4:出発準備
というわけで、まさかの特賞を当てたマリナにセイはしつこく付きまとっていた。
「いいじゃん! 行こうよ! 楽しいって!」
「やだ! 行かない! めんどくさい! ってかお前のチケットで当てたんだからお前が一人で行ってこいよー!」
「ペアで当たったじゃん! 当てたのマリナじゃん! 一緒に行こうって! 一人じゃ寂しいだろ!!」
「やーだー! 第一な! 私はお前を信用してない! ただでさえ異世界がどうとか言ってるやつと、お、お、同じ部屋で四泊も寝泊まり出来るか! アホか!」
「本当にこことは別の世界から来たんだからしょうがないだろ! それに俺はふにっとバイーンなお姉さんが好みでマリナみたいなぺったんストーンな子襲ったりしないから安心しろ!」
「お前! お前っ! お前最低だ!! 最低だぞ! 絶対行かない!」
「いや待って待って! チケットのここ見て! ペアだけど知人の招待も出来るって! 格安で招待出来るってあるから! 少佐さんでも友達でも呼んで行こうよ! 俺が別の部屋で寝ればいい話だろ!?」
マリナは眉間にシワを寄せながら「やだ!」と言い続けている。眉間のシワというのは”私に友達がいるとでも思っているのか!?”という怒りに等しい気持ちだ。マリナはただでさえ出不精であるし、列車にも旧地にも興味はない。
「マリナ……じゃあこれでもか?」
セイはくじ引き会場でもらったパンフレットに書かれた日毎の食事コースメニューのページを開き、マリナの顔面に叩きつける勢いで見せた。
この旅では豪華寝台列車、セプテントリオン号のロールアウトに向けたツアーが組まれており、その車輌にはワイナリーや専属のコックによるレストランなども用意されている。正式サービス開始直前のお試しとして少数のグループがテスターとして招待され、その魅力を隅々まで味わうことが出来るのだ。
「見ろマリナ、お肉、魚、スイーツ……激烈うまそうなコース料理の数々……全部食べられるんだぞ……タダで」
やたら強調した”タダで”だった。
「ゴクリ……」
ツアーでは旧地を通りながらその荒廃の歴史や新たな繁栄の歴史などを紐解きつつ、基本的には客の自由に時間を過ごすことが出来る。オリエンテーションなんかもやり過ごしてしまえば美味しい料理を食べられる上で列車の心地よい揺れに身を任せた快適なお昼寝を提供してくれるのではないだろうか……マリナは徐ろにめくったページに書かれた自分たちに割り振られた『スイート』のなんとも豪華そうなベッドを見ながらお腹をグーと鳴らしてよだれがたれないように口をすすった。
「俺も異世界の旧地ってのに興味あるし……良いだろ!? むしろ何が嫌なのか教えてくれよ?!」
「お、お、お前が信用出来ないから……でもご飯はおいしそお……」
口を啜って口角から少し溢れたよだれを拭うマリナ。
「大丈夫だって……俺こっちに来てから友達は君しかいないんだぞ? そんな子との関係を壊すような事しないよ。それに君になにかあったら俺少佐さんに殺されちゃいそうだし……」
「友達? ……んー……」
聞き直したマリナは目を丸くしていつの間にか自分をしれっと友達だという人間が出来た事に驚いていた。なんせ学校へも行かず外に出る時はたいてい少佐に連れられて事件現場という生活だ、出会いなども無く若いながらに世捨て人のような暮らしをしている。
だからセイのような人物はある意味でマリナにとって良い刺激になるであろうと、親代わりのような存在となっているモリスもある程度面白がって迎えていた。マリナ自身は異世界人なんて戯言に聞く耳は持ちたくないから苦手意識を持っているが、セイという人間についてはどこか通じるものがあるような気はしている。
友達というワードを自分に向けられた事はマリナの中で新鮮で、そう言ってくれたセイに自分も一歩譲るべきなのかと単純にも発言の方向を変えた。
「ま、まだ時間はあるし、じゃあ、ちょっと……モリスに相談してからにする……」
ちなみにモリスは親ほど年の離れた大人で、ほとんどマリナの保護者状態であるため友達とは呼べないだろう。
「わかった。でも俺一人だったら行かないからな。マリナとじゃなきゃ行かない。このチケットとパンフ、預けとくから。また事務所遊び行く時教えてよ。……俺の事胡散臭いって思ってるのはわかるけど、マリナにはいろいろ助けてもらって、これが少しでも恩返しになったら嬉しいんだ。どうしても俺と行きたくないっていうんだったら、モリスさんとチケット使ってくれてもいいからさ」
最初の出会いで「ここは自分の住んでいた世界と違う」などと言い始めたセイを、マリナは全く相手にしていなかった。
だが魔法も使えず、この世界の常識を何も知らないセイ。この世で魔法が使えないというのは非常に重い障害を持っていることと同じだし、普通の人は初対面では隠す話であるにも拘らず、セイはマリナと初めて会った時には魔法なんて知らない、使えないと話した。
普通はそんな事をしない、魔法を知らず、使えないなんてこの世界じゃ奴隷と同じような扱いを受ける事になる可能性もあるのだから。
だったら本当に異世界人なのかと考えてもマリナには突拍子もなさすぎて信じられない。セイの言う『元の世界』の話というのはどこかの空想小説から得た知識を流しているような感じで、だから胡散臭いという考えもマリナの中にあり続けている。
ただマリナの”読心魔法”はセイの発言について”嘘っぽい”と考えさせるだけで、”セイの言葉は嘘”とは断言出来るような判定を与えてはくれない。マリナが強く異世界という存在を否定しているから突拍子の無い話を信じることが出来ないのかもしれない。
セイと別れた帰り道、憲衛署によってモリスに相談すると「自分もついていきたいが仕事が忙しい」と断られてしまったマリナ。仕方なく寝るまでパンフレットを見ながら考えた。
ツアーガイドによれば、四泊の間で大陸を縦断し、今は主線としては使われていない線路を使って古戦場や遺跡、昔栄えた村の跡地や原野なんかの魔法に染められた大地を回るんだそうだ。それのなんとつまらなそうなことか。
マリナは特に歴史に興味はなかったし、実は自分が住んでいる街の近隣以外の地名や国名もさほど覚えていないし、そもそも自分の周り以外どうでもいいというタイプのマリナにはそこがどう栄えて滅んで、人がどう移り変わったかを知るというそのツアーを楽しそうとは思えない。
ツアーという名目ではあるがここで使われる”高級寝台列車 セプテントリオン号”の試運転が主な目的なのだろう。
ただ料理が本当に美味しそうで、そのパンフレットをおかずにして今日も一人で晩ごはんを済ませるマリナの食卓には帰りに買ってきたお弁当屋の手作り弁当が一つ置いてあるだけだ。これも美味しい、でも……とマリナのよだれが止まらない。
寝る前にはセイの顔を思い出す。自分を異世界人なんて常識はずれな事を言ってても、彼が言った『友達と思ってる』という話や『マリナに恩返しがしたい』という言葉にはしっかりとした真実味があって、行くのもやぶさかではないのかなとも考えている。
一度ベッドで脱力し、それから大きく息をついてから決めた。
マリナはクローゼットを開き、旅用のトランクに着替えや必需品なんかを詰め始める……のだが、出発まではまだ時間があるじゃないかと思い出して何を楽しみにしてるんだと自分に苦笑するのだった。