ~。」

「アタシじゃないわよ!」

「ふざけている場合か!」

「ふざけてるのはこいつだけよ!」

「あはは、ひどい言われよう~。」

「…外…。」

「とりあえず、様子を見てきた方がいいよね~。」

さすが主人公(みたいな)冒険者一行。今までの騒ぎは無かったかのように、全員支度もそこそこに外へ飛び出していく。微かだが、悲鳴のようなものも聞こえるし、やじうま根性半分、他人様の部屋に残される居心地の悪さからの脱却半分、私も遅れて後を追った。

『ザンネン。』

ちっとも残念そうでないリブの声を頭に響かせながら。


宿を飛び出して一番、見えたのは焼ける家屋と、我が物顔で空を飛び回る魔物…ガルガ、そしてそれらから逃げ惑う人たちの姿だった。

「こりゃまぁ…。」

ガルガは、前世のガーゴイルを思わせる見た目で、危険度としてはCランク冒険者がちょっと苦戦するくらいなのだが、なにせこいつらの厄介なのは悪知恵が働くところである。

魔物は獣程度の、生存本能が強いタイプの知性を持っているものが多いのだが、ガルガはそれに加えて近所の悪ガキくらいの知恵を持っている。ボタンがあればすべて押したくなっちゃうし、火を見つければその辺のものを焼いてみたくなるのだ。

「ナルディオ!」

おそらく、先程の爆発音もこいつらの仕業なのだろう。消火にあたるトギさんと、怪我人を手当てするコルアさん、ガルガに応戦するフィル―ルさんとクロエさんを見つけてから、再び空へと目を戻す。

『数が多いわネェ。どこから湧いてきたノカシラ?』

「そりゃ、あのお山でしょうね。」

『コノ数を?』

「シャスくんはとと様より大きい魔力をお持ちですから。」

『おバカネェ。』

「はい?」

『ヨク見てみなサイ。ひと回り小さいヤツがいるデショ。』

リブに言われてもう一度注意して見回すと、確かに周りより少し小さめの個体を数匹見つけた。高いところを跳んでいるから小さく見えるのかと思っていた。

『アレ、子どもデショ。』

「…あー、繁殖時期だったか。」

『そういうコト。』

ガルガは繁殖期になると、住処近くの食べ物が少なくて人里に下りてくるクマの如く、子どもを育てるための食べ物を探して近くの町や村を襲う習性がある。毎年この時期はコレの討伐クエストが増えるのだが、うちのギルドでは受ける冒険者が少なくていつも忘れる。

「ちょっと!そこでボーッとしてないで手伝いなさいよ!」

上ばかり見ていたせいか、まちの様子をすっかり見逃していた。固まった首を無理に動かすと“ピキ”と嫌な感覚が走った気がした。

「モレティウス!」

私を呼んだらしいクロエさんは、襲い掛かってくるガルガたちに炎を矢の形にしたものを幾千も打ち込んでいる。ちなみに、最上級魔法はもちろんのこと、それを変形させるのもかなりの魔力を使う高度技術だ。

『ふん。我にとっては赤子の手を捻るよりたやすいことだがな。』

「炎の神様なんだから当たり前でしょう。」

炎使いに対して何でも対抗心を燃やさないでほしい。

「アンタ!まさかこいつらも助けようってわけじゃないでしょうね!」

「こいつら可愛くないので、襲ってくるなら殴りくらいしますけど。」

「どんな基準よ~。」

「だったらさっさと加勢しなさいよ!」

「だから、襲われない限り、ですってば。」

それに私が加勢せずとも、すでに二人でかなりの数を討伐してしまっている。それ以上に、お空はやつらの紅の肌で染まっているのだけど。

「いい加減にしなさいよ!人が死んでもいいって言うの?!」

「そこまで薄情のつもりはないですよ。」

「じゃあ…!!」

「でも、だからこいつらを殺してしまおうって理由にはならないんですよ。」

「まだそんな甘いこと…!!」

「さっきあなたは、“人間だけが、大切なものを奪われないといけないの?”と言っていましたね。でも、魔物にだって家族や大切な相手がいるんですよ。それを奪っている私たちは、あなたが大嫌いなこいつらと同じなんじゃないのかな。」

「!!」

「こいつらはただ、子どものために、生きるために、食べ物を探しに来た。そりゃ家を焼くのは享受できませんが、やっていることは人間と同じですよ。」

私が指した先を追って、クロエさんの攻撃に一瞬だけスキが出来る。それを見逃さずにガルガたちは一斉攻撃を仕掛けてきた。

「クロエ!」

珍しく…いや初めて見たかもしれない、フィルさんが慌てたように声を張った。

「リブ。」

『アラ、ようやくお呼ビ?』

あれだけ騒がれて、出番なしではこのあとの機嫌が心配だ。目の前に現れた水色の龍に苦笑を向ける。

『大丈夫。痛クないように帰しテアゲる。』

細い目でウィンクをして、リブは口から大量の水を打ち出した。それはクロエさんを襲おうとしていたガルガたちだけでなく、フィルさんと対峙していたもの、逃げ遅れた民を襲おうとしていたもの、空を飛んでいたもの、ついでに市場の野菜たやらくだものやらを街の外の森へと流していった。さながら、水圧の強いウォータースライダーのようだった。

