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異世界で目覚めたら魔法探偵少女に犯人扱いされました  作者: KP-おおふじさん
第五章 魔法探偵少女に犯人扱いされました
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29:一時休戦

 セイは裂かれて血が流れ出る患部を押さえながら場所を変え、テーブルの陰に隠れる。同時に、マリナに視界外から襲いかかろうとするクインを制した。


「クイン! やめろ!」


 自分の座らされていた椅子を片手に持って狂気的な笑みを浮かべて今にもマリナに殴りかかろうとしていたクインが「なんでぇ?」と不満そうにセイのいる方に問いかけている。


「せっかく招待していろいろ教えてくれたんだ。ここで殺すのは実にもったいないよ。言い忘れていたがマリナ。俺が死んだ場合、別の誰かがこの仕事を引き継ぐ。その上でこの列車に関わった人間は全員殺されるから気をつけてくれ? 乗客はもちろん、君の身近な人……少佐さんしかいないか。彼や、このツアーを知っているスンやアラツの子供、聖火院の彼らの友達、クトリクやカンラの親類もだ。ちなみに君が憲衛にこの列車の事を告発した場合や彼ら乗客の一人でも逮捕しようと動いた場合も同じことが起こる。……この列車は存在しなかったことにしなければならないんだ」


 セイの脅し文句を聞いていたマリナは恐れること無くこう返す。


「声が一瞬上ずった。お前が死んだあとの保険なんてかけてないな。お前とはよく話したんだ、顔が見えなくてもその程度の嘘なら聞こえる」


 それに対し、セイは負傷していない方の手で地面を叩いて笑う。自分の思う通りに物事が進まないのは、大抵部下など他の人間のせいであるが、ほんの少女と一対一で自分自身が押し込まれているという状況を心から楽しんでいるのだ。


「くはははっ、マジに楽しいぞマリナ! まぁ俺が死ぬつもりなんて毛頭ないからナァ! いいかマリナ。この列車に乗ってくれた彼らにはノーリスクを約束してるんだ。それには君の約束が必要でね。告発するような真似はどうかしないでやってくれ。自分で自分の境遇を変える力のない可哀想な子羊ばかりなんだ。彼らが憲衛と話をするはめになったら、俺はどうにかそれを阻止しなければならなくなる。これは本当だとわかるだろう? どういう意味かも。」


「……くっ」


 マリナは反論出来なかった。今のセイの発言に一つも嘘がなかったためである。この男はためらいなく人を殺すだろう。自分の手を汚すのではなく、蜘蛛の巣のように張り巡らされた犯罪ネットの中で静かにひっそりと行われるはずだと察して。


「同時に、今ここでは君を殺したいとも思っていない。さっきも言ったが俺は君に好意すら感じている。もっと楽しみたいんだ、一度仕切り直してさ」


 好意を感じるという言葉にクインが反応して「えぇ! わたしはぁ?!」と嫉妬して持っていた椅子を叩きつけた。それを横目に見たマリナもテーブル越しに見ていたセイも構わずに会話を続けた。


「馬鹿を言うな! 私は刺し違えてでもお前を……」


 他の人間を差し置いてでも両親の仇を討つ。それがマリナの頭にある考えの全てであるのだ。だがセイはその感情をハイレベルに理解していた。


「言ってたね、殺したいと。だがそこに入っている銃弾は一発だろう? クインはどうする? 短身砲で俺を殺しそこねたら? 言っておくが、もし撃ったら容赦はしない。クインはすごく器用でね、この前は生爪の中の肉を削ぎ落とすのを手伝ってくれたんだ。料理は上手いし掃除も手際がいい上に拷問も上手とくれば、これこそ男の求める真のいい女ってもんだろう? そのクインが、お前をどう痛みつけるだろうな?」


 クインがゆっくりとマリナに近づき、反応の遅れたマリナはクインに片手を絡め取られ、体をガッチリホールドされた。


「はぁ……いい匂い……ずっと彼の近くにいたからかなぁ……」


 マリナにしがみつき頭を食べてしまいそうな程近くに顔を寄せるクインがスンスンと鼻を鳴らしながらそう言って、今度はマリナの体の上から下に手を這わせた。誰にも触られたことのない部分を強く触れられ、首筋に歯を立てられたマリナは嬌声を押し殺すように奥歯をぐっと噛み締め、クインの蛇のような腕を押しやろうとするが、根本的な腕力が足らずに小さな抵抗にしかなっていない。


