6:乗客たち(1)
スイート”碧空”に荷物を置き、部屋のカギを閉めてラウンジへ向かうと、そこにはマリナたちより早く着いていた乗客の三人が歓談している。
「どうも! あなた達もツアーに当たったんですかっ?」
セイがズカズカと他のグループに踏み込んでいくのを黙って見送ったマリナ。そのグループの中でもメガネをかけた長身の男が爽やかに言う。
「こんにちは。そうだよ、僕らは聖火院のサークルでね。聖火様のご加護でもあったのか、僕のくじで当選してしまったんだよ」
すると今度は同じグループの筋肉質な男がハッ、と笑って続けた。
「加護も何もツアーを引いたのは俺なんだけどな! しかも俺んとこはペア券じゃなくて三人分だったんだぜ! なぁキワ、アスル」
メガネの男はアスルと言う名らしい。ブロウドの言葉にワンテンポ遅れて笑って返し、もうひとりの今どき女子という風体のキワと呼ばれた子も「ねー!」とはしゃいでいる。
「数日だけどよろしくね、二人共。僕はアスル、この強運持ちがブロウド、この子がキワだ」
マリナはセイの後ろからその三人を見て、ツアーで来ている割にあまり仲が良さそうではない印象を持った。特にアスルはブロウドの顔色を窺っているきらいがあるのかなと、こんなツアーに来る割に妙な関係だと感じ取っている。ただブロウドはキワという子に好意を持っているような気がした。
「よろしく! 俺はセイで、こっちの女の子がマリナ、この子がツアーを当てたんだ」
ぼやっとしていたマリナをセイが紹介してしまい、マリナは背筋をビクつかせた。ブロウドは体を大きく見せるように胸を広げながら言った。
「ほぉっ、なら俺と同じ強運同士ってことか。よろしくなマリナちゃん」
「よろ、はい……よろしくす……」
マリナは初対面だと誰であれあまり上手に話せない。その様子も含めてキワはマリナとセイがどういう関係なのか探るように見ていたが、異世界からの来訪者とそれを面倒見た者という結論など出せるわけもない。マリナは滅多にない明るい雰囲気の人間との関わりを持ってしまったことでテンパり気味で部屋の隅にあるソファにテコテコ歩いていって疲れたようにちょこんと座ると、椅子を回転させて窓の方に体を向けた。小さな体がソファの背もたれにすっぽり隠れて後ろからじゃ見えなくなっている。それでも聞き耳は立てていたが、セイはその三人となんの臆面もなく話しを続けている。
ちなみに聖火院というのは火属性の魔法の最も最初に現れたと伝わる古の青火を称える教院であるが、現在では聖火の理は生徒から見て体裁だけという側面もあって火属性魔法使い以外でも多くの人を迎え入れる学院(所謂大学のようなモノだが、年齢は二十三前後が多い)である。事実、アスルとキワは信仰心を多少なり持っているものの、ブロウドは聖火に対しての考えを持っていない。
そんな三人と会話をしていると今度はラウンジに熟年の夫婦が現れた。マリナが先程通りがけに声を聞いた男女達であろう、若い人たちからは少し距離をとった席に座るのだが、セイがその近くの席にいた熟年夫婦に声をかけに行った。マリナは窓の向こうの駅のベンチの汚れや広告板を見ながら後ろで話している声を聞くのみである。
「どうも、俺セイって言います。よろしくです! ご夫婦で参加ですか?」
声をかけられた男は楽しそうに「おぉっ、元気いいなァ」と言った。年齢は六十手前くらいだろうか。髪は黒の染料でしっかり髪を染めているんだろうなというくらいに黒い。セイにはわからなかったが、腕時計も靴もブランドモノである。マリナが後々彼に面と向かう際に気づくことだが、そのブランド品たちはどれも年季の入り方がまちまちで、おそらく中古の品を見栄えのために揃えているのであろうことがわかる。反対に奥さんの方は暗めの服に身を包み、アクセサリーには質素でノーブランドの「ただキレイなモノ」を身に着けているだけで夫婦間のパワーバランスを察するにはあり余る根拠が夫婦の外面から伝わるというものである。
「妻から預かったくじを引いたら当ててしまってね」
「そうなの。二人で時間取って旅行なんて子供が生まれてから一度も行ってなかったから、良い機会ねって参加したの」
