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ライバル会社に接待です。

「お前の親の顔が見てみたい。」

「…はぁ…。」

前世24年目、春。仕事をミスした時に上司に言われた言葉。

それまでも「てっぺんハゲて、カッパかお前」とか

「こんだけミスられると、逆にこっちがパワハラされてるよな」とか、

軽くディスられた感じの言葉はいくつかもらったが、現世でもなお、ふとした時に思い出すのはその言葉だった。

たとえ上司の非が9割あるミスだったとしても、自分が責められる分にはまぁ許容範囲、心の中では「タヒね」と何度呪ったとしてもなんとか我慢は出来ていたと思う。

けれど、両親のことは軽く言われたくはなかった。

別に反抗期がなかったとかいう訳ではないが、人並みに不自由なくここまで成長できたことに感謝はしていたし、それがどんなに大変なことかも知っていたから。

「あぁ、これがパワハラなのか。」と、心が壊れ始めたのは、そんな時だったと思う。


「だから、なんなのよあんた。」

「…はぁ。」

ブラック企業就職からブラック異世界に転職した今日この頃、違う意味で、これもパワハラに当たるのではないだろうか?

「クエスト発注する気がないならお帰りいただけますか。他のお客さんに迷惑なので。」

「うるさいわね。私はコレと話してるの。」

「そうそう。だからコユキちゃんは俺とおしゃべりしようね。」

「帰れって言ったの聞こえなかったんですか。」

「ここまで冷たくされると逆に燃えるのが男だよ。」

「バカにつける薬はない。」

「じゃあ筋肉バカのお前につける薬もないってことだ。」

「色ボケよりマシだ。」

「バカ同士で背比べしてんじゃないわよ。」

「おい元凶。静観してないでなんとかして。」

「…むりっ。」

スルカの森でのウェイバー討伐から数日、コユキを口説きにきているフィル―ルさんはいいとして、そのパーティ全員が毎日のようにこの辺境ギルドへやってきていた。ちなみに美少女がもう一人増えたことで、常連のおっさんたちはさらに浮き足立っている。

「そんなことよりあんた、そんな反則持っていて、なんでこんなギルドで働いてるのよ。」

目的は、チート転生した私への興味、らしい。しかも純粋な興味ではなく、パーティへのお誘いだったりするので厄介だ。

「私たちと来れば、その力を有効活用できるし、何よりこんなしょぼいところよりよっぽど稼げるわよ。」

「…そうですね。」

確かに、ギルドって給料安いんだよな。まぁ、換算すると前世職よりは高いんだけど。

「困りますね。うちの子を勝手に勧誘しないでもらえます?」

「店長、おかえりなさい。」

「はい、ただいま。」

というかこの人たち、最近クエストしていないけれどちゃんと暮らしていけているのだろうか?興味のない話をぼんやりと受け流しながらそんなことを考えていると、軽快なカウベルの音とともに、大量の紙袋を抱えた大男2人とマリア店長が入ってきた。

「あれ、トミーさんとキヨさん?」

「ふふ、入り物が多かったから、荷物持ちしてもらっちゃった。」

さらっとモテ女氏発言をする店長の両脇に控える大男2人…片面剃り上げ、片面赤毛長髪のトミュエル・ヒスクさんと、ポニーテールにしても腰まである水色長髪のキヨナガ・ディースさんは、こう見えてギルドの中で結構なお偉いさんの位置にいる人たちである。

「ま、まさかあの二人…戦将トミと、知将キヨ…?!」

物語によくある、説明的に喋ってくれる人、ありがとう。常連さんは見慣れた風景として、だが新参のトギさんたちはその迫力に圧倒されて、同じ空間に別々の次元が生まれていた。

「あの2人が、なんでこの辺境ギルドに…?」

「本物なのか…?!」

人類であのゴツさは、世界広しといえどもそうそういないだろうよ。

「ちょっと、ぼーっとしてないで説明しなさいよ!」

…あ、耳キーンってきた。

「…店長と、古い知り合いなんですよ。」

溜息に面倒臭いを込めて、言葉と一緒に吐き出した。

なんでも、昔、この3人はパーティを組んでいて、一時はSSクラスに一番近いとされた伝説だったらしい。だが、最終クエストとして受注した魔王討伐を前に大きな怪我をしてすぐ、引退してギルドの運営に天下りしたのだという。

