2:セイ
最近はつまらない事件ばかりで、マリナの脳細胞は持て余している状態にあった。呼ばれても昂ぶって解決したい事件などありゃしない、凡庸な愛憎殺人や視野の狭まった強盗などばかりだ。
そんな事件とはいえ、何故この小さな女の子が事件現場におり、その上憲衛という治安維持組織を使うような事をしているのかと言えば、それは彼女が(恐らく)世界で唯一の「読心魔法」の使い手だからである。
彼女は少し会話をしたり、話していたりするところを見た相手から情報を読み取り、その魔法によって嘘や本音を見抜く魔法を持っている。それは誰を相手にしてもほぼ例外なく発揮され、憲衛に所属している人間も「こんな子供に頼るな」なんて言う度にマリナはその場で魔法を披露し、信頼というか畏怖のような気持ちを勝ち取った上で”読心の魔法使い”としてコンサルタント的に事件現場での自由が許されている。尤も、それに協力的な憲衛少佐の力添えがあってのことではあるのだが。
だがその協力も、マリナには打算あってのものである。彼女は憲衛の事件を担当することで”とある宿敵”に近づくきっかけを探しているのだ。最近はどこかに潜んでいるのか何か大きな計画を準備しているのか、ここしばらくその宿敵は静かなもので、マリナも若干張り合いの無さを感じている。
だから、というわけではないのだが、ぼんやり流れる雲を見ている内に気が緩んで、近づいてきた人物に注意された。
「こら、スカートだぞ」
白くて細い脚をぶらぶらさせているマリナに気づき、少佐が早足でやってくるとそう注意するなり自身もお菓子を一つ手にとって口に運んでいる。
「終わったの? モリス」
マリナは起き上がって尋ねた。少佐ことモリスはうむ、と頷き、馬車の運転席の方に座るといつものように半身を傾けてマリナにタクシー運転手のように聞く。初老のモリスがピンとした姿勢で手綱を握る姿は絵になるというものだ。
「どうする? もう帰るか? どこか寄るところはあるか?」
その言葉に対してマリナは気だるそうにゲコゲコ鳴くと、モリスはマリナが一人で暮らしている家に向けて馬車を走らせた。
途中の道、ちょうど商店街を抜けてマリナのマンションと一直線をつなぐ通りで大声で馬車に手を振る青年がいた。
「おーい! マリナー!」
ぼやーっと馬車が受け止める風を肌で感じていたマリナにかけられた爽やかな男の声にモリスが気づき馬車のスピードをゆっくりと停車に向けた。
「あれは……異世界青年か」
モリスは既に彼を知っており、そんな風に端的で的確な説明をした。それを承知のマリナはあからさまに「めんどくさいな」という感情が表れた表情を作って小さなため息をついた。
「私あいつ苦手」
「まぁそう言うな。ここでじゃお前しか頼る相手もいないんだろう」
二週間ほど前にマリナを頼って現れたその青年の名前はセイイチ・オカヤスと言った。マリナたちにしてみれば特殊で呼びにくい名前で、単純にセイと呼ばれている。セイは走って馬車に追いつくと、マリナにチケットのようなものを「見てこれ!」と手渡して軽い息切れを整えながら説明を始めた。十七歳のマリナからすれば年上だろうその青年の言動はマリナよりもずっと子供っぽくある。
「これ、そこの商店街のくじ引き! さっき買い物したら三枚ももらったんだ! 一緒に引きに行こうぜ! なぁ! よかったら少佐さんも!」
彼は魔法なんて無い世界から来たなどとマリナに説明したのだが、あまりにも突拍子のない話であるためその話にどれほど真実味があろうともマリナはそれを信じてはいなかった。そんなセイだが、モリスの紹介で住み込みのバイトをして食いつないでいる。
「くじ引きぃ~? ……私くじ運無い。セイが引けばいいじゃん」
マリナは面倒くさそうにそう言うとプイッとくじ引き券から目を逸らした。だがセイは引き下がらない。セイは初めからカラッとした明るい雰囲気を持っており、モリスはもちろん、苦手と言ったマリナも彼に対して嫌いという感情は抱いていない。ただ単純にうるさくて苦手なのだ。
「俺だってくじ運無いよ! なぁ~、いいじゃん! 近くなんだからさ~! 三等でお米、あ、五等でお菓子の詰め合わせがもらえるんだって! 行こうぜ!」
モリスはマリナとセイのやり取りを手綱を置いて微笑み半分で見ている。マリナは大層めんどくさそうではあったが、お菓子というワードに反応して商店街の方を見ると「どこでやってるの?」と聞いて、それにセイはすぐそこだと答えているので、どうやら行くらしいと受け取ったモリスは懐中時計を確認して言った。
「マリナ、じゃあ私は署に戻らなくてはならないから、ここでいいか?」
「うん。じゃあまたねモリス。このうるさいのに付き合ってくるよ」
モリスはうむ、と頷いて、手綱を引いて馬車の向きを翻して憲衛士の詰め所に向かっていくのを、セイは「お疲れ様であります!」と敬礼した後に大きく手を振って見送った。