『コレデいいんでショう?』

「ありがとう。」

『イフリンよりワタァシを呼んでクレタんだもノ。サービスよ。』

スライダーから、まるで雨のように落ちてきた水滴が家屋の火を消していく。濡れるの嫌だな、と思っていたら、リブが傘になってくれたので服には染み1つ付かなかった。

「また、アンタはっ…!」

戻っていくリブを見送ってすぐ、目の前に杖が現れた。最初に見た時にも思ったのだが、どの木で作ればこんなにごつくなるんだろう。

「それにさっきの!アタシがアレと同じってどういうことよ!」

「…言葉通りですよ。先程のガルガは子どもを連れていました。その親を、あなたは殺してしまっているかもしれない。」

「だから何よ!アレにはそんな知能も感情も無いわ!」

…普段だったら、1~2回意見がぶつかったときは大抵他人の意見を受け入れる。納得するしないではなく、自分の思ったことを押し通すより相手に合わせてしまった方が何倍も楽だから。私の意見を言ったところで、相手の中では答えが決まってしまっているのだから押し問答する時間がもったいないから。

「なのに、なんでアンタはアレに味方するのよ?!生きてる価値なんてないのに!!」

嫌われるのが怖いから。苦手な相手でも、自分が嫌な奴だと思われたくないから。

「アタシは…アタシの大切なものを奪っていったアレらを絶対に許さない…!!」

でも思い出した。私、この人、初対面から“嫌い”だった。

「…ぎゃーぎゃーうるさいんですよ。」

「!!」

「別に、魔物を許せとは言っていません。私にそこまで偉そうなことを言う権利はないですから。」

「なら…!」

「でも、だからって私をあなたの悲劇物語に巻き込まないでいただきたい。」

クロエさんの白い肌が真っ赤に染まる。再度口を開いて騒がれる前に、その顔に指を指して言葉を断つ。

「いいですか。昔の偉い人は自分の人生では誰もが“自分が”主人公だって言いました。それで言うと私の人生は私が主人公であなたは脇役なんです。それなのになんであなたの生い立ちやら考え方を押し付けられないといけないんでしょうか?同じように、あなたの物語では私は脇役で、私の意見であなたが変わるなんて露ほども思っていませんよ。お互い違う次元の違う物語を生きているんですから同調できるはずないじゃないですか。三次元と二次元が決して交わらないのと一緒ですよ。そりゃご家族を失った悲しみやそれを目の前で見ていた辛さは“あぁ大変だったろうな”くらいの同情はできます。でも私の経験ではないから同じ苦しみを背負うことはできません。私からの同情が欲しいというのなら、そのよしみでお仲間になることもやぶさかではありませんが、ぶっちゃけ私あなた嫌いなので同情がそう長く続くとは思わないんですよ。それにやっぱり魔王討伐には反対派なので短期的なパーティになる想定ですがそれでもよろしいでしょうか。」

自分でも何が言いたいのか分からないうちに話してしまったので後半はグダグダだが、一応言いたいことを言えたので良しとしよう。指を降ろしてもしばし固まっているクロエさんとゆかいな仲間たち。フィル―ルさんとコルアさんまで瞬き多めで固まっているからよほど意味不明だったらしい。

「…よ…よろしいわけないでしょー!!!!!」

あ、覚醒した。

「…デスヨネー。」

「なんなのよ!何が言いたいのよアンタ!!」

「…つまり、クロエのことが嫌いってことでしょ~。」

「な……!!!」

「正確にはあなたも嫌いです。」

「あっは、おれも~。」

「あざす。」

また、彼女の目が大きく開かれる。今度こそ最上級魔法1つぶつけれられるのだろうとため息をつくが、予測に反して、その盆のような瞳からはぼろぼろと水が流れ出した。

「…えー…。」

「あ、あだしだってアンダなんが嫌いだもん~!!!」

「子どもか。見た目通りか。いくつですか。」

「うわ~ん!!!!!」

これは予想外。まさか、大人(見た目は美少女だが)に泣かれるとは思っていなかった。フィル―ルさんは私が困っているのが面白いのか、完全に見守り態勢に入っているし、コルアさんは論外だ。頼みのトギさんはやっぱりまだ瞬き多めで固まっている。