「まさか…じゃあマリア店長が、撃神マリだというのか?!」

ちなみに、店長だけこんな辺境ギルドでバイトリーダーみたいな地位にいるのかは謎である。

「消えた伝説が、まさかこんな近くにいたなんて…。」

「…びっくり。」

「コルアさんが言っても説得力ないんだよな。」

“消えた伝説”。怪我したとはいえ絶頂期に突然の引退宣言だったから、そう呼ばれているらしいが、言っても私が転生する前の話だし、確かに強者オーラはすごいが、実際は気の良い親戚のおじさんくらいなものだし、こういう反応は新鮮である。

「マリアは相変わらず人使いが荒いな。」

「使う相手はちゃんと選んでいるわよ。」

「こりゃ失礼。」

「それじゃあ、買ってきたものを棚に片付けておいてくれる?」

「りょーかい。」

それでいいのか、重役。

「しかし、ここはいつ来ても変わらず寂れていますね。」

「味があるって言って欲しいわ。」

「改装費用くらい手配するぞ。ここは売り上げいいからな。」

「はいはい。シャワー室を早急に。最近水漏れ気味なので。」

「女性3人だと、使用回数がえげつないのよね。」

「可愛いコユキと、マリ姫のお願いですから、すぐに手配しますよ。」

「ありがとう、キヨさん。」

クールビューティーとうたわれるコユキも、イケおじ2人の前では心なし表情が柔らかい。というのも、私たちが預けられていた施設の担当職員として、短い間だったが彼らが在籍していた時期があり、そのころからひねくれ…いや、大人びていたコユキと、前世の記憶のせいで周りからちょっと浮いていた私を特にしつこく世話してくれた親代わりのような存在だからなのである。

