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これも仕事です。

スルカの森…冒険者の中級(Cランク)が主に派遣される巨大な森。世界の3分の1を覆い、未だに解明されていないエリアや以上進化した魔物がいるという…まぁ、ランク上げには最適なダンジョン的なアレである。

「ちょっと、早く歩きなさいよ。」

「…さーせん。」

そして現在、私はそのアレにいた。

「あんたに合わせて歩いてたらクエスト完了に何年かかると思ってんの?」

「…さーせん。」

「バカなの?カメなの?ほんと使えない。」

フン、と、パーティー登録からいつまでもこの調子の美少女魔女っ娘は、出発前に自己紹介してもらったところによると、クロエ・フェスタリアさん。

三角帽子がぶかぶかな、見た目は日本人形、中身はそこそこ大人な女性という、見た目詐欺を垂れ流す攻撃魔法の使い手である。

「大体、300ゴールド払う必要あった?荷物持ちにしかならないこんなの雇わなくても、アタシたちは十分強いのに。」

彼女の言う通り、ギルドはクエスト書の派遣の他に人員派遣も行っているが、それはクエストと冒険者の強さが異なる場合、また、仲間が集まらず人員不足な場合などの緊急措置的なことが多い。1人300ゴールド…遠足に持っていくおやつ代くらいの課金でバイトを雇うことができるお買い得さである。

「まぁまぁ。他ならぬコユキちゃんからの頼みだから。」

バッチン、とウィンクをかますのが、フィル―ル・エスタークさん。職業は剣士。

金髪寄りの(よく見たら)白髪で、対魔法装備として目が痛くなるくらいキラキラしたアクセサリーをじゃらじゃらさせている、内外共にまごうことなくちゃらっちゃらの人らしい。

「あんたのその女好き、マジでなんとかしなさいよ。」

「嫌だなぁ、フェミニストなだけだよ。」

「そのフェミニストのせいで、今月の生活費が早くもピンチなのだがな。」

「どっかの筋肉バカがトレーニング器具となると見境なく買うからじゃないかな。」

「どっちも自重しなさいよ。」

会話だけ聞いていると、どこぞの逆ハー日常モノに錯覚してしまうようだが、周囲から絶えず放たれる殺気がそれを許さない。おそらくは格下だが、その数の多さにおばさんちょっとちびりそうである。

「ていうか、ぜんっぜんウェイバン出てこないじゃないのよ。」

「短気は損気だぞ。」

「可愛い顔が台無しですよ。」

「は?!な?!う、うるさい!」

「ストレートな誉め言葉に弱いんですね。」

「そこが可愛いよね~。」

「うるさいって言ってんでしょ!」

「さーせん。」

こんな状況だというのに。つい、いつもの調子で反応してしまった。まぁ、肝が据わっているのか、強さへのおごりか、前を行く4名に“ソレ”を気にするそぶりは無いため、私一人警戒することも馬鹿らしくなってきたからというものある。

「…」

…で、フードのやつは相変わらず喋らないな。

「コルアが気になるのか?」

ちらっと後ろを見やっただけなのに、トギ・インサンさんが目ざとく反応してくれる。だいぶ肩からずり下がってしまった荷物を担ぎ直し、嘆息を漏らす。

「まぁ…現状一声も聞いた記憶がないので。」

「あいつは少し人見知りというか、誰に対しても変わらないから気にするだけ損だぞ。」

何度か注意はしたのだがな、と頭を振る彼は、ちなみにがっちり筋肉の、世紀末からやってきた神拳の使い手みたいな見た目こそしているが職業は回復も攻撃も使いこなす上級魔法使いである。

「…」

「…でも、なんか見られている気がするんですけど。」

改めて、フードの、コルア・シンナさんをチラ見してみる。回復専門の、職業ヒーラー。フードの下から時々のぞく青い目は、周囲の殺気と混じって、やっぱり何かしら意思を持っているように感じる。

