32:読心の魔法使い マリナ
「は……ぇあっ? どういう意味?」
僕は突然の女の子の冗談の意図がわからないんだけど、腕をポケットにいれて、さっき持っていたリングのキーホルダーみたいなのをしまったみたいだった。
「……寝るにはちょっとつらいか。スクノマ? ……君は座布団貸してあげる。あとはまぁ……あ、紙袋があった……はい」
女の子はそう言って僕にいくつかの道具を貸してくれて、それで暖を取って寝ろと言ってるみたいだ。でもまぁ、仕方がないか。見るとタオルもかかってるし、それもちょっと使わせてもらって……ものすごく寒いわけじゃないし、まぁこれでなんとかなるかなというくらいにしてゴツゴツの床で横になった。そして名前を間違えられている。
「それで、君の名前は? 僕は”クスノ”ね」
「あぁ……私の名前は……マリナ。マリナ・ディート・クラウスラウル」
中二病だ……初対面だし、あえて突っ込まないであげよう、水とプリンをくれた命の恩人だし。でもマリナって名前はわかりやすい。
「なんか難しい名前だね! マリナ……うーん、呼び捨てはなぁ。マリナちゃんは馴れ馴れしいか。なんて呼べばいいんだろ。クラ……クラ?」
「クラウスラウル。マリナでいいよ」
人前で呼ぶ時にクラウスラウル……なんて呼べないし、この提案は正直すごく助かった。
「そっか、じゃあマリナで。ちなみに明日の列車ってのはどこ行きなの?」
「わかんないけど、なんとかしてビイニツに帰る。お金は多めに持ってきたからちゃんと帰れるはず。シホ国域はそれなりに都会だしね」
マリナは多分、何かを変換して喋ってるんだと思う。だから一つずつ紐解いていけばここがどこかわかるはずだと思った。
「えっと……県で言うと何県?」
でも僕の言葉に対して彼女は冷静極まりない感じでこういう風に言った。
「クスノの場所での国の言い方なんだろうなとは思うけど、ケンなんてものはない。ここは君の世界とは違う。バイクというものも、ライトノベルというものも存在しない、君からしたら異なる……異世界なんだ」
「……おぉ……そうかぁ……うーん……」
さっきは十七くらいかなと考えたけど、やっぱり多分マリナは中学生くらいなのかもって思った。
「信じてないようだけどね。この世界の人間は誰もが魔法を持っている。一つ覚えておいて、この世界で魔法を持ってないと言っちゃだめ。魔法に感動したり、深く尋ねたりしてもだめ。すぐに人の意識の中で潜在的な奴隷にされちゃうからね」
マリナはすごく丁寧に、僕のことを気遣うようにそう言ってくれたけど、そんな事を信じられるわけがないし、まぁ妥協できても彼女の設定に乗っかってあげることくらいだ。そもそも知らない人に「あなたは魔法使いで?」なんて聞きっこないんだけどね。
でもまぁ、こういう提案をしてきた以上やっぱり聞いてあげるべきなのかなと思って彼女の魔法を聞いてあげた。
「そっかぁ。それでマリナ、君は何の魔法使いなの?」
マリナはまだ僕が信じていないことをわかっているかのようにやれやれという表情で教えてくれる。
「……読心の魔法使い。人の心を読む……魔法が使える」
そう言ったマリナは少し僕から視線を逸らしていた。言ってて恥ずかしくなった、という感じではなくて……なんていうか、やましいことがある人がごまかすことを言ったような雰囲気なのかな。いやいや、誰だって魔法なんて持ってないんだからそんな本気で気に病むような態度はしなくていいのに。でも乗ってあげる僕。
「へぇ。すごいなぁ~。じゃあ僕の心を読めるかい?」
僕は戯れに付き合う程度の気持ちで茶化し半分にそんな事を言ってみた。こうして彼女の設定に付き合えば列車が来るまでに打ち解けることも出来ると思う。でもマリナはそんな僕の態度に口をむっとさせて可愛く睨んでから言った。