「コユキちゃんが笑ってる…!俺にも笑いかけてくれたことないのに…!」

「イケおじになって出直しですね。」

「何十年想定の話?」

「ど、どうしよう…伝説が目の前に…!」

「トギ…ミーハー。」

「ク、クロエだってかなり萎縮しているじゃないか。」

「う、うるさい…!これは、違うんだから!」

「ビビりなのに、無駄にプライドが高いんだよね~。」

「ビビってないから!」

ぎゃいのぎゃいのと楽しそうな彼女たちの若さに老いを感じていると、脳天にごつい大きなものがかぶさってくる。

「俺たちに挨拶なしで、友だちと楽しくおしゃべりか?チビすけ。」

「っ!」

「…友だちではないですよ。接客中です。」

正解は、トミュエルさんの手であった。トギさんの瞳が恋する乙女の如く光り輝いている。

「ただでさえ友だちがいないのですから、大事にしないといけませんよ。」

だから友達じゃないっての。

「そうそう。しかもお前、あの力見せたんだろ?」

「あ、何故それを。」

「あなたたちのことならお見通しですよ。」

「店長ですね。」

「速攻バレたな。」

にしし、と、いたずらのバレた子供のように笑うトミュエルさん。

「仕方なしです。5人に対して多勢で、囲まれていたし…なにより、」

「殺したくなかった?」

「可愛くて殴れません。」

「あはは!お前の動物愛は相変わらずだな!」

ほっとけ。

「まぁなんにしても、ギルド注目の冒険者様たちとは仲良くしておけよ。高難度クエストは、うちにも冒険者様にも利益になる。」

「じゃあもっとこのボロギルドにも回してくださいよ…いや、そうすると私の負担が増えるのか…?」

「姫たちのこと、良く分かってるじゃねえの。」

「そもそも受けられる冒険者が来ないでしょう、このギルド。」

「確かに。」

「だから、彼女を引き抜くのはやめてくださいね。貸し出しならいつでも歓迎しますが。」

「うぉい。」

「俺たちのこと知ってくれてるんですね~。」

「フィル!お前なんという口を…!!」

「なんで、駄目?」

「コルアまで…!」

どうやらフィル―ルさんとコルアさんには、伝説の名前などあまり関係ないみたいだ。全員が全員、彼らを崇拝してないことにちょっと安心する。

「彼女はうちの大事な戦力ですし、それに、この子自身が冒険者になることを望んでいないからですよ。」

「望んでいない?」

「昔から、な。」

コユキと違って、おじさん2人に見つめられてもテンションはさほど上がらない。

この世界において、人気職業ランキング1位とされているのが“冒険者”である。元から魔力が強い者はもちろん、ギルドに就職が決まっている施設出身者でも、冒険者に転職する者は少なくない。

だから“召喚魔法”の契約をして、施設でその価値を知って、一時は「あれ、これ私転生勇者ってやつじゃね?」とか考えたこともないこともないが、それでも私はこのイージーなブラック異世界を平凡に全うしたかった。

「人生では誰もが主人公」なんて昔の偉い人は言っていたけど、前世でそれはごく一部の人だけの話なのだと悟っていたし、そもそも痛いことは嫌いだし、できれば一番遠いところで見ていたい。たとえこの力を持っていた過去の人物が、SSランクの、最初で最後の勇者様だったとしても、冒険者になったところでそんな大役が自分に務まるとは思えなかった。

「…し、信じられない…!」

視線から逃れるように逸らした顔は、何の因果かクロエさんの正面に向いてしまった。

「あんた、その力がどんなにすごいものか分かってないの?!」

「え、いや…。」

転生によるチート補正だとは重々承知しておりますけれども。ただでさえ大きい瞳をさらに大きく開くものだから、前世の記憶のお局様を思い出した。

「魔物も、みすみす逃して…」

「逃してはないですよ。捕獲した分はちゃんと人間を襲わないよう調教して信頼できる魔物使いに売り飛ばしました。」

おかげで今月は外食し放題。うはうはなんだぜ、と冗談交じりに言ってみるも、その表情はますます険しくなっていった。

「そういう事じゃないわよ!バカ!」

最近グラグラしてバランスの悪いカウンターをバンッと叩いて、彼女は店から出て行く。

「なんなのさ…?」

「すまない、悪く思わないでくれ。」

「いや、別にツンデレ女氏のツン攻撃にいちいち目くじら立てるほど若くないですから。」

「え?」

「すいませんこっちの話です。」

「…何か事情があるみたいですね?」

このカウンター、直すの私なんだろうな…。言われていないが分かってしまう自分が嫌だ。

「…それは…」

「言いたくないなら無理には聞きませんよ。」

キヨナガさんの口調は優しいが、この人が言うと何故か有無を言わせない圧力を感じる。どうでもいいけど、ここに溜まって話し込むのやめてくれないかな。

「…あいつの故郷は、魔物に制圧されたんです。」

私の願いも空しく、トギさんが語りを始めた。

「あいつが幼い頃、あいつの育った村が魔物の群れに襲われたんです。両親がとっさにクローゼットに隠したおかげであいつは助かったが、家族や友人を殺された光景を目の前で見ていました。」

…ありがちな話だ。

「俺とフィルは隣の村の出身でしたが、親同士が交流もあった関係でその日も村に遊びに行っていて、一緒にそれを見ていました。」

「…なるほど。だからあの子は、魔物を恨んでいるのか。」

「それに、魔物を殲滅できる力を持っているのにそれを使おうとしないこの子に怒っているのですね。」

「うぇい。」

特になんでもないけど、とりあえず相槌を打ってみた。

ありがちな話、といったが、これが前世でよく読んだラノベにもよく出てくる話だからである。

簡単に言えば魔物優勢。街を一歩出れば、弱い者はすぐに殺されてしまう。弱い村は、近くに巣を持つ魔物の群れに襲われて潰されてしまう。強者の集まるこの城下町でさえ、魔物による死亡率は低くない。

