33:異世界で目覚めたら魔法探偵少女に犯人扱いされました
翌日、真夜中に起こされたんだけど、もう列車が来るらしい。なんでもこの辺り一帯はずっと夜の夜天域という場所なんだそうだ。どういう仕組で? と聞くんだけど、マリナは「魔法を信じないことには始まらないよ」と詳しくは教えてくれなかった。
駅に到着した列車はあまり大きくなくて、運転車両の後ろには四両の客車がついていたんだけど、そもそもこの駅が全然大きくないせいで車両は一番前と二番目の車両しかプラットホームに停車出来てない。
僕とマリナは一番前の車両に乗り込むんだけど、他の乗客らを見るに僕たちと変わらない普通の人間達だし、服装はちょっと独特かなと思うけどその程度。そういうイベントの最中でしたと言われれば笑って済ませてしまいそうなくらい、極普通な列車と乗客たちだった。だから僕も目立ってない。
列車は次の駅を目指して進む。走り始めてから数分でマリナはどこからか駅のパンフレットみたいなのを持ってきて、どうすれば自分の住んでいるビイニツって街に帰れるのかをシミュレートしているようだった。その中で路線図の複雑さを目の当たりにして「これだから列車は嫌い」とつぶやいている。
僕はやることがない。携帯も圏外のままだし、暇つぶしのアプリも開かない。事前に聞いていたけど列車は進んでいく途中で夜の領域を抜けて映像を早回ししたみたいに朝から昼に空の色が変わって、幻想的で巨大な珊瑚が突き出たような海を背景に列車は進んでいった。
マリナにはあまり驚くなと釘を刺されたけど、僕がこれまでに行ったことのあるどんな場所よりも神秘的で途方もない場所であったのは間違いない。マリナの”魔法がある”なんて言葉は未だに信じられないものだけど、僕は本当に”異なる世界”に来てしまったんだなという自覚を少しずつ感じ始めている。
でもその道の途中で。夜天域の夜空が遠くに見えるほど進んだ線路の途中でトイレに行きたくなった僕が車内のトイレを使って戻ってきて数分後の事。僕が通ってきた車両からどんどん人が僕たちのいる先頭車両に移ってきた。僕は妙だと思いつつも気にしていなかったんだけど、その人達の表情をちらっと見たマリナが気になったらしくて難しい顔を作りながら隣の車両の様子を見に行った。僕は一人になりたくなくてその後ろを追うんだけど車内がにわかにざわついている。
「何かあったのかな?」
僕がそう尋ねるとマリナは「多分な」と車両間の扉を開けてずんずん先へ進んでいく。ちょうどトイレのあった車両……僕らの乗っていた先頭車両から二つほど車両を進んだところにある車内で、ざわつきはピークを迎えている。車両の真ん中に数人が集まり、マナー違反にも横たわった人がいることもわかった。
マリナは直接それを見ないうちから、多分車内にいた人に読心魔法を使ったんだと思う、「ノスク、君は見ないほうが良さそうだよ」……そう教えてくれた。でも何があるのか僕はわからなくて、名前の訂正も忘れて食いつくようについていくとそこで僕は初めて人の死というものを目の当たりにした。
そう、そこでは血を流した男性が動かなくなっていたのだ。それになんとも現実感がなくて、例えば映画やドラマで見慣れたワンシーンがそこにあるだけのような気がしてしまって、僕はぼーっとそれをただ眺めて、でも目を逸らしたいのに出来ない、よくわからない気持ちに支配されていた。
もっと見てみたいし調べてみたいというような……ただ推理ドラマへの憧れからの安直な考えが湧いているのかも知れない。倒れた人が生きているのかも死んでいるのかもわからないし、もし本当に死んでしまっていたらすごく怖いけど、僕は自分の心の奥から何か気持ちが湧き上がるのを感じた。
この人、血は流れているけど怪我をしているようではない。血は多分口から流れてるんだ。毒殺……何かを食べた、飲んだ、触った……僕はその倒れた男の人の手に注目してそこに何か白い粉のような物が付いているのを確認した。死因はあれだ。間違いない。
でもどこから? 僕はその男の人が立っていたであろう位置に目をやって、今度は手すりとその上にある新聞紙を見る。新聞紙が少し膨らんでいて、何かが入って……視線を動かして気付く。マリナが僕の目や行動をじーっと見ていた。なんだろう? そう思っていたら、マリナは寂しそうな表情を浮かべて、どこか怖がるように、彼女の中にある臆病さを垣間見せるような……でも多分それを隠したいんだと思う、気丈な声で僕にこう言った。
「もしかして……犯人、お前か?」
「え、えぇぇぇ!?」
僕は仰天して、車内で他の人に迷惑になってしまいそうな声で驚いてしまう。
こうして何故か僕が犯人扱いされてしまったこの事件をきっかけに、僕はこの魔法世界で生きていく事になった。この特別な無属性魔法使い、通称”読心の魔法使い”のマリナと一緒に。彼女の宿敵でマリナが犯罪王と呼ぶ相手と戦いながら、僕は元の世界へ帰る方法を探すことになったんだ。