27:魔法と嘘
「まずクインが自室の電話でアラツを呼び出した。それから彼が来た頃にセイはトイレに立つ。でもあの車両はトイレが廊下を挟んでるからな。扉のガラス窓は霞のように奥側がよく見えないように装飾されてる。お前がトイレに立ったのか、展望車に出たかは私達のいた方からじゃわからないんだ」
マリナはまた「わからないけどお前が犯人だ」という話をしているのだ。先程のクイン犯人説と同じで、セイは肩の力を抜いて脱力した状態で尋ねる。
「……そんなことで、俺が殺したことになるのか……?」
セイの気持ちはマリナにはよくわかっているだろうに、マリナは更に断罪するように続けている。
「そうだ。多分展望車の奥、運転席を覗き込ませてそこにナイフを入れて後ろから一裂き。返り血は浴びないように殺して、手につくような血もトイレットペーパーか何かを腕に巻いておいて対処したんじゃないか。多分後方スタッフ室のトイレを調べればどこかから何かが出ると思う、凶器もきっとスタッフ室のどこかにある。それからトイレを流して戻るお前はしれっと私達を上に送る。私がお前の表情を読む事を計算に入れてな。あの時死に際のアラツが指差したのは私の奥の車両じゃなくて、本当に私だったんだ。……アラツはセイに何か言われて展望車から運転席を見下ろし、その状態でセイに首を切られて、だからセイが犯人だと知っていた。私も共犯だと思ったのか、それとも私に警告を出したかったのか、とにかく私を指し示したのはその場にいなかったセイの代わりだったんだろう。基本的にペア旅行のツアーだったからな」
「……トイレに立っただけで犯人扱いなのか……?」
冤罪にも拘らず有罪を言い渡され絶望した、という表情でマリナに問いかけるセイ。
「だって他に殺害犯がいないんだ。この列車で、クイン以外に”殺人”を犯したものはいないんだよ。最後の事件だけはクインは何もしていなかったが、彼女から繋がって犯行が可能だった人物はセイしかいない。それはもう私の魔法が証明している……そう、魔法だ。魔法という存在がお前を暴き出した」
マリナの言った魔法について、そこにいたほぼ全員がマリナの「読心魔法」のことだと思ったろうが、マリナからしてみれば違う。”魔法がある”という概念そのものが、この事件のカギとなっていたのだ。
「証明って、そんなのまるで妄想だろ!? 俺は魔法を使えないって言ってるじゃないか! 魔法に一番関わりが無いのが俺だろう!?」
セイの主張は尤もである。だがマリナはそもそもセイの主張する”魔法の有無”について信じておらず、既にそれを見抜いているぞという口調で返した。
「そうかな。さっきも言ったが、ならどうして魔法を夢想しないんだ? お前は異世界から来たと言っておきながら、既に”この世界の魔法の常識”を持っているんだよ。人の持つ魔法の限界を知った上で話をしているんだ」
マリナはセイに「魔法」という知識があったことについて言及する。だが魔法という言葉は、どこにでも溢れているもので、セイも異世界の話を持ち出して反論出来る。
「いや、魔法って概念は俺の元の世界にもあったんだって! 小説や物語の世界に、ライトノベルって言って、魔法を持つ人間同士が戦う世界を描いた物語もある。だからっ……」
だから魔法について知っているのは当たり前なのだとセイは言いたかった。それはそうだろう、超自然的な”魔法”であれば、現実でも異世界でも、そのまた異世界でもその言葉一つで統一出来るのだ。世界によっては”奇跡”や”術”などと言い方を変えようとも、パソコンとロボットと携帯電話が全て全く違うモノであるにも拘らず全て”機械”であることと同じように統一出来る。その意味でたとえ魔法の無い世界にいようと魔法を知っていたのだ。
だがマリナは、その意図を理解した上で更に反論する。
「この世界にも機械科学文明が発達した物語はあるが、古文明のロボットという機械が発達して人間と共存している物語、人間がリアルタイムの映像を送って会話が出来る機械のある物語、帽子型の機械をかぶれば別の世界に没入出来てしまうという物語……物語によって常識というのは全く水準が違うのが当たり前だ。でもお前の知識はこの世界に適応しすぎているんだよ」
最初にセイに出会った時、ここで暮らしていくための心得を聞かれ、そんな事は知っているだろうにと内心考えたマリナだが、セイの演技に乗っかって教えたのは「他人の魔法に関わらない事」である。魔法を知ろうとするのは魔法を日常として捉えているものには妙な事であると教えた。だからセイは異世界から来たと宣い、今日に至るまでの一ヶ月半程度の日々でこの世界の魔法のルールを熟知しているわけがない、”最初からこの世界で生まれていなければ”。
例えば人間社会の中に異星人が紛れ込んだとする。生きるために人間は呼吸をし、異星人は呼吸の代わりに光合成をするとした場合の話だ。