「だから、君がうちに入れば、全ての元凶である魔王の討伐も可能だと考えてるってわけ。」

「…魔王、ね。」

時計を見れば、もう昼休憩の時間をとっくに過ぎていた。

「…すんません。休憩時間なので、あとお任せします。」

「あ?おー。」

「僕たち、一応偉いんですが?」

「偉い人なら社員の権利を守ってくださいよ。」

店長に、「休憩入ります。」と告げて外に出る。太陽の光を浴びると頭の中も目の前も真っ白になっていくから苦手なんだよな。


正直に言って、目の前で家族を失う悲しみも、その怒りも、私は経験したことがないので“分かる”とは言えない。けれど、悪いが私にも私の事情というものがあるのだ。悲劇のヒロインよろしくしているのは結構だが、その物語に私を登場させようとするのは勘弁だ。モブとして、たまに背景登場するくらいなら構わないが。

『お嬢らしいね。』

「いやいや、一般論でしょ。」

市場で適当に食材を買って、やってきたのは街から最低3時間は離れた山の頂上。Aランク以上の魔物がごろごろ生息していて、相当な腕を持っていなければまず近寄らない。

『はい、到着。』

「ありがとう。」

『お嬢のためなら。』

休憩は1時間なので、時空の魔神であるローニャに瞬間移動をお願いしている。彼女がいればどんな場所でも30秒とかからず行って来いできるから便利である。前世にあれば学校に行くのも、会社に行くのも楽だったのに。…いや、会社に泊まり込みしていたから関係ないのか…。

「シャースーくーん。あっそびーましょー。」

ともかく、そうまでしてこの山にやってきたのにはもちろん理由がある。

「遅くなったすまん。」

「そんなに待ってないよ。それよりいつも食材買ってきてもらって悪いね。」

「折半だから気にしないで。」

彼…サシャに会うためである。牛の角が生えて、肌の色は赤、瞳は白が黒で、黒が白という、明らかに人間ではない少年に。

「しかし、魔王に飯を作らせるとか、良いのかな。」

「今更だね。」

「今更かな。」

彼の職業は、世界の魔物を統べる社長…もとい魔王様。

魔物の中でも人に近い姿と知性を持つ“魔族”という種類の彼らは、ずっとずっと昔から魔物を統治してきたらしく、彼で何百代目になるとかならないとか。まぁ統治といっても、魔物を生み出すこの山に昔から住み着いていて、彼の魔力がこの山に流れ込んで世界中の魔物を生み出しているというだけで、基本は放し飼い状態なんだというけど。

「…なにかあった?珍しく難しい顔してるけど。」

「珍しくは余計じゃない?」

「難しい顔していることは否定しないの?」

「自分じゃ見えないから否定のしようがない。」

「一理あるね。」

「大体難しい顔ってなんだろうね。人間の表情筋でそこまで細かく表現することってできないはずなんだけどね。」

「思ったことを言っただけでそこまで深く考えてくれるとは思わなかったよ。」

クマさんのパッチワークをあしらった花柄エプロンを身にまとい、持ってきた食材たちを様々な料理に仕上げていくサシャの背中を見つめる。他愛ない話をしていると、ふと、出会った時の小さな背中が被った。


私と彼が、こうしてお昼ご飯を一緒に食べるようになったのは、施設時代にまでさかのぼる。

遠足という名の訓練にとある山に登った時のこと…もちろん、この山ではなく、街外れにある富士山くらいの小規模の山だが、そこでの帰り道、私だけが迷子になった。最後尾が好きでみんなから離れて歩いていたせいもあるが、魔族の少年に服の裾を引っ張られて先に進めなかったということもある。

「…えっと?」

「ぱぱどこぉ…?」

「いや知らんがな。」

その子は、目から大量の涙を流し、うぃっくうぃっくと嗚咽を漏らしてそれだけ告げた。私の話を聞いてくれそうにない。

見た目からして人間ではない。そう見ればわかる。施設の授業で魔物と魔族の歴史について学んでいたので、魔王の血縁なのは分かっていたが、状況に追いつけず脳内を整理する時間が欲しかった。

