16:次の被害者
「あの、すいません。実はセイさんがその……元彼っていうか、大事だった人に似てて、私はまだ好きなんですけど、彼は出て行っちゃって……それで寂しくて悔しくて……似てる人を見るとつい……」
その言葉がまたマリナを惑わせる。これは本当の事を言っているのだが、どこか部分的な嘘を感じさせる。この列車に乗ってからの魔法の精度が非常に悪いという話に落ち着くのだが。
「いやぁ~照れるなぁ~そうかぁ、クインさんは俺みたいな彼氏がいたのかー……ほほぉ……ということは今はフリーで?」
「そうですね……」
セイに重要なのはその点だったようだ、楽しそうにクインに近づいていった。
「なぁセイ、私はちょっと調べたいところがあるんだが」
この事件の解決に必要なピースを集めるため、マリナは相棒に別の車両に用があると言いたかったのだが、セイはクインから離れない。
「そうか! それでちなみにクインさん、その彼氏さんとはどれくらい?」
マリナは人と人が話している間に割って入っていくことが出来ない。セイはクインと話したかったようなので「ちょっと付いてきて」とは言えず、マリナは二人に聞こえないくらいの小さな声で「ちょっと行ってくるね」と、一人で前方の展望車両へ向かうのだった。
この捜査はむしろ一人のほうが都合が良いというもので、先程一人にならないようにと注意がされたばかりだったがマリナはポケットに手を突っ込んだままてくてく歩いていく。
彼女が見たかったのは運転手らのいる部屋に繋がる扉。鍵穴は壊されてビクとも動かなくなっている扉だが、それは本当に開かないのか。
マリナは実は昨晩ここを訪ねた時の帰り際に自分の髪の毛をカギ付きのノブの辺りの見えにくい溝部分深くに差し込んでいたのだ。この扉のノブというのはカギを回すと通常のノブのような取っ手が出てくるタイプで、通常は展望車へ登る邪魔にならないようにドアの中に収納され、平らになっている。
こちらから中へ入る場合にはカギを回してノブを出っ張らせた状態にするわけだが、その鍵穴が潰されているのでそれは不可能だ。だが運転席側からこちらへ出る場合、反対側からノブを飛び出させる仕組みになっている。
つまりこの扉が開く時にその髪の毛は落ちているはずで、結果を見れば髪の毛は挟まったままになっていた。つまり運転スタッフは絶対こちら側に出てきていないということになる。この髪の毛はセイにも教えておらず、クインにも設置を見られないように細心の注意を払って設置をした。アラツもここをチェックしに来ていたが、よく目を凝らしていないと気づきもしなかっただろう。
マリナは再び髪の毛を元のドア溝に戻してラウンジ車へ戻るのだが、そこには誰もいなくなっていた。マリナは再びポケットに手を入れてレストラン車を覗いて、こちらにも誰もいないことを確認する。
ちなみにだが、マリナのポケットには短身砲「ストレンジャー」が入っている。
その大きさは小さなマリナの手にもちょうど収まるほどしか無く、リングのような形をした拳銃である。装填数は一発、キーホルダーのような形で持ってきている弾は二発。まるでおもちゃのようにも見えるそれだが至近距離での威力はなかなかのモノで、相手の動きを止めるには十分な能力があるためマリナは護身用として愛用していた。だから一人でも問題ないと考えて行動している。
セイは部屋に戻ったのだろうか。マリナは自室へ戻るのだがセイの姿はなかった。ならクインと一緒だなと今度はキッチン経由で後方展望室を目指して移動した。
着いた先、後方展望車。見つけたのは机に突っ込んだまま倒れて動かなくなっているセイと、別の椅子にもたれかかって泣いているクインだった。
「お、おいっ、どうした二人共ッ……」
マリナは真っ先にセイに駆け寄って揺すりながら声をかけると痛みに呻いており、生きていることは確認できた。次にクインの方に寄ると、彼女は頭の片側を両手で押さえて「うぅぅぅ」と涙を流している。
「どうした、何があった?」
クインが念入りに擦っている頭にはたんこぶが出来ているようで赤く腫れが広がっているのが見えた。
「わからないです……いきなりセイさんが後ろから殴られて、私は頭を掴まれて机に思いっきり……」
見ればセイの背後には椅子が打ち捨てられている。
「だ、誰にやられた?!」
「見えなくて……でもさっき、そっちへ出ていったみたい……」
クインが後ろ手に出入り口を示す。だがマリナはここに来るまでに誰ともすれ違わなかった。となるとスイートの部屋のどこかに隠れていたのだろうか。マリナは最も近いスイート車両の扉を順番に叩いて反応を待った。
最初に出てきたアスルはマリナの切羽詰まった様子にキョトンとした表情を浮かべる。マリナは何かを聞くでもなくアスルが何も知らない事を悟る。
次に顔を覗かせたキワは怪訝な表情でマリナに目線を合わせ、一度下に逸らした後でもう一度見た。
「……何か知ってるの?」
マリナはキワから何かを感じ取りそう聞くと、彼女はすぐに「隣からたった今すごい音が聞こえたような気がして……」とブロウドが軟禁されている最奥のスイートを指差しながら言うのだが、その際に目を逸らすことはなかった。
――彼女は嘘をついている。マリナの魔法がキワにかかった。「たった今すごい音が聞こえた」は嘘だ。では何のためにそんな事を言いだしたのか? もしかするとキワがセイたちをぶん殴った犯人で、その犯行をブロウドに被せるつもりなのだろうかと、マリナはブロウドのいる部屋に近づいていく。
キワの口元がキュッとしばられて緊張を示した。
「本当に音がしたんだね?」
マリナの確認にキワは目を逸らさないままで頷いている。
やっと魔法がしっかり効果を上げたとマリナが扉をノックする。多分ブロウドは何も知らないという反応をするだけのはず……そう考えたマリナだが、ブロウドの部屋からは誰かが出てくるような気配がしない。
「おーい! ぶ、ブロウド氏~!」
ドンドンドンと乱暴にノックを重ねるマリナだがやはり部屋の中から何も聞こえない。もちろん列車が走る音にかき消されている可能性はあるが、それでも全く反応がないことに不審感を覚え、思い切って扉のノブに手をかけた。すると開くはずがないその扉が開いたのだ。
「えっ……」
開いた扉の先は大きなガラス窓が歴史の場所である燃える氷の大地を映し出している。だがブロウドの姿はどこにもなかった。セイとクインを殴った犯人の姿なども当然無い。ハッとアスルとキワを見ると不安と緊張を表す二人の姿。この部屋の扉は内側からドアノブの辺りを叩きつけたような痕があった。外側からカギがかかっている以上これで開いたとは思えないが、この痕跡が残るような大きな音の一つくらいはあっただろう。
だからキワは嘘を付いていなかったのだ。
マリナは完全に見抜いたはずの読心が間違っていたことで、みるみる表情を暗くさせてやはり自分の魔法がどこかおかしくなっているのかもしれないと、そう感じざるを得なかった。