7:乗客たち(2)
一号車両となる展望車には上部に展望台があり、ゆったりと景色、運転席の様子を見ることが出来る(当然、最後尾の車両も同じ造りである)。その下は丸々運転スタッフの生活空間になっていて完全に区分けされている。スタッフの専用キーでなければその部屋に入ることは出来ないようになっていた。
それからありきたりな説明が行われる。パンフレットにも記載されているような話ばかりで、美人が頑張って説明しているのを食いつくように見守っているのも約一名はいるが、マリナを始めほとんどの人は聞き流す程度で耳を傾けて適当にうなずいていた。
話の中であったのは、まずクインは最後尾の車両にあるスタッフ室にいて、夜は寝ているとはいえ何かあって呼び出す際はラウンジの直通電話のコールボタンを押して欲しいということ、それから唯一三人組となっている聖火院のサークルで唯一の女性であるキワは一人でスイートを使うことになっており、これでこの車両にある六つのスイートのうち、今回乗車しなかった一組分を除いた五つが使われているようだ。
そういった説明を最後に、列車のスタッフはテキパキと動き始め、ツアー客らは自由行動を始める。マリナは部屋に戻ろうと席を立つとセイも一緒に部屋に戻るつもりで同行し、自分たちの部屋の方に続くドア(マリナとセイの部屋は二号車の三番目の部屋で、ラウンジ車の真隣)のところで、最後に入ってきた一組である男女のペアに近づく。ちょうど女性の方が飲み物でも取りに行ったようだったが、セイが「どもっす!」と声をかけた。
マリナは素通りする予定だったがすぐ近くで同じ部屋のセイが声をかけたのに一人で戻るのもどうなのかなと、なんとなく立ち止まって二人の様子を見ていた。
「カップルさんっすか? 数日よろしくっす! 俺達は碧空の部屋を取ってるセイって言います!」
マリナはペコりとごく僅かな会釈をした。
「カップル、かな、よろしくね……あー……」
マリナが首をかしげる程でも無く疑問を持つ。その男はマリナを見て気まずそうな表情を浮かべたし、ワイナリーで軽いお酒やちょっとしたつまみになるものを見繕っている彼女を気にするような妙な素振りを見せたからだ。それからは普通に自己紹介を続けている。
「ボクはクトリク。あっちの子はカンラ。えっと、彼女は少しむずかしい性格をしていて……」
そのクトリクの言葉に「そうなんですか?」とセイがカンラの方を見た。後ろ姿はもちろん、ちらっと見えた顔もなかなか美人だったからセイは性格に多少難があったって、なんて下世話な事を考えているが、マリナが得意の冷たい目で睨んでやめさせる。話を逸らすためにクトリクからマリナが見えるように少し横に移動して彼女を紹介した。
「あ、あとこっちのちっこいのはマリナ。このツアーのくじを当てたんですよ! 俺のくじだったんだけど一発で!」
「おい、ちっこいは余計だ……」
セイはマリナを誇らしげに紹介するが、マリナはセイにだけ聞こえるような声で不機嫌な声で反論している。
「そっか、じゃあボクのところとおんなじだ。ボクのチケットで引いてくれたのはあそこにいるカンラだからね」
そう言ってカンラに目を向けたクトリクは少し暗い表情を作ったのをマリナはチラと気に留めた。先程カンラの性格についての言及があったが、実際には「少し」で済ますには難儀な問題でクトリクの方を見たカンラが形相を変えて戻ってきたことで判明する。
「ちょっと」
クトリクを庇うように前に立つなり、威圧的な言葉遣いでそのままマリナを見下ろすカンラ。長身のカンラと、低身長のマリナ。マリナは戸惑いから怯えたように「ひえっ?」と声を発した。
「何? あんた。クトリクに近づかないでよ。色目でも使ってんの? ふざけんじゃねぇぞマジで、なぁおい」
セイもぎょっとした表情でカンラの言葉を聞く。その上カンラはマリナの肩を押し出し、びっくりしたマリナはグラグラの積み木みたいに簡単に崩れて尻もちをついてしまい、わけも分からずカンラを見上げる形になった。マリナの”読心魔法”は克明に「大嫌い消えろメスブタ」というカンラの感情を読んでいる。
「カンラ、やめてくれ、彼が挨拶してくれただけなんだ、そのマリナさんは彼と同室の子だよ」
見かねたクトリクがカンラの肩を掴む。
「だってクトリクっ、あなたに色目を使ってくる人がいたら私許せないもん。この男だってわかんないよ? ホモ野郎でクトリクの事狙ってるのかも……ちょっと、何見てんだよ! どっか行けよ糞!」
カンラは周りの目も気にせずに大声でセイらを怒鳴りつける。スタッフは退室していたが、ツアー客の全員がその光景に注目し、目を丸くさせていた。
「ごめんねっ、二人とも……ボクがなだめておくから……」
呆気にとられるセイとマリナ。カンラは本気の本気でクトリクの心配をしているようでセイらの視界を遮るように立って「なんで庇うの? ねぇ、もしかしてあの子らの事……」なんて言いながらクトリクの肩を力強く握りしめ、クトリクは苦痛に目を細めながら「違うよ、ボクが愛してるのは君だけだから」と必死に声をかけている。
これは自分たちは消えたほうがいいと、セイがマリナを立たせようと手を伸ばす。でもマリナは大丈夫、とジェスチャーして立ち上がり、セイよりも早くそそくさと自分の部屋へ入っていく。
「……こんなんだから外は嫌いなんだぁ……」
マリナが呟きながらベッドに仰向けに倒れ込んだ。枕に顔を押し付けて半泣きである。
「いや、異世界はどうか知らないけど……今みたいなのは相当なレアケースだろ……で、平気?」
セイはマリナを気遣うようにそう言うと「びっくりしただけで大したことない」とマリナは鼻をすすった。次の瞬間、扉が蹴られでもしたのかドカン! と大きな音を立てると「やめなって!」とクトリクの張った声が外から聞こえた。「ぴっ!」とマリナが怯える。
「こっわ……あ、隣の部屋に入ったっぽいぞ」
クトリクとカンラが隣の部屋に割り振られているらしい事をセイが確認し、マリナは泣きそうな声をあげながら肩を落とした。
「へぁぁ……やっぱり来なければよかった……」
これからの四泊の間、彼らと隣の部屋同士と言うだけで気が重いマリナはもう絶対他のグループとは関わらないぞと心の中で誓いを立て、必要最低限この部屋から出ない事を家から持ってきた抱き人形に約束した。