「…とりあえず、どこから来たのです?」

…指をさしたのは、魔王の山。うん、だろうな。

「…りっちゃん。近くに魔族の気配は?」

『東に2キロ。強い魔力を感じます。』

手っ取り早く、精霊に頼ることにした。緑の精霊である、リンは、森や山などの緑地専門の精霊長なので、緑があるところはなんでも知っている。

「それ、魔王?」

『おそらくは。』

「おそらく?」

『魔族の姿をしていますが、魔王にしては魔力が弱い。』

「なるほど。」

とりあえずそれしか手掛かりは無いなら、行ってみるしかない。相変わらず背中でギャン泣きする少年をなだめることを諦めて、東に向けて歩き出す。

「…!」

「んー?」

「ぱぱ!は…?!」

「2キロ先にいるそうです。」

「に!きろ…?!」

「もうすぐ会えるってことです。あ、飴ちゃん食べます?」

ギャンギャン泣いているわりによく喋る。聞き取るのが大変だが、コミュニケーションがとれるだけマシか。

同じような会話を数回続けていると、おもむろに視界が開ける。どうやら森の中に湖があったらしい。

『目的地に到着しました。』

「実家の車のナビより有能。」

『?』

前世ネタが通じないのは異世界あるあるか。

「サシャ!!」

「ぱぱぁ!!」

と、突然後ろからの引っ張り感がなくなり、少年が駆け出す足音が聞こえた。なんとなしにそちらへ顔を向けると、少年と同じ見た目をした、しかし中年くらいの男が少年を抱きしめているのが見えた。

「サシャ、無事で良かった…。どこに行っていた?」

「あのね、おいしそうなきのみがあってね、ぱぱといっしょにたべたかったの。」

「そうか…。でも勝手にどこかへ行くのは駄目なことだぞ。」

「うん。ごめんなさい。」

少年はすっかり泣き止んで、年相応の笑顔を浮かべている。男性も呼称通り父親らしい笑みで、まあなんともハンサム味が強い。トミュエルさんといい、キヨナガさんといい、この世界では中年が顔が良い設定なのだろうか。

「しかし、よくここが分かったな。」

「そこのおねーちゃんがたすけてくれたの。」

微笑ましい親子愛にほっこりしていたが、少年が私を指さして、父親と目が合った瞬間、その場の空気が凍り付く。それは言葉のあやではなく、目の前で本当に起こった。

「…」

人間ということで警戒されたか。先程まで太陽さんさん、小鳥たちが楽しく騒ぎ立てていた森は、いまやヒマラヤの頂上にいるのではないかと思うくらい吹雪いて寒い。ヒマラヤ、行ったことないけど。

「ぱぱ?」

「サシャ、下がっていなさい。」

おまけに魔力が漏れて黒いオーラみたいになってる。たぶん、この魔力を絶えず放出していたら居場所をすぐに知られて討伐されるから魔力を隠していて、だからさっきりっちゃんが感じた魔力は弱かったんだろう。

「まず、子供を助けてくれたことを感謝する。」

そう言った彼の顔は、まさに“魔王”だった。

「お礼に一番苦しまない方法で死なせてやろう。」

「…それは、ありがとうございます…?」

今世、齢ひとケタにしてもう終了するとは思わなかった。こういう時、勇者だったらなんて言ったんだろう。あいにくと平和な世の中で25年過ごした経験からは、気の利いた言葉はひとつも出てこなかった。

「…」

「…」

「…怖くないのか?」

「あなたがですか?死ぬことですか?この状況ですか?怖いですよ。」

「…怖がっているようには見えないが。」

「顔に出にくいねって言われます。」

頭の中では、炎神イフリート兄さんが『我が話をつけるからさっさと呼べ。』と騒いでいるがそれどころじゃないんです。空気読んでください。

「ぱぱ、おねーちゃんいじめちゃめ!」

脳内の戦闘大好きお兄さんを隅に追いやっていると、とん、と小さな衝撃がはしる。ぎゅっと抱き着かれているようなそれは、さっきまで“魔王”の後ろで不思議そうにこちらを覗いていた少年だった。

