5:豪華列車 セプテントリオン
「うわぁぁ……これがセプテントリオン号……すっげぇぇ!」
大きな列車を前にセイがはしゃいでいる。駅のホームには豪華に彩られた寝台列車が夜の色と星の輝きを模した装飾を施されて雄々しく佇むようにあった。
当選から約一ヶ月弱の時間を空け、今日はついにツアーの当日。マリナも内心でそれなりに楽しみにしながらセイと共にそこに立っている。
「ツアーの方はこちらで~す」
体のラインが出るトップスとタイト目なスカートの制服に身を包んだ落ち着いた茶色の髪の女性が楽しそうにプラカードを掲げてセプテントリオン号の前に立っており、そういう風に声をかけて今回のツアー客を誘導しているようだ。マリナらが今立っているプラットフォームは他の列車が行き交うことはなく、セプテントリオンに乗るツアー客のみが訪れることが出来るようになっているため、人が現れる度にそのガイドスタッフが声を上げている。
「はいはーい! お姉さん! 俺達もツアーの方でーっす!」
セイはぴょんぴょん飛ぶようにガイドスタッフの方へ向かっていった。そのガイドはマリナとは全く逆と言っても良い体つきをしており、詰まるところセイの好みの女性タイプに当てはまるような人で、こんな人にガイドしてもらえるのかとセイは更に浮かれ気分を上げ、肩を竦めながら自己紹介をした。その様子をマリナはじっとりと見つめ、それから吐き捨てるような息をして自分もそのガイドの元へ向かう。
「は~い、ようこそセプテントリオンへ。チケットを拝見しますね?」
ニコニコとセクハラでもしそうなセイにも極上の対応をするガイドにマリナはどもりながら「あっ……」とか「ここれっ……」とか言って、挙動不審気味にセイから預かっていたチケットを手渡す。
「ありがとうございますー! こちらのカギの部屋に荷物を置いたら三号車がラウンジになっているので、そこで待っていてくださいね~」
傍目にすれば全身から汗を撒き散らしているかのようなマリナはガイドと目を合わせないでペコペコとお辞儀をして若干震える手でタグのついたカギを受け取る。タグには『スイート-碧空』と書かれている。二号車の一番後ろのスイート、全体の車両で見てほぼ真ん中に位置する場所がマリナたちの部屋になるらしい。
「おー! じゃあ行こうぜマリナ!! うわー! うわー!」
セイはマリナに確認も取らずに車両に入っていってその華美な内装に奇声をあげて奥へ奥へと入っていくのだが、マリナはトランクが持ち上がらなくてまだ車両の中に入れていない。騒ぎ立てるセイのおかげで自分も早く中を見てみたいという気持ちが高まって、力づくでトランクを引っ張っているとガイドの女性がトランクを持ち上げるのを手伝ってくれた。
「あ、ありゃとう……」
あまり人と目を合わせて話さないマリナが感謝を言葉にしながら顔を上げてガイドの顔を見る。その表情は……なぜかマリナを射抜くような威圧的な瞳を向けていた。だがそれはほんの一瞬。マリナですらなにかの勘違いだろうと気にもとめない程度の一瞬の間。それからガイドはにっこりと笑うと艷やかな手でトランクを持つマリナの手を撫で回した。
「……いいな……」
「えっ……」
ガイドは手を離し、また自然な笑顔で手を振りながら「楽しんでくださいね~」と言ってマリナに背を向けた。撫でられた手の甲の一部が温かく鼓動してるみたいに感じて、マリナは一体今のはなんなんだと考えながら碧空の部屋へ進んでいく。
車両の先頭と最後尾は展望室兼運転席となっており、その間の車両に前からスイート、ラウンジ、レストラン、更にスイートという並びでこの車両は運用されている。ただし今回のツアーは試運転目的でもあり連結された車両は最低限であり、実際には更に二台のスイート車両と、デラックスという上位のスイート車両も入る、ということがパンフレットに書かれていたのをマリナは覚えていた。
その中でマリナの寝泊まりするスイートは二号車の一番後ろ、ラウンジに最も近い車両である。
二号車の入り口から入って進み、自分の部屋に入る途中のスイートのドアが半開きになっており、中から怒っているような男の声が聞こえた。
「……とに使えねぇ……だからお前は……」
「……ません……でも無くても……」
「バカ……四泊も……! ったく」
間々に弱々しげな女性の声も聞こえる。詳しい年齢はわからないがそこそこ年のいった夫婦じゃないかなとマリナは考えつつ、聞いているのも悪いと自分の部屋に向かう。
カギがなくて部屋の前で外の景色や連結している先の車両を見ているセイを横目にカギを開けると、列車とは思えない立派な部屋が現れた。
ソファーとしても使えるベッドはシングルサイズで若干小さめではあるのだが、窓は天井まで開くようになっていて今は駅の天井を見せているものの、いざ動き始めたら寝転がって動く景色を見ながら眠れることを考えればとんでもない付加価値がある。
それに机や座椅子はもちろん、トイレにシャワーも併設されており、ここで四泊と言われてもワクワクしたままでいられることだろう。ただマリナにとってはセイと兼用になってしまうことだけが億劫ではあるが、トイレに関しては事前に「セイはラウンジにある方のトイレを使う事」で同意し、マリナのお風呂時間は完全に部屋自体への立ち入りを禁じることにした。セイの方はなんでも見たいなら見ればいいと特にマリナに制約を求めることはしていない。
「すっごい部屋だなマリナ……最高じゃんか~……あっちの世界でも俺はよく列車っていうか、電車っていうんだけどさ、それにはよく乗ってたんだよ。でもここまで豪華なのは初めてだよ」
「デンシャ? 列車とは違うの?」
「俺も違いはよくわからないけど、あっちではこういう乗り物のことをあんまり列車って言わなかったからな。でも俺が乗ってたのはこういう流線型みたいなのじゃなくて、もっと四角っぽい形で人がとにかく乗りまくるような感じだったんだ。こんな風に優雅ではなかったな……くぅーっ! 早く動かないかな!」
マリナはセイが異世界の話をする度にその話の詳細をねだるようになっていた。彼と出会ってしばらくの経ってたこともあり、一定以上の信頼を持って今ではセイが本当に異世界人であるような気がし始めているところである。