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1:魔法探偵少女 マリナ

 ここはとある邸宅。それなりに裕福そうな中流階級の家庭のリビングルームで、数名の人間が詰めている。私服の男、制服を着た男達、コートの男、小さな女の子……和やかなムードではない。


「あなたに殺意があったことは明確だ。それはこの……」


 憲衛士(日本で言うところの警察)の少佐(この場での役柄としては刑事にあたる)が被疑者にそう言いながら、その後方に佇んでいる少女に目配せをした。


 それに対して少女は目をツツと横に逸らしていき、この家の暖炉上にある割れた写真立てが飾られている方をつつくような動作で目配せに応えると、少佐は更にぎこちなく続ける。


「暖炉の……」


 言いかけの少佐の言葉を遮るように少女がブンブンと首を横に振り、口を大きく開けて「しゃ・し・ん」とパクパク動かす。


「……割られた写真が証明している。そうか、そう、そうだ。たくさんの写真の中で無意識に、恨んでいた奥さんの写った写真を割ったのでは無いですか?」


 妻を何者かに奪われた可哀そうな夫。始めはその形でこの事件の捜査は進んでいた。部屋は荒らされ、強盗の形跡がそこかしこに残っていたのだ。


 そして亡くなった奥さんの首には絞殺の痕跡の他に手形のように残った火であぶられたような痕もあった。これは当初「魔法」の痕跡だとされていた。憲衛士はそれについて「火属性魔法使い」による強盗殺人として捜査を進めていた。


 この世界はマナとも呼ばれる魔素に満ちており、人々は大きく分けて四つの(明確に四つではないが)属性魔法を使うことが出来る。生まれた時に使える属性は決まっており、属性は一つしか持てないこともあって土属性使いの夫は捜査の対象からは外れていた。


 ちなみにこの世界に魔法が使えない人間はいない。大なり小なり使うことが出来る。極めて稀に全く魔法を使えない人間がいるが、そういった人物はマナシと呼ばれ、人権によって最低限の権利は保障されているが非常に苦しく厳しい人生を強いられることになり、マナシの六割は二十歳を超えられず、そこから残った八割も三十歳を迎えられないとされている。


 魔法が日常であれば、そこで起こる人間の感情を吐く術としても当然魔法が使われ、その中にある犯罪は稀に複雑多様となるのは是非もない。今回の事件もその手の魔法殺人であり、その捜査に行き詰まった憲衛士少佐が助力を求め、このような血なまぐさい場所にそぐわず佇む少女の名はマリナという。


 彼女は人がめったに持てない”無属性魔法”の中でも殊更特殊な魔法を持っていた。背丈は百五十センチに満たない程度で実年齢十七歳の平均として見てもかなり低めで子供にしか見えない。肩まである黒い髪はやや不揃いに切られており、前髪もくせ毛なのがよく分かるほどあちこちへ跳ねているし、頭の上にぴょっこりと重力に逆らっている髪もある。


 小さな見た目の割にその立ち居振る舞いはどこか尊大で、上着には男性モノをお下がりでもらったようなコートを着て、そのポケットに両手を突っ込んで憲衛士少佐の話に裏で指示を出すようにうなずいたり首を振ったりしていた。そんな事は知らず、被疑者の男は少佐に必死の訴えを起こしている。


「ですが少佐さん、私では妻の首についた火魔法の説明が出来ないでは無いですか! 彼女の首に残っていた手のような形のやけど痕なんて、火属性魔法使いが感情の高ぶりで焦がしたとしかっ……」


 事件は大詰めを迎えている。この件には既にマリナが答えを出していた。


「魔掌紋(魔法を使用されたモノに暫くの間残る印で、個人ごとに形が違うもの)が検出されなかったことで大分苦戦させられましたが……あれはそもそも火の魔法ではなかった……そうではありませんか?」


 マリナは被疑者の喉元が小さく動くのを見る。


「な、どういう……」


 言葉にも表れている通り、被疑者の夫は動揺しているのだ。それは既に誰の目にも明らかで、少佐はここぞと推理を披露した。


「あなたは土属性の魔法使いでしたな。土は燃えない。だが加熱することで何かを焦がすほどの熱さにすることは出来るでしょう。あなたは魔法で腕に土を厚く纏い、その最も外側に熱した土を付着させることで、まるで火属性魔法使いが感情の高ぶりで抑えきれなくなった熱を以て奥さんの首を焦がしたように見せる工作を行った。これならば火の魔法を使えずとも、コンロ一つと土があればこの状況が作れる……違いますかな?」


「そ、そんなわけがない! 私は妻を愛していました! 彼女のために仕事だって必死にやってきたんです! それにそもそも、私がやったという証拠は……」


 夫は目を泳がせながら苦し紛れにそう言い返し、後ろに立っていたマリナは”典型的”と鼻でフンと笑った。だが夫の言う通りであることは間違いなく、憲衛士もマリナもまだその証拠には辿り着いていなかった。犯行に使われたのがただの土だとしたらどこかに撒かれてしまえば終わりだ。だがマリナは家の外には撒かれていないと考えており、賭けにも近い方法でそれを探し出そうとしている。マリナは別の憲衛士に合図を出すと、憲衛士の曹長はそれを実行するために音なく部屋を出ていく。


「そうです、確かに今は見つけていない。ですがもうすぐに……」


 憲衛士少佐は立派に蓄えた口ひげを余裕を以て撫でる演技をした時、外から憲衛犬の吠える声がした。ワン! ……びくつく夫は音の方向に小さく首を向ける。そしてまた別方向からワン! ……別方向から聞こえたことに戸惑う様子を見せ、間髪入れずにまた別方向からワン! ここで夫の顔が『まるで特定のどこかを気にするかのように』動く。マリナが口元を歪めるのは、勝ちを確信したからだ。次のワン! で夫はすぐに憲衛士を見直したがもう遅い。


 マリナは親指で三回目の吠えた声の方向を指し示すと少佐もわかっていたようにうなずいた。


「まだここにあるようですな。ではそちらへ行きましょうか。しかし良いのですかな。我々が証拠を見つける前に真相を話してくれれば自供扱いで刑が軽くなるやもしれませんが」


 夫は片腕を行き場無くピクピク動かし、すぐに「あの女が悪いんだ……」と供述を始めるのだった。


 こうしてマリナの一計で事件は終息に向かい、あとは憲衛だけで解決出来るとなれば少佐の参謀として事件に参加していたマリナは暇を持て余して、馬車の台車上で一人寝っ転がりながら放り出した脚をぶらぶらさせて少佐の荷物から勝手に奪ってきたお菓子を食べつつぽやっと空を眺めている。


「はぁ……退屈」


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