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25:魔法と嘘

それに対してマリナは頷いて自信を持って答えた。


「呼び出した方法は簡単だよ、クインの部屋にはラウンジ車に直通の電話があるんだから、それで呼び出せばいい。セイの手当のために救急キットを部屋から持ってきたり置いてきたりしていたから、その時なら電話をかけられる。そうだろう三人さん、あの時に電話があったな?」


 三人、アスルとキワとクトリクは視線を交えどう答えるべきかと戸惑っているというところでもうマリナは電話があったという真実を見抜いている。これは完璧に真実であり、セイも納得した。


「なんと言って呼んだのかはわからないけど、アラツはとにかく来た。そして展望車の後ろでその首を何か鋭利なモノでなぞられたんだ。だがそこだけはわからない。この列車に何か仕掛けがあったのかもしれない。あの時展望車の最後尾、後ろの運転席を見下ろせる位置にはアラツのものらしき指紋がべたっと付いていたからね。車両に手がつけられたときに何かが発動するような仕掛けを用意することだって、この列車のスタッフでこの最後尾の車両を独占しているクインになら可能だと思うし」


 マリナはそう言いながら、語尾に「多分」と付きそうな弱い口調でそう言った。それに対しやはりセイはため息をつく寸前の心境で皮肉っぽくこう聞いた。


「可能だと思うって……なんだよそれ……展望車の床から突然刃物が発射される仕組みがあったとでも言うのか? それなら凶器が現場に残ると思うんだけど」


 セイの指摘に対し、マリナはツンとした態度を見せる。


「じゃあセイ、他に何か方法があると思う?」


「……方法か……いや……でも、もっと説明の行く犯行方法があると思うんだ……」


 こんな解決の仕方があってたまるか、そう言いたげにセイは推理の続行を促しているのだが、マリナは既に解決ムードであるらしい、セイの意見を半分程度にしか取り合わず、逆に何故そんな事を言うのか問い返すのだ。


「どうしてそう思うの? これだけの状況証拠があればクインは逮捕出来る。二人の殺害を立証できればもう解決だ。それに憲衛が何か見つけるはずだしね。……でもセイが何か思いつくんだったら、一緒に考えても良いよ。でも犯人はクイン。そこに異論は無いだろう?」


「俺も他の考えを思いつかないけどさ……」


 セイは残念そうに言った。クインは下に向けた顔を少し逸らして反応を見せるが、その動きが何を意味するのか、読心の魔法を持たないセイにはわからなかった。


「じゃあこれで解決だね。クイン、あなたを逮捕するよ。と言っても、ここではまだ軟禁になるか」


 マリナは頷くとゆっくりとクインに近づき、その腕を取って逮捕しようと進み出る。マリナとクインの体格差があればクインは簡単に逃げおおせてしまう可能性もあるだろう。だがマリナはよっぽど自信があるのか、ポケットに入っているストレンジャーに手をかけることすらせずにクインに近づいている。まるでクインが抵抗しないことをわかっているようだ。それはきっと彼女の持つ「読心の魔法」によって確信を持てることなのだろう。


 そうしてクインに近づく途中で、マリナの背後で小さく「ブッ」とか「ジッ」という、極小さく弾けるような異音がした。マリナにはその音は列車の進む音にかき消されてほとんど聞こえていなかったが、まるでそれに呼び止められたかのように立ち止まり、こう言った。


「終わりかな?」


 状況をよくわからない気持ちで見ていた乗客、マリナの少し後ろに立つセイ、それから俯いていたクイン、全員がマリナを見た。今なんと言ったのだろうかと、全員がその言葉に飲み込まれるような気持ちを味わっている。”終わり”というのは何を係って出てきた言葉であるのか。


 そしてマリナは続けて、全員が見る中でため息を一つ吐いたあと、両手をポケットにしまってから、疲れたように言った。


「セイ、私はね」


 マリナの声はこれまでのへっぽこな推理をしていた時よりも幾分か感情を込めた声だった。そこにあるのは後悔、自分への辟易、消えた理想への哀惜。マリナの中にある複雑な感情を抑え込むような。


「ん?」


 セイの聞き直す声にもマリナは振り向かず、一瞬閉じられる口では下唇を少し歯に当てている。


「魔法に夢を見てたんだ。どうしてだと思う?」


 マリナは笑いかけるようなその問いかけと共に犯人のクインに背を向け、ゆっくりとセイや乗客らの方を向いて続けた。


「さ、さぁ……?」


 明らかに様子が変わったマリナに戸惑いながら会話を続けるセイ。マリナはこの場の誰にも窺い知れない感情の込めた瞳をセイに向け、今一度彼の異世界について尋ねる。


「セイ、君の元の世界に魔法は無かったんだよね? 代わりにたくさんの便利な機械や文化があった」


 ここでの言葉に感情はなく、ただの事実確認が行われる。


「な、なんだよ突然……、魔法なんて無かったよ。火や電気はもちろんあったけど、それはすごく発達した機械が起こしていたもので……」


 今その情報が必要なのだろうか? セイはそんな思いで少し早口に語ろうとすると、マリナは頷いて遮った。


「そうだね、たくさん聞かせてもらったよね、興味深い話だった。私もそういうのを実際に目の当たりにしたらどんな気持ちになるんだろうな」


 マリナは視線を列車の外に向け、魔法の残滓を纏い、軌道に光を残す離光虫という虫が放つきれいな虹色の光を見ながら、微笑みつつそう言った。


「マリナ、さっきから君の言ってることがもう……マジで全然わからないぞ……」


 その言葉にはセイの戸惑いの全てが詰め込まれている。推理をしていたと思ったら、突然異世界の話を始める。この事件に何か関係あると思えない話をして、マリナは一体何を考えているのか。とにかく説明がほしいと訴えかけるのだが、マリナは何も聞かずただセイに問いかけるのみ。


「なぁセイ、君は異世界人なんだろう。魔法に感動したのなら、どうして魔法についてもっと考えない? 使えることを羨ましく思うんだろう? どうしてもっと”自分だったら”とか”もしかしたら”とかを考えないんだ?」


 離光虫は夜天域の周辺のみに生息する。


 この列車はもう間もなく、その夜天域に突入する。


「えっと……?」


 セイには話の意図が見えなかった。魔法についてもっと考えるとは? 魔法は魔法、便利な”ソレ”。例えば現代日本にいる人間が、携帯電話の構造について何か考えるだろうか。携帯電話は携帯電話であり、ソレが使えればいいだけの話であって、構造は関係ないのだ。


「この事件を解くカギは最初から魔法にあった。殺人事件に使われた魔法がどうこうじゃない、この事件の根本的な部分を解明するのに必要なのはただこの世界に魔法があるという事実……それと”嘘”か」


 ただその考えこそ、マリナが指摘したかった話であり、この事件のまさに核心であったのだ。


「惜しかったね、セイ。……この列車における事件全体の真犯人は……お前だよ」


 マリナは真っ直ぐに腕を上げ、ポケットから取り出したストレンジャーの銃口を向けることでセイを指差すのだった。

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