34:その後(1)
これは僕の出会いとその時の事件が終わってしばらく後の事。彼女と何気ない会話をしている時のちょっとした話。
僕はあれから探偵をしているマリナの家に住まわせてもらっている。マリナの両親は何かの理由で亡くなってしまって、彼女は一人でそこに住んでいた。
その家はマンションみたいになってる建物で、なんとそこの一階は探偵事務所になっていた。事務所は閉鎖しているんだけど、マリナは読心の魔法を使って事件を解決する名探偵で、僕は彼女の手伝いとして雇われる形で一時的にここに置いてもらってる。
掃除なんかの雑務もするし、捜査の時には彼女の手足に使ってもらってる。マリナは捜査を手伝っている僕に「目の付け所が探偵に向いている」と言ってくれた。これでもドラマのシェリングはもちろん、レッド・ジェーンやクリミナル・ソウルなんかの犯罪ドラマを観まくっていたし、それをヒントにして現場を視てるからね。でもマリナのような実際の名探偵から褒められたのはすごく嬉しかった。
そうそう、マリナは日常においてはものすごくたくさんの話をしたがる。特にしたがるのは彼女にとっての異世界の……僕の元の世界の話が大好きで、一日に三回じゃ足りないくらいなんでも話していると思う。話を聴く彼女は見た目の年齢よりも幼いくらい目を輝かせたりして、僕も話し甲斐があるってくらいのもんだ。
「なぁクスノ。君がこの世界に来たのは、クルマってのに轢かれたからという可能性があるんだろう?」
マリナはあれから髪をしっかり梳かすようになって、長い黒髪がサラサラとまっすぐ下へ下りて、その毛先がぴょんと跳ねるくらいになった。でも頭頂部の遊んでる髪は何してもピョンコしてる。
「わかんないけど、多分そうなのかなって思うね」
「また同じことをして戻れるとしたら、戻りたいと思う?」
「うーん、痛くないならそりゃ戻りたいけど……でも僕としてはここも楽しいよ、やっぱり何度見ても魔法は凄いしね」
僕はもう、これまでにたくさんの、とまではいかないかもだけど、いくつかの魔法を見た。例えば僕の携帯電話は電気の魔法でバッテリーを充電させたんだ。そうしたら驚いたことにバッテリーがほとんど減らなくなった。丸一日使っても多分五パーセントも減らないと思うし本当の本当にこれこそ魔法だと思った。
いや、正真正銘魔法なんだけど、つまり言いたいのは本当に神秘の力ってこと。ただ通信はできないから、せいぜい電子メモやカメラ機能くらいしか使えるものがない。まだ景色を撮影したことくらいしかないけど。
「まだまだ見たこと無い魔法はたくさんあるよ。でも私からすればクスノの話のほうが凄いよ。君の世界の話は本当に……すごくすごく興味深い。もっと聞かせてほしいな。君が魔法というものにある程度知識があったり、適応力が高かったりするのはそういう物語がたくさんあるからなんだよね?」
彼女はやっぱり僕の見た通り、僕と幾つも違わない十七歳の女の子だった。事件と向き合うときはやたら落ち着いて怖いものなしみたいに振る舞ったりするんだけど、こうやって話していると年相応なんだと思う。
「うん、魔法が出てくる話はたくさんあるよ。一大ジャンルだったし、それこそこの世界にもある”機械が発達した”って設定の漫画や小説と同じくらいあると思う。でも僕はあまりそういうジャンルを読まなかったんだよね。魔法系はライトノベルってのに多かったんだけど、その辺は僕より妹の方がそれに詳しかったなぁ」
僕はアニメより映画やドラマ派で、アニメももちろん観てたけど深夜アニメはクールごとに一本か二本見るか見ないかだった。
「クスノ、妹がいたんだ」
マリナは目を大きくさせてそう反応した。「お兄ちゃんだったんだね」と感心するように可愛く言ったマリナに僕は頭をぽりぽりかきながら答えた。
「うん、セナって名前で、魔法とか出る作品大好きなんだよね。君と同じ……じゃなかった、マリナより三歳年下だね。あ、そうだ……」
マリナの見た目が幼いからつい下に見てしまいそうになる。それはいいとして、僕は大事な事を思い出した。マリナはそれを察知したみたいで首を傾げた。
「なにかあった?」
「いやね、ほら、僕がその光に包まれた時の事だよ。有名な俳優を見に行くって言ったでしょ?」
「あぁ、うん」
これから喋ることがもしも最悪の形で実現していたらと、不安から心臓がジンと嫌な鼓動のうち方をした感じ。
「その時、実は妹も一緒だったんだ。ベンディに会えるー! って舞い上がってた妹が少し先にいなくなって、探してる内に何かがあってここに来たんだと思う」
「へぇ……」
マリナは多分、僕の不安を読んでくれたんだと思う。僕みたいに表情を抑えて話を聞いてくれている。
「もしかしてセナもこっちへ来ていたりして……心配だな、マリナみたいな人がついててくれれば安心だけど……」
セナは間違いなくこういう世界が大好きだから、魔法なんて見たら誰彼構わず食いつくかもしれない。でもこの世界の”マナシ”という存在を知らずにそんな事をしてしまったら……
僕はもうマナシがどういうものか、どうなってしまうかを知っているし、もしもセナがそういう風になっていたらと思うと心臓がグワングワンと強く掴まれるように鼓動をする。でも異世界なんて場所がそもそも簡単に行けるわけがなくて……妹が来てる事なんて無いはずだ。……そう考えたい僕の表情を見たマリナは僕を励ましてくれず、それどころか僕よりも深刻そうな表情で呟いた。
「……まさかな」
もしかして何か心当たりがあるのかもしれない。でも僕が話を聞こうとしても「勘違い」とはぐらかすだけで、この場で教えてくれることはなかった。