「悪い奴ではない。気を悪くしないでほしい。」

「…まぁ、了解です。」

敵意でないなら、まぁいいか。切り替えのためにため息を吐いたら、立ち止まっていたらしいトギさんの背中に顔面をぶつける。

「ぶ。」

「うわぁ、ブサイクな声出したね。」

「あんた私のこと嫌いか。」

「ごめんね。美人とかわいい子専門なんだ。」

「フェミニストの名と私が泣くぞ。」

「黙りなさいよ。」

「…可愛い顔に言われるとダメージでかいっすね…。」

「そろそろ良いか?」

「さーせん。」

トギさんが拳を構えたので、とりあえず口にチャックをかける。

「囲まれている。」

「10…いや、30以上かな…。」

その言葉が合図となったのか、茂みが大きく揺れ始める。前方からも、後方からも、ご丁寧に左右からも数えきれないくらいのウェイバンが、喉を鳴らし牙をむき出しじりじりと近づいてきた。

「どうやら、姿が見えなかったのではなく、我々を囲い込むために隠れていたらしい。」

「そんなに頭回るヤツらだったっけ?」

「少なくともお前よりは賢そうだ。」

「脳筋には言われたくない。」

「こんな時にまで喧嘩すんじゃないわよ!」

軽口は叩いていても、漂う緊張感は前世での最後の記憶に近いものがある。徐々に追い込まれて、背中と背中がぶつかり合った。

「こんなにたくさんのウェイバン、見たことない…!」

「確かこいつら、個人主義じゃなかったっけ?」

「ウェイバンは、世界的に繁殖していて、そのほとんどが少数で行動する個体ですが、なんとこのスルガのやつらは、弱肉強食が強い分、長老のもと群れで行動して敵を追い込む頭脳戦が得意なんですよね。」

元の世界でも、「一人狼」みたいな言葉があったけど、実際の狼は群れで行動して結束が強いという話があった。見た目も性質も同じだから、学校で習った時に一番印象が強くてよく覚えている。

「先に教えなさいよ!」

「さーせん。」

「まぁまぁ。過ぎたことは後で言うとして、今はやるしかないんじゃない?」

「え。」

私、責められんのか?この歳で年下(精神年齢)に本気トーンで怒られるの結構嫌なのだけど。

明らかに士気の下がる私に対し、4人は武器を構え、纏う空気が変わる。臨戦態勢ってやつだ。

「はぁ!」

最初に仕掛けたのは、やはり戦士職のフィル―ルさん。自分の身長ほどもある刀身の両手剣を軽々振り回すが、身軽なウェイバンにはかすりもしていない。

「コルディオ!」

援護射撃のように、今度はトギさんが呪文を唱えると、氷柱が幾千も降り注ぐ。さすがにこれはいくつか命中したようだが、防御力が高いのかそうダメージはなさそうだ。

「どきなさい、あんたたち!」

氷柱のさらに追撃として、クロエさんの怒号が飛ぶ。振り返れば、まるで竜巻をまとったかのような彼女の姿があった。

「フィーネ!」

その竜巻は周囲の木々を巻き込んでさらに大きく、威力と速度を増しながらウェイバンの群れへ突っ込んでいく。さすがにこれは一層されるかとも思われたが、森を熟知している向こうさんの方が一枚上手で、多少なり巻き込まれて倒れたものの、数が減った印象はない。

「さすがに分が悪いな、これは。」

「…しかも、あそこ…」

…な、喋った…だと?!

「!!何…あのでかいの…?!反則じゃない…!」

密かに感動する私をよそに、コルアさんが指さした先には、周りのウェイバンよりも2周りは大きいソレがいた。放たれる殺気や溢れる魔力から見て、まさしく、先程説明した長老だと思われる。

「実力差は明白、か。」

「我がギルド、とっておきのクエストですからね。Cランクと思わせて、実はSランククエストでした。」

「それ違反じゃないの?!」

「ウェイバンの討伐自体は一般的にCランクですから。」

「一理ある。」

「じゃあどうすんのよ!しかもこのおニモツ守って戦わなくちゃいけないのよ!」

ズビシッとクロエさんの指が私に向けられる。クレームなら店長とコユキに言ってほしい。

「あんたも見てないでちょっとは手伝いなさいよ!使えないなりに動きなさい!」

「…仕方ないですね。」

裸足で逃げ出したい今日この頃、ここが雇われの辛いところである。おやつ買う感覚で命かけさせられて、おまけに前世ではいわゆるモブキャラだったためにこういう状況ではちびっちゃいそうなくらい戦いたくないのだけど、仕方なしに腰に下げていたスティックを取り出す。

