20:調査 クトリク
呼ばれたクトリクが入ってきて一番にマリナがこう聞いた。
「今までに誰かを殺したことはあるか?」
クトリクは「はっ?」と目を細め「そんなこと、あるわけない……!」そう否定しつつ、強かった瞳の視線を揺らし「いや……あると言ったほうが正しいのか……」と答える。
「カンラのことだな。ここのメモに書いてある。波乱な日常を送ってたようだけど、全部本当なの?」
「……あぁ。カンラは本当に……大変な子だった」
マリナの読んでいたメモをセイも確認すると、端的に言えば初日の列車で見せたカンラの行動に凝縮されているのだが、それが暴行事件として処理された案件もあるようだった。
「この列車に乗ったのは、彼女を断ち切るためなんだな?」
その何もかも見透かしているような言葉に、クトリクは少しの間を置いてからこう言い始める。
「……もうボクも限界だった。それに……カンラ、彼女は……見てしまったんだ、医学書で、足の手術についての勉強をしていて……」
普通そんな話が出たなら、むやみに感心してしまいそうなものだ。セイの反応がまさにそうである。
「カンラさんは医者になりたかったって事?」
だがそうではないとクトリクは首を振る。
「違う……きっとボクの足を落とすつもりだったんだ。ボクが彼女だけを頼るように」
「きっとって……じゃあわからないじゃないですか! 本当に医者になりたかっただけかもしれないのにっ」
セイは怒りと、まともに見えていたクトリクが突飛な理由でカンラに何かをしたことに戸惑いながらそう声を上げた。それに対してクトリクはセイがカンラを理解していないことに少しの呆れと優越感をにじませた声で答える。
「わかるんだ……ここに来る前に、彼女の家にボク用のベッドが届いたと言って見せてくれた。病院にあるような、テーブル付きの背が立つやつさ。……それをボクに見せて、笑顔で便利でしょって言うんだ。まるでこれからボクがそこから動けなくなったって安心だって言うように……その怖さは誰にもわからないよ」
クトリクが袖をめくると青く滲んだ荒縄の痕がつけられている。首まで隠す襟の高い服を下げるとそこもなにかの痕があるし、服で隠れている背中にもお腹にも爪をたてられた痕が残っている。
「だったら、何かの方法で別れればよかっただけじゃないですか。突き放すなりなんなりして……」
見かねたセイがそう問うと、クトリクは首を横に振る。
「何度もそう思ったさ! でもボクが離れようとすると彼女は最初に自分を傷つけた。それも嫌だったけど、心を鬼にして更に距離を置こうとして……でもどうしようもなかった! ボクの家族の家に動物の死体が送られたり、仕事の同僚にまで変な事が起きたり……ボクに声をかけただけの女の子が、次の日にボロボロの状態で路地裏で見つかったりして。だから彼女を引き離すには、これしか……」
クトリクは吐き出すようにそう言うと頭を抱え込んで視界を腕で覆うように項垂れた。
「それでも、後悔しているんだね」
マリナは柔らかな声音でクトリクにそう言うと、クトリクも同じように静かな声で言った。
「……最初はとてもいい子だったんだ。ただ誰かに認められなかっただけ……ボクも彼女を助けてあげたいとは思ってた。でも、自分や周囲の人たちを差し出してまで助けられるほどの聖人じゃない……」
その怯えは本物だと、マリナにはハッキリ見えた。セイはまだ「話せばわかってくれたんじゃないのか」と思っているようで、解せないと奥歯を弱く噛んでいる。
そしてもう一つ、マリナは最後にしっとりとした声で彼に尋ねた。
「ところで君は……犯人に見当がついているんじゃないのか?」
その核心をついた質問に、セイもクトリクの目をじっと見つめる。セイに読心魔法は使えないが、それでもその答えを欲した。だがクトリクは「まさか、そんな」と首を横に振りマリナは「そうか……わかった」と残念そうに頷くだけだった。セイもそのマリナの様子を見て結果を察した。
「もう戻っていい。代わりにスンを呼んできてくれるか」
クトリクは黙って立ち上がり、足音無く立ち去った。
「マリナ、俺にはわからない。彼がカンラさんを殺したのか……? でもそんなはずないんだ、彼女の死亡推定時刻には俺とクインさんが一緒に居たんだよ」
「そうだな……でも殺したんだよ。ある意味では」
セイが必死に考えようとも思いつかないこの事件の全貌を、マリナは既に悟っているかのようでいる。
「ある意味で……? 直接ではないという事か……? あ、すべてのグループに殺意を持つものと持たれるものがいるから……?」
セイはうーんと考え込み、次の乗客が来るのを待った。