「うん。……クスノ、私の言葉を全て信じていないでしょ。魔法なんてあるわけがないと思ってる。というか私の名前もだし国域の話もそうだ、この世界の話を私がすると、そうだな、哀れみと紙一重の、人が信じているものをバカにしないようにというのはまぁ君の優しさのつもりなんだろうけど、とにかくそういう気持ちで私の話を聞いてるね。じゃあ簡単に……じゃんけんをしようか」
「じゃんけん? なんで?」
僕が聞くと、マリナはもう何度も説明してきたという感じで言った。
「これが一番わかりやすいんだ。ただ始める前に出す手を私の目を見て何を出すか言ってね」
マリナは可愛らしく微笑んで言った。僕の気をリラックスさせるような感じで。
「ふぅむ。じゃあ……僕はグーを出すよ。君は勝つんだよね?」
三分の一のゲームをされてもなぁという気持ちはあるし、もし一回勝たれたとしてもそれで心を読んだ、なんて言われてもなぁって感じだ。
「そうだよ。もちろんグーじゃないのを出してもいいからね。ちなみに初手限りで決着だからね。はいじゃんけん……」
僕は彼女がじゃんけんの前動作でグーにした手を上下に振る動きを見せたから、それに合わせて音頭をとる。
「最初はグー、じゃんけん」
「あっ? ぇえ?」
「ぽんっ」
マリナは僕のリズムに付いてこれず、パーを出して、僕はじゃんけんぽんの「ぽ」くらいのタイミングでもパーを出し続けていたので、僕はそのまま指を伸ばしてチョキにして勝った。
「勝っちった」
ちょっと予定と狂ったかな。勝たせてあげるつもりでグーのままにしようとも思ったけど、つい手を変えてしまった。でもマリナは「ちょ!」と抗議の声をあげている。
「さ、最初はグーってなに?」
「え? 最初はグーでしょ。知らないの?」
全国に浸透しているものだと思ってたけど、地方ルールなのかな。
「わかったわかった、じゃあ次は普通にじゃんけんぽんで行こう」
僕はそう得意げに仕方ないなって感じでノーカウントにしてあげることにした。でも本当に心が読めるなら僕が「最初はグー」って言うことを読めたんじゃないかなと思うけど、それを指摘したら可哀想だよね。
「……これが本当の異世界人ってことか……」
マリナはぐぬぬと口に力を入れた後、じゃんけんの続きをするべく腕を差し出した。
「で! 次は何を出すの!?」
負けず嫌いなのか、マリナはちょっといらっとした様子でそう言った。
「うーん……じゃあチョキかな」
「よし、じゃあ。じゃんけん・ぽん」
僕はチョキを出した。一度くらいは勝たせてあげないとね。彼女はグーを出して作戦通り。僕の言葉を信じてグーを出すなんて根は素直な子なんだろうな。
「お見事。負けちゃったか。これが読心って事?」
なんだかほほえましい気持ちになった。マリナはちょっとホッとしたようでもすごく悔しそうにしてる。ここで終わりにしておけばいいのに、マリナは連戦を要求してきた。いいのかなぁ。
「手加減のつもりで手を変えなかったな。はい次っ、何出すか言って!」
「じゃあ次はパーにしようかな」
マリナはなんだかんだで僕の手に対応する手を出してきてる。最初のパーだって僕の言葉通りに出してきている。だから僕がパーといえばマリナはチョキを出してくるはず。だから僕はグーを出せば勝てるんだけど……でも自分が心を読むと言っているくらいだし、一回で終わっちゃうのも可哀想な気がするし、僕はあえてパーのまま対応してあげることにした。きっとマリナは順当にチョキを出すぞ。
「じゃんけんぽん」
で、マリナはやっぱりチョキを出してくれた。うんうん、僕の読みどおりだ。最初に考えた通りにグーを出せば勝ってた。実質僕の勝ちだなと優越感が溢れてくる。
