28:真相
「ぷっ、俺が犯罪王? 君が昨日言っていた? なんでだよ!?」
それまでのやり取りにあったセイの焦りはどこへ行ったのか。極めて楽しそうに、まるでボケにツッコミを入れるようなテンポでそう言った。マリナは先程から同じ、冷静で凛とした声で喋っている。
「なぁセイ。私はよく想像を膨らませるんだ、例えば火の魔法はどこまでのモノを燃やせるんだろうかとか、どんな火を熾すんだろうかとか、爆発もするのかなとか、電気の魔法は上空まで届かせてあの厚い雲を刺激すれば雷だって落とせるのかなとか、風の魔法を使える人間は風を受け止める布を持ってジャンプすれば船の帆ようにして空中を移動出来るのかなとかって……そうやってたくさんの事を考えるんだよ。私には魔法の限界がわからないから。犯罪王、私の魔法の真実……もう知っているんだろう?」
その言葉の最後に、マリナはセイを犯人としたときと同じような、寂しそうな悲しそうな表情で「読心魔法の真実」を知っているかを尋ねた。するとセイは戯れた態度を控え、表情を抑えると目を細くし、これまでの彼が発したことのないような深く暗い、でもどこか何かを楽しんでいるような、闇の淵にあるような声で言った、
「……なるほど。そこまで曝け出してくれるのなら白状するしかないか。あぁ、もちろんわかってるよマリナ。君はじっと相手の顔を見て、でもその観察眼で全体を俯瞰し、相手が表情のどの筋肉を動かしたか、なんの言葉に対してどの部位をどう動かしたのかを一つも逃さず分析する……呼吸や声音の変調、ピクつく指の動き、奥歯を噛み締めたその一瞬でさえ、君が見れば相手の考えを見破る。そうだ、君の読心とやらは魔法じゃない。ただの技術だ。臆病者が得た情報をかき集め、そこから生まれた精神行動分析を使っただけのただの技術。その粋は見事だと言わざるを得ないがね」
セイは声音を変え、まるで観劇を終えてそれを評価する立場にあるかのように、それはそれは嬉しそうに言うと、クインは再び瞳孔を開き、首を上げて鳥肌を立てながら深い呼吸をし、その顔は歪んだ笑みを作る。それからクトリクを除いた乗客らはセイが黒幕だと知ったのはこれが初めてだったようで、怯えたように背筋を丸めたり、膝においている握りこぶしを強めて自分の近くに寄せたりと、それぞれ恐怖を禁じ得なかったようだ。
ただクトリクだけは動揺が少ない。隠し部屋で「犯人の見当がついているのではないか」というマリナの質問に「違う」と口では言ったものの、否定の言葉数と表現が弱く、嘘を吐いているとマリナが考えた通りで、彼には見当がついていたようだ。
「臆病者じゃない……! 勇敢な人だった!」
マリナは再びストレンジャーを高く構え、セイの額に照準を合わせてそう叫ぶ。そう、ストレンジャーだ。もしもセイが本当に異世界人であれば、拳銃に恐れるのはもちろんだが、この丸いキーホルダーのようにも見えるストレンジャーという銃を、果たして銃と認識するだろうか。セイはこれを取り出されたときから、これが何なのか知っていた。
「あぁそうか、君にそれを伝授したのは君のご両親だったね。申し訳ない。しかし技術を魔法と偽るとは恐れ入る。それでマリナ、一体いつからだ? 気づいたのは。最初の方は騙せてたんだろう?」
セイは一つも申し訳ないと思っていないようだった。それよりもマリナと話したいようで、銃口を向けられてもまるでそれが日常に組み込まれている出来事であるかのように涼しく話題を変えている。
「列車に乗るまでは……信じたいと思ってた。異世界が……魔法が無くても不自由なく生きていける世界があるって。私では行くことが出来ない世界だとしてもそういう世界があるって信じたかった。でもお前は”思い出す”ではなく”考えて”から話す……それを私は見ないふりをして。物語か何かを題材に”異世界”を語っていることは最初からわかっていた……はずだったのに」
マリナには態度からも言葉からも後悔が滲んでいる。
「セイのする異世界の話は……頭では否定していた。なのに聞いているうちその世界は本当にあるんじゃないかって、心が考え始めてしまっていた。だからお前の最初の嘘も忘れて……読心が呆れるっ……」
マリナの抱える後悔は自分への怒りに代わり、きゅっと拳を握りしめた。
「……それでもこうやって俺を炙り出した。どうして俺が犯人だとわかったのか教えてくれるか? マリナ」
それからはやや懺悔のように語る。
「最初はただの閃き。アラツの殺害について、私とクインとスンは不可能だ。そしてその不可能の枠に、私は無意識のうちにお前を入れていることに気づいた。すべての事件の容疑者からお前を除外して考えていたんだ。セイという人物は彼らと関わり合いになれるわけがない、異世界人だから何も出来るわけないって……なんて馬鹿だ……そんな世界、ただの夢物語で存在するわけないのにっ……、あとはピースをはめていくだけ。前に起きた事件の犯人である可能性の高い者と、お前が結びつく可能性。クインの態度を見れば、ただの好意ではなく崇拝に近い念があったことがわかる。後はその考えが正しいのか確かめるためにお前を試すだけだった」