人間は当たり前に呼吸をするが、取り込んだ酸素がどうなっているか、一度の呼吸でどれくらいの酸素を取り込むかなどを他人に細かく聞いて回る人間がいるだろうか。この世界で魔法の行使はその呼吸に近いものなのだ。
その中に魔法が使えない者、つまり呼吸をせずに太陽光から栄養を得る異星人が入り込み、なおかつ人間の中に紛れ込まなければならない場合、既にいる人間に呼吸の仕方を聞いて回ったらどうなるだろうか。「あなたの吸った酸素はどうやって循環しているの?」「あなたは腹式呼吸というものをしているの? それはエラ呼吸とは違うもの?」「何故二酸化炭素を出すの?」……そんな事をいちいち聞いていたら、きっと変人扱いされるだろう。
魔法について人に聞いて回るというのもこれに似たようなモノで、「あなたの使う魔法って使う時どんな感じなの?」なんて質問は「あなたのしている肺呼吸は吸う時どんな感じなの?」と聞いているようなものなのだ。普通は自分でわかることで、わからないのは呼吸が出来ない人だけである。だからマリナは異世界人という”設定”を通すのなら「魔法に関わらない事」をアドバイスした。
「わからない、何を言っているんだマリナ!」
だがセイにはそれが、つまり”呼吸方法を知らない異星人の要素”がなかったと、マリナは指摘したのだ。
「つまりだ。……魔法を本当に知らない者が考えればアラツを殺し得た魔法があったのではないか、と考えるはずだという事だよ。彼の真下には殺害の動機を持ったスンがいたんだ、風属性の魔法を使う魔法使いが。例えばこう思わなかったか? スンが運転席に入り、見下ろしているアラツに向かって風の魔法で首を切り裂いた、とか」
呼吸の話に例えるなら「ずっと息を吸い続ければ、その後ずっと息を止めていられるんじゃないの?」という話である。呼吸をする人間にはそれが無理な事だとわかるが、もともと呼吸をしない異星人にはそれがわからない。これを魔法に置き直せば、つまり「魔力次第でどんな強い魔法を使えるのか」という想定があったかなかったかという話だ。
「いや……えっ?」
セイはそのマリナの指摘を、理解することが出来なかった。
「かまいたちだよ。知らないか?」
「聞いたことはあるけど……」
「そう、真空の刃みたいに説明されるかまいたち、昔の風魔法使いがモンスター討伐に使っていたとかで文献には残っているな。……そんな魔法があれば、アラツの殺害は容易だと思わないか?」
風の魔法が何かを切り刻むというのは物語上における”攻撃魔法”の中で極めて一般的ではないだろうか。だがそれは実際にこの世界で魔法が使える者にとっては途方もない事なのだ。時速二十キロで五十メートル走れる事と、時速三十五キロで百メートル走れることを同列に並べるのと同じで、その幅については実際に走るものにしかわからない。
「……まぁ……」
セイは言語のように動かしていた手を止め、マリナが何を言うのかを聞いている。
「お前はそれを考えなかった。なんだったらもっとおかしなことを発言するべきだったんだよ、例えば”時間を止める魔法使いがいる”とか”透明人間になれる魔法使いが紛れ込んでいるのかも”とかな。でも初めからそんな魔法が普通じゃ不可能であることを知っていた。距離、壁、魔法精度、強さ、常人には乗り越えられない魔法行使の高い壁を、お前は知っていたからその考えに至らなかったんだ。私の助手になりたいと言う割に、考える幅は”この世界に初めからいた人間”の領域を出ないし”もしかしたらこんな魔法があるのかも”って想像をしなかった、いや、そもそもそんな発想を持っていなかったはずだ。それはつまりお前が魔法を使える側の人間であるから。違う?」
「……魔法……」
セイは噛みしめるようにその単語を発した。初めから普通の呼吸が出来る者に、その呼吸方法を知ろうという発想が生まれない事と同じ。
「そして、当てはめれば一つ。この列車に電気の魔法使いだけが足りていない。電気魔法使いのカンラが自分に電気魔法を使う理由はない。そしてもう一人の電気魔法使いであるブロウドが言った”列車に乗ってから魔法を使ってない”という言葉は真実だ。じゃあカンラに電気魔法を使ったのは? ……残っている人物で魔法属性が不明なのはお前だけ。だからセイは電気魔法使い……そうなんだろう?」
マリナが見つめるセイの後ろの方で座っている乗客の何人かの視線が動いたのを、マリナは見逃さなかった。これらの推理に入る前にセイがマリナにしようとしたかもしれない”何か”……その時にその数人はきっと、電気魔法の閃光を見ていたのだ。
そしてマリナは心の奥で寂しさを覚えながらもセイの反論を聞く前に結論に進める。
「なぁ、お前が私に接触してきた理由はそれなんだろう? 魔法だ。私の読心魔法を知りたくて接触してきた。見たいものは見れたか? セイイチ・オカヤス。……いや、こう呼んだほうが嬉しいかな、犯罪王」
セイがその言葉に、口角をつり上げた。