「クイン、やめろと言ってる。だがまぁ、そういうことだマリナ。俺を殺して満足した後でクインに壊されたいなら話は別だが……多分五年くらいは死なせてくれないぞ」


「うーん、五年じゃ足らないかもネっ」


 クインはマリナの首筋をぺろりと舐めてから離れると、ごきげんな猫のようにセイのそばに寄っていく。マリナは今の一瞬でクインの狂気の一端を知り、背筋を震わせている。


「はぁっ、く……じゃあなんだ、何事も無かったようにツアーを終えるということか……」


 言葉の意図を問いただすマリナ。


「いやいや、マリナと同じ街にのこのこ帰るなんてリスクを負えるかよ。実はこの列車にはゴールを決めていてね、夜天域の森林にはこの列車の線路と、一日一本だけ列車が通る別の線路に繋がる駅があるんだ。そこまでに私が楽しめる展開にならなければ、相応の対応を取ることに決めていた。という話をしていたら夜天域に入ってたか。ここから約五時間後にその駅に到着する。マリナにはそこで降りてもらう。俺たちはこのままこの列車で一足先に街へ帰って解散。マリナは駅で一晩過ごせば次の列車が来る。その後だ、俺たちの遊びが始まるのは……まぁ俺は忙しくなるだろうから、マリナだけにかまってられないがな」


 セイは隠れたテーブルから両手を出し、敵意が無いことを示しながら立ち上がる。マリナはストレンジャーを構えてはいたが彼が姿を現しても引き金に指をかけずに彼がどこかへ移動するのを銃口と共に見ている。やがて壊れていたはずの「スタッフ室直通の電話」を手にとった。


「運転席、聞こえるか。俺だ、やっぱり駅で停まることにする」


 マリナは自分に呆れてため息を一つ。そういえば運転席に繋がる電話を調べたのはクインやセイであったことを思い出し、電話はまるっきり壊れていたと思わされていた。


「というわけで……残りの時間は自由に過ごしてくれマリナ。そうだ、残っているスイーツ食べてくか? 今日のためにちゃんと取り寄せたんだ」


「く、食えるか……っ、お前の用意したものなんて……」


「俺が用意したんじゃない、どこかのパティシエが作ったのを取り寄せたんだ。安心しろ、毒なんて入ってないし、君が食べなきゃ捨てるだけでもったいないだろう。クイン、全員分用意してくれるか?」


 言葉に嘘はなかった。毒で殺害などという方法をここで取るはずがないことをマリナも理解しており「は~い」と陽気にレストラン車へ向かったクインを止めることはしなかった。


「あとスンさん、俺の腕の手当をしてくれるかな。痛くてたまらん。救急箱はクインの部屋にあったはずだから。アスルとキワとクトリク、君たちも自由にしててくれていい。マリナを降ろしたら憲衛に説明するシナリオの打ち合わせはしないといけないが。捜査機関を騙す嘘のつき方も教えないといけないな。マリナ、君は憲衛に何かを聞かれても殺人犯のクインに人質として取られて気づいたら駅で寝てた、とでも言えばいい。この中で一番のチビちゃんだから憲衛も信じるだろう。それ以外の事を言ったら死人が出るぞ」


 その後スンが救急箱を持ってセイの腕を消毒し、包帯を巻くと彼は丁寧に「ありがとう」とお礼を言って「スンさんも自由にするといい」と言って乗客全員を怯えさせた。


 そして運ばれてきたスイーツは各々皿に取る形で提供され、マリナはクインにも「毒は入ってない?」と確認するが、本当にその手のものは入っていない事を確信できたのだろう、マリナは躊躇なくスイーツを口に持っていく様子にセイの口角が上がる。マリナはセイの視線に気づき顔を逸らした。


「ジロジロ見るな。だめだ、スイーツがまずくなる。あとで適当に持って帰ることにするからな。お前のいないところで食べる」


「ご自由に。好きなのを持っていくといい」


 セイのプライドの高さを見抜いたマリナは、そもそも毒殺などの手段を取るわけがないとわかっており、この後の駅につくまでの間にたんまりと袋いっぱいのスイーツを取って帰ることにした。一日駅で滞在しなければならない以上、それ以外の食料や水も必要だったが、割合は食料が一、水が三、スイーツが六といった感じである。スイーツならお腹も膨れるし水っ気もあるから万能だととにかく片っ端から袋に詰めたのだった。