「それで見事試されたわけだ。推理をしろと。魔法について、ね」
そう言ったセイの様子は、単純にゲームで一杯食わされてしまった事に対して相手を称賛するような態度である。だがマリナは悔しさをにじませながら、夢の終わりを悟って切なさにも似た感情を渦巻かせていた。
「そういうことだよセイ。お前は魔法についての知識をただ”知らないふりをする”だけだったんだ。だから知らない、わからないとしか言えない、考えたところで凡庸な意見しか湧いてこない」
セイは拍手でも送るような穏やかな表情でマリナを見て口を尖らせ、自分も良い手を打ててただろうと言いたげにこんな事を言う。
「しかし悔しいなぁ。多少なり好意を持たれてもいいと思っていたんだが。こんな風に試されるとはね」
自分がもっと好かれていればきっと目を瞑ってくれた、という発言である。しかしマリナにとって両親の仇である人物にそう言われ、マリナはピクりと怒りの表情を浮かべながらも冷静に言った。本当に好きになれたらどんなに良かったか。
「反吐が出る。でもそうだな、もしもお前が本当に、列車に乗るまでの発言が嘘じゃなかったならって……思ってるよ……」
マリナはここでふと俯いて弱々しく、そう言ってしまった後悔も自覚しながら少し口をギュッと閉じる。これは彼女にとって本当の気持ちである。その理由は単に男に惚れた女の気持というわけではなく、マリナにとってはセイのする話は盲目的に信じてしまえる宗教のような心地良さを覚えるものであったのだ。そしてセイはそれをわかって安い同情の念を向けた。
「そうだろうね、魔法を持たないセイという男の存在は君には特に心強くもあったろう。何人もの人間を見てきた俺でも、ここまで境遇良く生きているのは初めて見るよ、マナシの少女は」
この世界では全ての人間が大なり小なり何かの魔法を使える。その中で微塵の魔法も使えない人間がいるとすればそれは果たして人間たりえるのか。
他人から憐れまれ、無能の烙印を押され、正当な評価を得ることも出来ず、理由のない暴力や理不尽な目に遭わされるのがマナシという存在である。魔力を持たないためマナの流れを体内に留めることが出来ず、魔法を使われようとも魔掌紋すら残らないからどんな魔法でも痕跡が残らずに使われてしまう。
突然火の魔法で顔を炙られようと、それは単なる「自然発火」であって、誰かに魔法を使われたことにならないのがマナシなのだ。奴隷としての価値でも見出されれば、もしかしたらマナシとしては上等な人生なのかもしれない。
「そう、私は魔力を持っていない。ただ両親の残した資料から得た技術で人の裏が見えるだけの……マナシ」
だからセイの言う”魔法の無い世界”はマリナにとって楽園に思えた。それが本当にある場所だと、心のどこかで信じたいと思ってしまったことで疑う気持ちを深層心理の奥の方へ押し込んでいた。
「それがわかった時、俺は感動すら覚えたよ。マナシにここまで俺の計画を潰されるものなのかと。君に多大な興味を惹かれた。何度も言うが本当に見事だよ。俺もまさか思わなかった、誰もが魔法だと思えるほどに技術を昇華させるとは。無属性魔法だと言えば確かに誰でも信じるだろうな」
セイがマリナに接触した理由はその言葉の通り。これまで長い間順調だった犯罪計画が、ある憲衛署にだけ潰されていく。モリス少佐の所属するチームは特別優秀というわけではないのに何故かほとんどの計画が通らない。その理由を追っていき、辿り着いたのが”読心の魔法を使う探偵少女”の存在だったのだ。
マリナはその場にいる全員を敬うようでありながら、しかし自分が彼ら以下の存在であるという事を自覚しているかのような暗い口調で言った。
「……だからわかるんだ、魔法に憧れるってことがどういうことなのか。手から火が出て、大気から水を作り出せるんだぞ。それ以外に何が出来るんだろうって……魔法を使えない人はね、普通ならたくさん考えるんだよ、私がそうであるように」
両親は愛してくれたが、マナシであることを隠すためにまともに学校にもいけず、人間を遠くから眺めるだけであることがほとんどだったマリナ。遠目で魔法を見る度に目を輝かせ、でも憧れたらマナシだとバレてしまうことから人と距離を置く。
読心の概念を得た今であれば自分が他人からどう見られているかをわかるようになり、なお人との接触を避ける。そうして一人でモノを考える時間が増えると、やっぱり魔法は羨ましいなと思考を遊ばせてしまうものなのだ。