「…クロエさん。」

流石に“嫌い”は言いすぎただろうか。どうも周りの人間がそういうことを気にしない性格故、その辺のネジが緩んでしまっている自覚がなかった。すっきりしたので後悔はしていないが反省はしている。

「だ、だによ…。」

すっかり鼻声で覇気も無い声で返事をされてしまった。美少女ボイスが台無しだ。

「あなたの、魔王討伐が譲れない理由について理解は出来る。でも同調は出来ない。同じように、あなたは私が魔物を倒さない理由について話しても、理解はしても同調はしてくれないでしょう。」

「“かわいいから”だんでふざげだ理由、理解ずらでぎだいわよ!」

「いいえ…それもありますが、それがすべてではありません。」

こんな話、コユキにさえしたことがない。少し迷って、それでも言葉を紡いだ。

「…私はね、魔物も人間も同じだと思っています。」

「まだぞれ…?」

「家族がいて、大切な人がいて、それを守るために互いを敵として争っている…そういう意味で同じだと思うんです。だから、あなたのように完全悪として憎むことも出来ないし、どこかに共存の道があるんじゃないかと考えてしまう。」

「…ぞんだの、ぎれいごどよ…。」

「分かっています。だから、この考えを誰かに話したことはなかった。」

理解してもらおうとしたわけではない。ただ、ずっと誰かに聞いてほしかったのかもしれない。それがこの人たちになったことは、自分でもかなり意外だが。

「今日、あなたに伝えた言葉たちについては、流してもらっても構いません。でも、私にも私の考えがあることだけはご理解いただないでしょうか。」

まっすぐ見つめた彼女の眼は真っ赤になっていて、しかしもう涙は無かった。いつものように、意志の強い光を宿してこちらを睨んでいる。

「…アンタ、意外と頑固なのね。」

「私ほど柔軟な人間はいませんよ。」

「どの口が言っているのよ。」

大きく溜息をついて、クロエさんは視線を下げた。そういえばいつのまにか鼻声も治っている。美人の特性だろうか。

「…もういいわ。いつまでもアンタにイラついても時間の無駄だしね。」

「ありがとうございます。」

「勘違いしないで。認めたわけじゃないから。」

ズビシ!と音がしそうな勢いで指をさし返される。どうやら調子を取り戻してきたようだ。

「…あ、あと、嫌いは言いすぎました。苦手くらいです。」

「同じじゃない!!」

「違いますよ。“嫌い”は完全アウトですが、“苦手”はまだ“好き”になる余地があります。」

「なによ、それ!屁理屈じゃない!」

「屁理屈も理屈のうちですよ。」

「うるさいんだけど!」

ほっぺたが真っ赤になって、怒らせたかと思ったが、盛大な溜息をついて頭が垂れる。どうやら今度は呆れられてしまったらしい。とりあえず怒っていないなら、と手を差し出す。

「私があなたを“好き”になるために、またギルド(うち)に来てみませんか?」

「…ふん!別にアンタに好きになってもらわなくても構わないけど、フィルがアンタんとこ気に入ってるみたいだから!し・か・た・な・く!仕方なく貧乏ギルドに行ってあげてもいいわよ!!」

「…ありがとうございます。」

握手はしてもらえなかったが、これが彼女なりの最大のデレであろう。

「じゃあ本日はこれにて…」

「はぁ?何勝手に帰ろうとしてるのよ。」

「…はい?」

話もまとまったことだし、これで店長にも怒られることはないだろう。きれいな形で場を退場しようと思っていたら、クロエさん止められた。あぁ、嫌な予感しかしないのは何故だろう。

「アンタのせいで燃えた部屋、片付けてからでしょう。」

「…えーと。」

自業自得、という言葉が頭に浮かんだが、男3人に視線を投げても誰も何も言ってくれない。結局世の中は美人が得をするようにできているのか。

「……お片づけさせてイタダキマス…。」

「当たり前でしょう。」

行くわよ、と黒髪を翻してクロエさんが歩き出す。リブの雨で沈下した家屋から上がっていた黒煙は、もうすっかりなりを潜めていた。

今日のことを報告したら、コユキにも店長にも、きっと呆れながら笑われるんだろう。溜息なのかなんなのか、体から何かを吐き出して、背筋の伸びた小さな背中についていくのだった。


相変わらず、対人の仕事は人見知りの私にとって難しいことばかりです。

それでも、面倒な…もとい、苦手なお客さんでもちゃんとぶつかれば、ちゃんと対応策は見つかるから。

昔の人は『人は一人では生きてはいけない』と言いました。今になって、その言葉の意味がなんとなく分かった気がしています。

大変だけど、苦手なことも多いけど、この仕事、もうちょっと頑張ってみようと思います。


12月はお金が無くなるって本当ですね。

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