「……クスノ、君は今自分の考えどおりにことが進んでいると思ってるね。自分が負けてあげてると思ってる」
「えっ? ……あ、さすが読心の魔法使いだなぁ」
ちょっと驚いた。自分が勝たせてもらってるって自覚してるってことなのかな。いや、こういう風に言って心を読んでる感を出してるのかも。じゃあそろそろ手を変えていこう。僕は次に出す手を「じゃあ次もパーね」と宣言し、お互いに手を差し出して「じゃんけんぽん」。僕はそろそろ勝とうと、相手のチョキを読んでグーを出した。
「あ、あれっ……」
マリナはここでパーを出してきた。僕の負けだ。
「……うん、クスノ、君はわかりやすいね。もう一つ裏を読むべきだ」
最初のちょっと焦った様子はどこへやら。若干鼻につきそうな感じに「ふふん」と得意な表情を作って僕よりずっと上から目線でそう言ってきた。
「じゃ、じゃあもう一回だ。次はえっと……グーにしよう。さ、じゃんけんぽん」
マリナはもう裏の裏を読んで来ると思って、僕は更にもう一つ読んであえてグーで待ち構えた。こうすれば僕が裏の裏でパーを出すと思ってるマリナに勝てるわけだ。でもマリナはまた素直にパーを出してくる。また負けてしまった。
「あれぇ……?」
「ほら、魔法なんだよ」
可愛らしく言ったマリナだけど、こんなのまだまだ。最初の一回を含めなければ四回目だ。三分の一の勝負なんだし、最初の二回は僕も手加減してたし、実質二回目だし。こんなのはまぐれでも起きることだしね。
「じゃあ……もう一回グーを出すよ」
僕の宣言に対してマリナが初めて質問をしてきた。
「絶対にグーを出す?」
「そりゃ絶対にグーを出すよ」
これはもちろん嘘で、きっとマリナは二度も同じ手が来ると思っていないはずだからもう一度裏読みでチョキを置く。絶対とまで言ったんだからきっとマリナは信じるはず。でもマリナはグーを出してきた。おかしいな……。
「はい、私の勝ちね」
にっこりと、最初の悔し顔がキレイに笑顔に変わっている。
「あ、う……」
正直少し恥ずかしい。絶対にと言ってまで勝とうとして、結果相手の言葉を裏切った上で負けるなんて……。
わかった。きっと裏を読んだんじゃなくて、相子をぶつけてきてまぐれ勝ちしてるんだ。様子見もあるし、その次の手は運ゲーに持ち込めるし。それを僕は裏を読んで負けてしまったということだな?
「よしわかった! じゃあ次はチョキ出す!」
「いいよ。次も勝つからね」
相子をぶつける……それは確かにいい手だと思う。だって負けなければ心を読まれなかったと同じなわけだし。
だから僕はグーを出せばいい。相手がチョキに対応してグーを出してくれば勝てるし、裏を読んできても相子。これが安牌の手だ。だから余裕を持って僕は手を……。
「はい、私の勝ち。相子狙いだったでしょ。初手限りの勝負なんだから相子は無しだよ。私は相子になった時点で負けでいいし」
僕は三分の二以上の手で勝てるはずだった手を出してさっぱりと負けてしまった。それに相子を読まれた上に自分に不利な条件まで提示して。
そこまで来てやっと、もしかしたら彼女は本物なのかもしれないと思い始めた。
「ちょ、ちょっとまって。次もう一回。僕はパーだ」
そう宣言した僕に、今度はマリナの方が揺さぶりをかけてきた。
「じゃあ私はチョキを出して勝つね」
こう言われたら僕は一体何を出すべきなんだろう。マリナは余裕綽々って感じでニコニコしていて心が読めない。でも良いことを思いついた、僕も揺さぶりをかけよう。
「絶対の絶対にチョキを出す? 絶対?」
「うん、チョキで勝つよ」
でもそう聞いたところで本当にチョキを出すのかわからないことに気付いた。