「それは確かに俺の落ち度だな、俺にはマナシの気持ちなどこれから殺そうという相手よりも理解できない。しかし俺はそれなりに無能を演じていたつもりなんだが、セイイチという人物がそれ(魔法の事)を考えるほどの感性に富んでいるとも思えたのかな? ただ想像力に乏しいのみとは思わなかったのか?」
「あぁ。女性好きで他人に対しての積極性があって、私の助手になりたいという言葉と上辺の正義感、それから稀に見せる想像力に推理中の感性が比例しない。私の的はずれな推理とは別の解釈を聞かれた時もお前は『わからない』とすぐに答えたから考えるつもりが無いということ。魔法の知識云々以前に、まず『セイという人物が』事件を解決するつもりが無いことは明白だ。魔法についての知識も水魔法はすぐに出てきたな。あれは魔法の世界に適応した人間ならすぐに出てくる『常識の範疇』での魔法の行使だからだ。でも風魔法については考えなかった。アラツの殺害に最も動機を持つスンがどう風魔法を使おうとあの位置関係での殺害は不可能であることを知っていたから」
「……はぁ。うん、なるほど。でもどうして俺がマリナの言う犯罪王だと? 言っていたじゃないか、今までその人物が姿を見せたことはないんだろう?」
セイは「俺はただの殺人鬼かもしれないぞ?」と笑いながら言っているが、マリナは動じること無く答える。
「こんな列車を用意できるんだ。とんでもないコネクションを持っていなきゃ出来ない。それにセイという人物が私の街に現れたこの一ヶ月半、凶悪犯罪の件数が明らかに減ったからな。意図的に減らしていたのか? 私が気付くように」
その言葉には嬉しそうに手を叩いた。そうやって自分の事件と他の事件を区別した上”凶悪犯罪”などと呼んでくれた事が嬉しかったセイはニコニコとした表情で言った。
「ははぁ……いや、よかった。あまり面白みがないならコバエのように鬱陶しいのも迷惑だしな、生かすか殺すかを決めるために実際に見に来たのだが……どうやら次の楽しみが増えたようだ」
かかと笑い、心から楽しそうに言うセイに対し、マリナはこれまでの口調には比較にならないほど冷たい声でこう言った。
「次なんて無いぞ、お前はここで終わる」
マリナは今、初めて心から人を殺そうと考えており、その決意が口調に表れている。握りしめたストレンジャーの狙いをつけてトリガーに指を完全にかけた。この日のために射撃訓練もしてきている。あとは握り絞るだけでセイの目か耳か、少なくてもどこかしらが吹き飛ぶことになるだろう。銃弾が届けば脳まで潰す。だがやはりセイは全く態度を変えなかった。
「それは困るな、せっかくお互いに新しい友を見つけたというのに。もっと楽しもうじゃないか、君も実際、俺が活動を減らしたことで退屈を感じていただろう? 君のいる地区での計画を尽く潰される事に最初は怒りを感じたが、今では楽しいと思っていてね。こんな少女に解決され、それを簡単に殺して終わらせたんじゃ俺の名も廃る。せっかく犯罪王と呼んでもらえたんだ、その名に恥じないよう、君を徹底的に上回って終止符を打たなければ楽しくない。この列車は読心魔法の下調べを終えた俺が君に贈るプレゼントでもあり、まぁ ほんの挨拶のつもりだったんだよ。俺が楽しむためのアトラクションでもあるけどね」
自分のショーはどうだったかと、両手を広げながらそう言ったセイに、マリナはストレンジャーを突きつけるように、脅すように言葉を返す。
「ふざけて! 私が引き金を引けば全て終わるんだぞ!」
その言葉にセイはふっと鼻で笑い、自分の優位性を主張する。
「おっとマリナ、撃てるかなぁ? 俺は君と同室で寝ていたんだぞ? 君のそのストレンジャーの存在に気づいていないとでも思ったか? 弾は既に抜いてあるよ。それは空砲だ。さて、ここからの計画についてだが……」
セイは自分のポケットを軽く叩きながら言った。その中からは「チャラチャラ」と何か小さな金属が入っているような音をさせている。
だがマリナは構わず引き金を引き絞った。普通なら抜かれた銃弾の立てる音と思ったかもしれないが、マリナの読心技能は既にセイのここでの傾向や行動原理を覚えていた。
そして車内に短身砲独特の「ツパンッ」という短く乾いた音が響き、乗客らは悲鳴を上げながら身を縮こまらせてテーブルの陰に隠れた。
「っとぉ!」
マリナが自分の話に動じずに引き金を引く事を察知したセイは片腕に非常に強い電気の魔法を留め、それを放たれた銃弾の射線に展開し間一髪で右目に向かって飛んできた銃弾を弾き、セイの右腕の肉を削ぎながら後方に着弾した。
「ぐあああああ! アブねぇ、今の嘘も見抜いたか!」
セイは負傷した片腕を押さえながら楽しそうに言う。マリナは表情を変えずに次弾を装填しながらこう言った。
「私がストレンジャーをお前に向けた時の反応で、私がこれを持っていると知らなかったのはわかった。でも今の嘘も上手かったよ」
とはいえセイの嘘が見抜けにくい以上、弾を抜かれていようがいまいが結局引き金を引く選択肢以外を取る必要はなかった。