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19:調査 聖火院


 事件現場を調べているマリナをセイが呼ぶ。「見取り図があったぞ!」……マリナは状況がどう転ぶのか確かめるべく、クインの部屋に入って全員で見取り図を眺めることにした。


 隠し通路などは当然存在し得なかった。ただでさえスペースいっぱいに部屋が配置された列車内であって、前後の車両へ隠し通路で伝う道などある訳がないのだ。


 だがレストラン車の一角に、使われていない空間は存在した。それも入ろうと思えば誰もが入れる場所から繋がった隠し部屋のような倉庫だ。


「クイン氏は知らなかったの?」


 今まで話の持ち上がらなかったその空間についてマリナが聞くとクインは「忘れていました……」と呟いた。一瞬口を絞って奥の頬に力が入っている。つまり嘘であるとマリナは即座に見抜き、今度は自分を疑わなかった。


 実際にレストラン車へ行き、キッチンへの入り口の脇にある戸棚を開いた先にある小さな取っ手を引き出した。


 先にはほんの一畳ほどの広さの空間があり、「俺が行くよ」とセイが頭を入れた。暗くてよく見えないが扉以外の三つの壁面には新聞の切り抜きや書き殴られたメモ帳、写真などが綿密に貼り付けられ、床にはクインが無くなったと言っていたスイーツの箱があり、その周りにカップの残骸がいくつか転がっている。


 壁に取り付けられていた小さな電気のスイッチを押し、その壁面にある紙きれのいくつかの詳細を確認したセイが驚愕したような声をあげた。


「なんだこれ……これ、死んだ人たちの……っ」


 セイが新聞の切り抜きの一枚を破り取ってマリナに渡すと、そこにはまずブロウドの名前があった。


 ―バツバツ月バツ日

 ―マルマル国域マルマルの街にて、強姦罪に問われていたブロウド・フェンサーに無罪が言い渡された。


 マリナが見ているその切り抜きを横から覗き込んだアスルが息を呑んだ音が聞こえる。


「どいてセイ、読ませて」


 マリナはセイをどけて電気で照らし、ひとまず何故こんなものがここにあるのか、という疑問は置いて、そこにあった記事の速読を始めた。


 新聞に書かれた話はこうだ。


 ある日小さなパーティがフェンサー家で行われた。そこに遊びに来ていたクティナという少女がパーティの四日後、自分はブロウドにレイプをされたと訴える。


 だが地元の名士であるフェンサー家を、学校も地域も庇い立てるように新聞は書いている。ブロウドは「合意の上であった」と言い、クティナは何があったか引き下がることになった。そしてそのまま何事もなかったかのようにブロウドは無罪放免となる。


 しかし事件は終わらなかった。クティナは程なくして自殺を試みて失敗してしまった。それについて記事はこうまとめている。「クティナは地元の名士の子供をゆすり、金を巻き上げようとしたが失敗し、自分の嘘を恥じて命を絶とうとした」と。


 つらつらと読み上げたマリナの言葉にキワが小さく声を上げる。


「違う……!」


 噛みしめるようにハッキリとそう言った。マリナは事情を聞くことのを後回しにし、その記事に関連付けるように紐が引っ張られてくっつけられたメモに目をやる。それらはまるで探偵が何かの捜査をしていたかのように断片的ながら綿密な情報が乱雑に張られていた。


『クティナ:自殺未遂』


『友人:キワが発見』


『クティナ:昏睡状態で入院』


『恋人:アスル→殺意→ブロウド』


 マリナが今重点的に見ていたのは聖火院のグループのものだが、この倉庫に張ってあったのは殺された人たちに対する動機だったのだ。


「クインさん、全員をラウンジに下げてもらえるかな。アスルとキワは残って。クインさんは全員の見張りを頼む」


 ざっと壁面を見回したマリナが簡単に指示を出す。壁面に無い名前はマリナ、セイ、クイン、運転手の二人のみ。それ以外の人物からは話を聞かねばならないと、最初に聖火院のグループをその場に留めた。マリナが話し始める前にセイはどうしても聞きたいことがあり、コソコソと耳打ちするように問いかける。