僕はこう言ってさっき裏切ったわけだ。マリナはどう出てくるだろうかと考えてるうちに、ここであえて負けてみるという選択を思いついた。今まで勝とうとして負けていたんだから、負けようとすれば負けないんじゃないか? 結局僕はそのままパーを出し、やっぱりマリナに負けた。彼女は満足げにニタニタ笑ってる。
「んふふ、クスノ。じゃんけんに七回連続ストレートで勝つっていうのは、だいたい二千五百回に一回の割合らしいよ。どうする? まだ続ける? 魔法を信じた?」
「じゃ、じゃあ最後の一回……パー」
ここで僕は裏技を使うことにした。じゃんけんでのとっておきの裏技……適当出しだ。僕自身で何を出すかがわからないんだ。これで僕の勝率は実質三分の二……卑怯かもしれないけど本物の魔法ならそれでも勝てるはずだ。いや、そこまで行ったら未来視の領域だ……じゃなくて、もしかしたら僕の脳が”これを出す”って司令を出したその瞬間を読み取って対応する手を出してきてるのかも。
「じゃん、けん」
僕は自分で卑怯な事をしている自覚はあった。だから彼女が
「待った」
ってじゃんけんを中断させた時はビクッとした。僕が卑怯な事をしようとしている心を読まれているのかなと思って。
でもマリナは僕の不正を暴くんじゃなくて、僕の顔を覗き込むなりまた余裕ありげにニコニコして「うーん、その顔はグーを出して私のパーに負ける顔だ」なんて言ったんだ。それはもう戸惑った。何を出すか考えてもいなかったけど、僕は本当にグーを出そうとしていたのだろうか。グーを出しちゃだめ? パーで負ける? どうすれば? すると考える間も無く直ぐにマリナのほうが「じゃんけん」と手を振って、僕は追いつくように手を振って、同時に「ぽん!」と手を出した。
僕の手はチョキ。マリナの手はグーだった。……負けた。負けを認識した瞬間心臓がドックンって大きく鼓動した。本当に読まれてるんだ。何も考えない適当出しだったのに、八回連続で、勝つと宣言した人に負けた。これがどんな確率になるのかすぐにはわからないけど、多分一万分の一とかになるんじゃないのかな……信じられない。
「そんな……本当に魔法なの?」
僕は瞬きも忘れて彼女に聞く。マリナは僕の様子を見てリラックスしたように笑ってる。
「うん。ちなみにまだ勝てるけど、やる?」
僕は無言で首を横に振ってじゃんけんできそうな位置にあった腕を引っ込めた。
「じゃあ、君には本当に魔法があって、君の魔法は人の心が読めるということ?」
「多少だけど、まぁね」
彼女はフフンと鼻を高くして可愛く誇ってるけど、多少なんてものか、僕の完全にランダムな手を読んで勝ってきたんだから。そりゃもちろん、マリナの言葉に頭の中で多少混乱したのはあったけど、何も考えずに出したはずのチョキに、マリナは本当に勝ってしまった。これは本物の魔法としか思えない。手品なんかじゃできるわけがない。何千分の一の確率を宣言した上で一発で通すなんて普通の人じゃ無理だ。
「ちなみに魔法を持つのは私だけじゃない、世界の全員が魔法を持ってる。私みたいなのは特殊中の特殊だけどね」
とはいえ……やっぱり信じ切れはしない。だってこれじゃあ本当に”異世界”だ。でもこうも見せつけられたところで”魔法”という突拍子もないモノをすんなり信じられる日本人がいるんだろうか。そう考えているとマリナはすました顔で「まだ信じてないみたいだね」と微笑えんでいる。
「まっ、明日から嫌になるほど見られるよ。一応少し説明しておこうか、この世界のルールを……君はもうこの世界の住人になってしまった。だからここでのルールをしっかり覚えないとね」
それからマリナと少し話して、僕はゴツゴツの床上に座布団の簡易ベッドを使って眠りについた。