その会話からセイは仲の良い夫婦なんだろうなと思ったが、チラと横目に見ているマリナはただ違和感を感じている。この二人は果たして二人で旅行をするほどに仲が良いのだろうか、と。
「若い子が多くて気後れするが、まぁ静かに楽しむことにするよ」
奥さんが左手で取っ手を使わずに持っている紅茶のカップを置くと「よろしくね」と優しく微笑んでセイも気分良くその夫婦と別れてマリナの近くへ行って座る。
「いつ出発するんだろうな」
ラウンジ車の窓はスイート以上に広く取られているが見えるのはプラットフォームのみ。早く走る景色が見たいセイが呟いている。
「開始時刻まではまだあるんだしのんびり待ちなよ」
マリナは相変わらずソファーの背もたれに隠れながらそう言った。
それぞれのグループが談笑している中、どこからか激しい口調で声が聞こえてきた。どうやら開けっ放しの外に続くドアの方から聞こえているようで、セイが「なんだろう?」と視線を向け、マリナはラウンジの窓から声のする方、つまりガイドが立っていた方を覗き込むと、なにやらツアーに参加しようとしている客と揉めているようだ。
「ですから、こちらのツアーはチケットをお渡ししているお客様しかお乗せできないんです」
「良いだろう! 持っているんだからチケット! ちゃんと当たった人から譲り受けて来たんだぞ!」
そう言ってごねる客はでっぷりとした体型で脂汗を顔に浮かべながら首からカメラを下げて、大荷物で今回の旅に備えてきたらしいのだが、ガイドに門前払いされそうになっているようだ。
「ええと、チケットにも記載されている通り、当たった方のみが乗ることが出来るツアーになっておりまして……」
「当たった人がいらないって僕にくれたんだ! いいじゃないか!」
「すみませんが、お引取りください」
そんなやり取りが続き、結局男は帰っていく。最後に列車の写真を撮ろうとしていたが、それもガイドが止める。この車両はまだ正式に公開されておらず、情報がリークされるとまずいのだろうとマリナは観察していた。
「ずいぶん厳しいなぁ」
様子を見ていたマリナがそう呟いた。
「試運転の列車って事もあるからじゃないか? ツアーにあたった人にしかこの列車の事を知らないって話だし、俺らの意見を基にサービスを改善するとかなんとかってパンフに書いてあったよ」
カメラの男がプラットフォームが出ていく背中を見ていると、そこで男女の二人組がすれ違って入ってくるのが見えた。すれ違いざまにカメラ男に何か言われたのか女のほうがあからさまに嫌な表情を作って男を睨みつけた後、彼氏だか旦那らしき男にぎゅぎゅっとしがみついてガイドの元へ、そのまま列車に入ってきた。そのカップルはスイートの部屋へは寄らず、時間の関係でラウンジにそのまま招待される。
ここで全てのツアー参加客が集まったようだ。ラウンジ車に全ての人が集合した。最初はスタッフの挨拶が行われる。運営側のスタッフはたった三人。ツアー客を招き入れていた女性ガイドが説明を始める。
「当ツアーは豪華列車でありながらリーズナブルな運用を目指しているため、今回のスタッフは運転手が二人、雑事関連の総合スタッフが一人という体制で進めさせていただいております。レストラン車では基本的に私、クインが料理を担当させていただきますが、ラウンジ車にあるそこのワイナリーはお客さまが良識の下でご自由にご利用いただくことが出来ますよ~」
セイがそれを聞いて女性ガイドに対し「クインさんっていうのかぁ……名前も可愛い感じだな……」と呟いたので、マリナが睨みつけて黙らせた。
「運転スタッフは常に運転席のある展望車の下層にて生活しておりますので、基本的に私達と共同のエリアには出てきません。運転はこちら、ベテラン運転手のリュクとガイワンが担当します~」
リュクという男はにこやかに応えて手を振り、ガイワンは無表情というか、ムスッとした顔で首を数ミリ動かしてそれを会釈にするつもりらしい。二人はそれだけでクインの後ろに下がった。マリナはそこでかすかな違和感を覚える。たった今紹介されたリュクとガイワンに対して、それが何故なのかも、何に対してなのかもわからない。
ただ「運転手らしくないな」という、第一印象程度の違和感だった。