「マリナ、これはハッキリとした動機だけど……じゃあ彼らがブロウドさんを殺害したってことか……?」


 それに対してマリナは「今から調べるんだ」とアスルとキワを見据えて話し始めた。


「教えて欲しい、アスル、キワ。君たちがブロウドを殺したのか?」


 マリナの目が鋭く光る。読心魔法を発動する瞳は、アスルとキワの言葉の真偽を見抜く。


「いや、俺は殺してない」


「私も、殺してません」


 マリナは表情を崩さず、二人の言葉に頷いた。セイはその言葉がどちらなのかわからずマリナの顔を見て「どっちなの?」と問いかけるような表情を作っている。


「では、他の誰かを殺したか」


 二人は同時に答える。


「いいえ、誓ってしていません」「いや、殺してない」


 マリナは人差し指を口元へ一瞬持っていくと、次に「ブロウドとクティナの事を話して欲しい」と持ちかけた。アスルは絞った口で頬をピクリと動かし、そのまま結んでいたが、キワの方が水面に投じられた一滴の水滴が起こす波紋のような声から、つんと話し始めた。


「合意なんてしてなかった……」


 キワは奥歯に力を込めた苦々しい表情で、目を伏せて話す。その視線が少しさまようのは後悔の表れだ。


「あの日のパーティに誘ったのは、私で……アスル……」


 話し始めたキワではあったがまるでアスルに許しを請うように言葉をつかえさせている。


「大丈夫だ」


 言葉尻に込められたアスルのイラつく感情をマリナは見逃さない。


「クティナはアスルと別れた直後で、気分転換に行ってみようって、私が誘ったんだ。ブロウドは院では人気者で……スポーツ選手だからね……クティナはキレイにおしゃれして来た。パーティの中盤だったかな……みんな結構酔っ払ってて……私も。それで私、クティナと合流したんだけど、飲みすぎちゃって気持ち悪くなって先に帰って……クティナもちょっと飲んでた。でもあの子お酒弱いし、誰かついてなきゃいけなかったのに……」


 セイが重苦しく息を吐き出し、「じゃあそのときに?」と尋ねるとキワは頷いた。


「次の日、様子がおかしくて……それで院でブロウド見たときに、彼女泣き出して……話を聞いたら、そうだって……」


 酔って動けないクティナに、ブロウドは無理やり行為を強いたらしい。セイが「でも……」と反論するのは被害者一方だけの言葉を丸呑みにすべきかという点だ。マリナのような嘘を見抜く魔法でもなければ、片方の言葉だけでは真相はわからないだろう。キワもアスルもその場に居なかったのだから。


「……クティナは、聖火院の火守の巫女をしていたんだ……」


 セイの言葉に反論すべくアスルが口を開き、鼻息で深く呼吸をした後にそう言った。マリナはうんと頷くが、セイは「ひもりのみこ?」と聞き返す。


「知らないかい? 火守巫女。聖火院の乙女による神官のような役職で……(いにしえ)の火の管理に携われるんだ。ただ、乙女、つまり……わかるだろう?」


 恋人を作ることは自由だし、キスをしても手を繋いでもいいし、酒も禁止されていない。だが火守の巫女は誓いの日まで純潔を守らなければならない。セイがその説明で内容を察して再び重く沈黙した。


「聖火院の教師で古の火に携わる人たちなら全員知っている。パーティの翌日、泣きながら巫女の役職を降りた彼女の事を。僕よりも先に、きっとクティナに何があったかを知っていた。なのに聖火院は……院に出資もしているフェンサー家の顔を立てることを選んだ。何が聖火院だ……その後キワから教えてもらって、僕もクティナと話した。でも僕は彼女に何もしてあげられないまま……彼女は自分の体に火をつけたんだ」


 歪むアスルの顔に、マリナは同情を芽生えさせながらも次の質問を投げかけた。


「じゃあここへは初めから復讐をするつもりで来たんだな?」


 アスルは目を背けて沈黙する。キワも気まずそうに黙る様子をマリナは肯定として受け取り、特に責めることもなく手をひらひら振って言う。


「いいよ、二人共戻って。駅に着くまでゆっくりしてればいい」


 アスルとキワは目を丸くして、本当に良いのかと聞きたいような表情をセイとマリナに向けるのだが、マリナは「クトリクを呼んで」と、そのまま伝達を頼んで再びメモの壁を見た。


 聖火院の二人が出ていったタイミングでセイは尋ねる。


「彼らは犯人じゃないってこと?」


 マリナは腰を屈めて熱心にメモを読みながら「どうだと思う?」と煽るように言った。

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