「サシャ…。」

「おねーちゃんいいまものだよ。いじめちゃ、め!」

「庇ってくれたところすんませんが、魔物じゃないんですよ。」

「おねーちゃん、まものじゃないの?じゃあまぞく?」

「残念ながら人間です。」

「にんげん?」

人間という種族を知らないわけじゃないみたいだが、よく分かってはいないみたいだ。かくいう私も、実物の魔族を見るのは初めてだから、この少年と魔力ダダ洩れのパパさんをよく分かっていないんだけど。

「…君は、私の知っている“人間”とは少し違うようだ。あいつと同じ力を持っているようだが…。」

「おね-ちゃんはにんげんじゃないよ!すっごくやさしいんだもん!」

「残念ながら人間です。」

「にんげんって、おろかで、ひとりじゃなにもできない、よわくてひきょうないきものなんでしょ?」

「小さいのに怖い言葉を知っていますね。」

父親に教えられたな。

「だから、おねーちゃんはにんげんじゃないよ!」

「…ありがとうございます。」

否定するのも面倒になって、にっこり笑って諦めた。話が出来るのに通じないから子供って苦手なんだよな。

「…この子が、私以外の者に心を開いたのは初めてだよ。」

「はぁ。」

気付いたら、周囲は元の穏やかな森に戻っていた。パパさんの魔力もすっかり鳴りを潜めて、出会った時と同じくほとんど感じられない。

「ぱぱとおねーちゃん、なかなおり?」

「うん。」

仲直りもなにも、喧嘩してないけどね。

「なかよし、いいことだね!」

「楽しそうで何よりです。」

「君、名前は?」

「…えっと…。」

その日から、私と魔王一家との不思議な関係が始まったのだった。


「…変なこと考えてる?」

「失敬か。」

そして現在に至る。人間の十数年は、魔族にとっては数年のことで、あの時の少年は少し大きくなったかな?くらいの成長を遂げていた。ちなみに、見た目は年下でも、中身はしっかり100歳越えをしている。

「はい、できたよー。」

「あざす。」

「机の上片付けて、食器出して。」

「…すっかりしっかりしちゃって…。」

「突然すぎて反応に困るね。」

「それでも爽やかに笑ってくれる君が好き。」

「ありがとう。で、机の上を片付けてね。」

パパさん…先代魔王は、とある事情から早期引退をしてシャスにその座を譲った。…気付いていると思うが、シャスは私がサシャにつけたただのあだ名である。意味は特にない。

魔族の中でも若い部類に入る彼だが、その魔力は過去に最大災害を起こした魔王にも匹敵すると思われる。けれど、最初に出会った人間が私だった影響で、他種族に対する危機感がまるでない。趣味は料理で、魔王とは思えないほどフレンドリーである。

先代はそれを危惧して、引退前に私に『サシャを守ってくれ。』と言い残していった。別に守る義理もないのだが、今人生の半分以上を一緒に過ごしているとそれなりに情も湧いてくるし、このまま知らないやつに知らないところでやられてしまうのには抵抗があるのも事実なのである。いや、決して食費が浮くことがなくなるのが嫌なわけではない。

「あれ、味付け変えた?」

「隠し味はキアの蜜だよ。」

「魔王様はAランク魔物の激レア報酬ももらい放題なのね。」

「分けてってお願いしたらくれたよ。」

「ご近所さんか。」

「ご近所さんだよ。」

「伝わらない、この気持ちよ。」

魔物、および魔王を討伐するための勇者を育てるギルドと、人間の命を脅かす“悪”とされる魔物を生み出す魔王。

相対する二つに挟まれながら、今日も私の平凡な日は過ぎていくのである。


私は元気です。

前職より給料は上がったし、休憩も1時間ももらえます。

ライバル会社の社長とも仲良くなれたので、また転職したくなったら頼ろうかな。

だから、心配しないでください。


転職しました。

働きたくない。

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