「しかし思ったより早かった。まだ用意していたシナリオがあったんだが、正直やらないで済んでホッとしたよ。マリナのその練度を見れば、俺は猿芝居を演じるところだったからな。なぁマリナ、聞きたくないか? 君に与えるはずだった最後のヒントをさ」


 セイは楽しそうにそんな事を言う。今はマリナに危害を加えるつもりはなかったが、逆にそれをわかっているマリナにチクチクとした不快感を与える。深層と表層が大きく乖離した人間などそうそう出会えるものではないのだ。


「それよりも知りたいのは他の乗客の事だ。どうして彼らを使った? 彼らはお前とはなんの関係もない人たちだ。日常に嫌な人がいて困ってるんです、なんて人間を逐次チェックしてるヒーロー気取りか?」


 マリナはまだこの事件でわからなかった、犯罪王の”協力者”となった他の乗客のそもそものきっかけを、降りるまでに聞いておきたかった。


「そっちから話すか? 最近ゴタゴタがあった人間から適当に選んだだけだよ。いくつか手紙や俺の代理人を通してやり取りをして、殺害の動機を持つに十分って人を探してな。その中でも普通の法制度じゃさばけないタイプの人間を選んだんだ。謎の殺人鬼クインのキャラ付けはまさにダークヒーローだったからな。死んで悲しむのが親だけって人物はこの列車のテーマにぴったりな被害者だ」


「テーマ……」


「うん、それが君に与える最後のヒントだった。この列車は全て復讐で成っているってね。そして俺の猿芝居ってのはまるで俺が君に恨みでもあるかのように振る舞う事だったんだよ。いやいや、この列車を作ってる当初は実際少しはあったんだがね、いくつも計画を潰されて部下もしょっぴかれて殺すはめにもなってしまったし。でももうそこは新しい楽しみに上書きされてしまったから、君を騙せるほどの嘘なんてつけなかったろうなぁ」


 セイが言う楽しみというのはつまり、マリナがマナシだと知って彼女を試したりその技術を見たりする楽しみが出来たということである。そうなると「計画を妨害され部下を捕らえられたり殺すはめになったりした恨み」よりも「マリナを観察する楽しみ」が勝ってしまいよほどの猿芝居になるだろうという話だ。


「復讐か。……くじの当たりを引いたものが全て復讐される側に立っているということに気づけば、お前が何者なのかというピースを探しただろうね」


 マリナ途中で被害者の共通点に気づきかけていたのだ。”くじを引いた”と言った人物が尽く被害者となっていること。マリナが事件の全容に気づけなければ自分もまた被害者になっていた。


「そう! 気づいてくれたか! でも面白いのは、君も俺に対して同様に復讐の感情を持っていることで、君が殺されることはまぁ、この列車のカラクリに気づけばだけど、無かったんだよ。クインが犯人で通そうとした場合や犯人を見つけられなかった場合、それか俺が楽しめなかった場合、というか今後楽しめそうに無いと感じた場合は君も被害者だったけどな」


 セイは施しを与えてそれを喜ぶ子供の頭を撫でるような優越感でそう言った。マリナは不快感を殺しながら聞く。


「私を殺す場合の復讐の理由は?」


「嘘つきって理由で考えていたよ。読心が技術であることはわかっていたし、でっち上げの理由だとしても人心を惑わせるマナシとすれば世間は君に大した同情は抱かなかったことだろうからな」


「……」


 そういう世の中なのだ。「マナシなら仕方ないのかもしれないね」と、誰にでも優しい人が平然と言ってしまうような風潮まである世の中で、だからこそマリナはセイの話す異世界を信じたかった。


「安心しろ、せっかくのトモダチを売ったりしないからさ。ここにいる乗客らだって君がマナシだと公表することは出来ない、なんせ自分らの命がかかっているからね。誰も公表なんてしないし、俺がさせないよ」


 その会話を最後にマリナは部屋に戻り、荷物を纏めて下車の時間を待った。

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