「それは?」

「持ち歩き用に改良されたギルドの武器ですよ。性能は普通ですけど、軽くて持ち歩きやすいんですよね。」

直径が約10cmほどのソレは、軽く振ると私の身長の倍くらいに伸びる。

「ただのバカ長い棒出しただけじゃない!」

「うるさい。」

「カルシウム不足か。」

「黙りなさいよコミュ障と筋肉!」

さすがに命の危険を悟っているのか、クロエさんは錯乱状態である。いや、逆に落ち着いている男3名が異質であることは間違いないのだが。

「いや、剣とかいろいろ種類はあるんですけど、私的に殺すとかちょっと無理なので、殴るくらいのコレがちょうどいいかな、と。」

「この緊急事態に、そんな甘っちょろいこと言ってんじゃないわよ!」

「さーせん。」

「長物は距離が稼げる分、その長さ故に扱いにくいから敬遠されやすいな。」

「でも長いと、あんまり動かず、しかも一振りで一掃できるじゃないですか。」

「ものぐさだね」

「知ってた」

それはもう元々の性格なのだから、仕方がない。

「でも、Sランクの魔物多数、女子の力で殴っただけじゃさすがにダメージないと思うので、ここでちょい足しクッキング~。」

「は?」

「おいでませ。」

脳内で、髪の毛が角立った裸の男の子がくるくると回る。対照的に、私の体は豪炎の渦に取り込まれた。

「!」

驚いた表情と共にスウェイで避ける4人がソレ越しに見えたが、大丈夫、おばさんも最初は走馬灯よぎったから。

『呼んだだろうか。』

やがて炎は人の形を作り、そして、私に向かって言葉を発した。

「…炎の闘神、イフリート…?!」

やっぱり、どこの世界でも共通魔神っているものだ。現れた、というか、私が召喚したのは、コルアさんの言う通り炎を司る魔神でおなじみのイフリート兄さんである。

「しょ、召喚魔法なんて、そんなの古代書でしか見たことないわよ…!」

召喚魔法…簡単に言えば、精霊や魔神といった、魔法生物を呼び出す魔法。

ここで説明しておくと、この世界の魔法は某有名RPGのように、個人が持つ魔力値が決まっていて、ついでに魔法適性も決まっている。大きくは攻撃か回復で分けられ、たまに両方を持つ…トギさんみたいな人もいるが、召喚魔法はそのどちらにも含まれない、遥か昔に1人だけが持っていたらしい都市伝説的な魔法だったという。

「イフ兄さん、準備おけ?」

『お前は…その呼び方は気が抜けると言ったであろう』

「さーせん。」

私がこの適性に気付いたのは、施設に拾われたその日、誰にも見えないジジイが話しかけてきたことに始まる。赤ん坊に対してテレパシーを使い、状況が呑み込めていないのに「我々の主」とか意味の分からない言葉で勝手に契約を済ませて、そのジジイは消えた。一桁の齢を迎えた頃、歴史の授業でその存在を知るまで、幽霊か夢かと散々悩んだのは、いい思い出…だろうか?

そういえば、全然関係のない話なのだが、前世では上司同僚と話す時には言葉遣いにかなり気を使っていたのに、「さーせん」が口癖になるくらい現世ではフリーダムになってしまっているのは、社会人としてどうなのだろう。

『あの雑魚どもを消せばいいのか?』

「そっちじゃなくて、四つ足の獣さんをお願いしゃす。」

『む、承知した』

「すぐ人間攻撃したがるのやめてくれません?」

『むう…すまん。昔の癖が抜けないのだ。』

「あ、あと…」

『分かっておる。”殺すな”だろう』

「さすが、いぶし銀。」

『面妖な言葉を使うな。』

イケボで嘆息をついた兄さんは、おもむろに右手を前にかざした。その一瞬で、世界が紅く染まる。

『獣よ、貴様らに恨みはないが、我が主の命により、捕縛させてもらう』

炎の渦で巻きあげられたウェイバンたちは、誘われるように炎の檻に吸い込まれていく。それはまるで、つむじ風に巻き上げられる花びらのようだった。

「…あんた、何者なのよ…!」

「…あ、」

今気づいたけど、やる気満々にスティック出したのに使うの忘れてた。全員が炎の檻に集中しているうちに、そっとソレを畳んだ。


お元気してますか、前世の友人様たちよ。

あの頃、何をやっても平均値だった私は今、どうやら異世界でチート補正をかけられてしまったらしいです。

もう年末ですね。誰か家の大掃除してくれないかな。

前髪を切ったら後ろ髪も切りたくなりました。

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