12:助手セイと最大の敵について
キッチンのカギを掛けた後で一番奥の後方展望車のスタッフ室まで送り、自室へ戻りがけにラウンジ車で寝る前にトイレを済ませると言ったセイを待つ間にマリナはワイナリーから取り出した赤ワインをあおっているうちにセイが戻った。
「あ、未成年は飲んじゃいけないんだぞ」
その口調は大して悪いものを指摘するようなものではなく、自分もやってきた人間が言うような茶化すような口調だった。
「未成年? 私はもう大人だぞ、十七歳なんだから」
「あーそうか。こっちじゃお酒飲めるんだな。俺のいたトーキョーやサイタマではお酒は二十歳にならないと飲めなかったんだ」
マリナはその異世界の話に「なるほど」と思いながら提案した。彼と出会って一ヶ月、セイからもたらされる異世界の情報には一定の真実味を感じ始めており、マリナも全く信じられなかった異世界の存在を信じ始めるようになっている。
テレビ、携帯電話、アニメ、多数の文化の話。セイには証明は出来なかったが、それでもセイの語る話が嘘であるとはマリナの読心魔法を以てしても否定出来なかったのだ。
「二十歳までお預けなんだ。キリがいいからなのか? で、セイも飲む?」
コクコクと少しずつ喉に辛めのワインを流し入れるマリナは小さな見た目でどこか優雅だった。
「貰うか。ちょっと疲れたし」
セイはワイナリーの中にいたマリナからグラスを受け取り、バーテンよろしく酒を注がれた。グラスを振って、コクンと鼻腔から楽しむように酒を呷るセイに「飲み慣れてるな」とマリナ。
「そりゃ俺も大人だし」
「そういえば年を聞いてなかったけど、セイって何歳なのさ?」
「何歳だと思う?」
少し視線を落としてそう質問で返すセイ。年齢の話はあまりしたくないように見えた。
「二十三か四ってところかな」
見たままと性格に幼稚なところがあることから妥当な線かなとマリナは気遣いなくそう答えるとセイはふっと笑いながら続ける。
「まぁそういうことにしておいてくれ。俺は特に自覚もないまま年だけ食っちゃったってヤツでさ」
楽しそうにではあるが、その表情は「時間が経つのって嫌だね」と語っている。
「それは私もかもな。こう見えても服だって一人じゃ買えないんだ私は」
「はは、なんとなくわかる。マリナは少佐さんがいなかったら部屋で孤独死してそうだよな」
くくくと笑いながら酒を呷るセイに合わせ、マリナはもう少しワインを注ぎ足して飲んでいる。
「しかし……魔法を殺人に使うのは嫌だよな……もちろんわからないでもないよ、俺の元いた世界でも便利な道具がそういうことに使われることはあったから」
「暴力は人間の性みたいなもんなんだろうね。自分を通すために使えるもんは使うでしょ」
マリナは最初の一言をこれまで見てきた事件から悟ったように、そして二言目を実体験のように言った。それをセイは聞き流すでも受け入れるでもなく、グラスの氷がなった音を返事として次の話題に移る。
「そうだ……俺さ、今はこっちの世界でバイトで食いつないでるけど……マリナの相棒になるってのはどうかな? さっきの感じ、結構出来ただろ? マリナはその読心の魔法で事件を解決する糸口を見つけて、それを俺が披露する! マリナは喋るの苦手そうだし、俺はそういうの大丈夫だしさ! 実は昔から結構そういうのに憧れてたんだ! ……どうかな?」
セイは楽しそうに、キラキラした瞳でそう言うのだが、マリナは乗り気ではない。セイが思っているほど楽しくないものだと教えたい気持ちはあるが、その半面でセイがいても悪くはないとは思っている。しかし最も大きな問題はセイが暮らせるほどのお金が出せないという世知辛い話なのだ。
「うーん……それもまぁ……でも私のところじゃ民事はほとんどやらないから……セイ自身がしっかり生活したいなら今の住み込みバイトのほうがずっと安定してると思うよ」
「じゃあ民事もやればいいんだよ! 俺が秘書みたいな事もやって、マリナがパパっと解決してさ! それで探偵事務所を有名にしてたくさんお金を稼いでさ! いつでもここ以上のスイーツ食べ放題になるかもだろ!」
「あぁー、いつでもスイーツ食べ放題は魅力的だな……でも私には優先事項があってね」
マリナはそう言いながら「ふぁ……」と目を擦り、酒が回り始めたのか眠りへの下り坂がどんどん急になっていくのを感じた。
「優先事項って?」
反面、セイの目を冴えていっているようだ。まだまだ話し足りないという感じで尋ねている。
「憲衛に入る事件を優先したいんだ。もしかしたらヤツの事件があるかもしれないから……」
もう酒は飲めないと思ったのだろう、マリナはワインのキャップを閉めると自室の名前が書かれたワインストックに飲みかけのワインを入れて、グラスに残っているワインをクイッと飲み干した。セイもそれに見習って飲み切ると、空けたグラスを流しに置いてワイナリーを出ながら尋ねる。「ヤツって?」……マリナは半分閉じかけた瞳で部屋に戻りながら大雑把に語り始める。
「私が犯罪王と呼んでるのがいてね……私はそいつを私怨で追っている。そいつを殺せるなら殺すのが私の最大の目的なんだ。正直に言えばほかはどうでもいい。だからセイを雇うのは少し難しいかな」
それを話すときだけは、マリナの眠りかけの頭も少し回転数を増した。
「犯罪王……? そりゃまた大げさな……」
自室に入った二人。マリナは眠さの限界でいつものように服を脱いで眠ろうとしたがセイがいるのを思い出してギリギリで手を止めた。セイは列車の車窓から外を見ていて気づいていなかったようだ。話は続いている。
「数々の大物犯罪者がその存在を認めているヤツなんだけどね、そいつは絶対に表舞台に出てこない。だから名前も無いし、存在を信じてない憲衛士も多い。でも私はヤツの手下を何人か挙げている。私の読心魔法があればその存在が確かなものだと確信できるんだ」
「へぇ……本当に凄いなぁ、マリナの魔法は……で、その犯罪王ってどんなヤツなんだ? 何かわかってるのか?」
セイはマリナと出会ってからもう一ヶ月以上の時間が経過しているが、その話を聞いたのは初めてで、このマリナでも捕まえられない悪者というのがどんな人物なのか興味津々で聞いた。
「詳しい話は誰もしなかったからわからないよ。でも実際に見たことあるってやつから聞き出せたのは、底なしの恐ろしさを持つ男らしいって話だけで……人の弱みを徹底的に探し出して利用するし、自分の欲望のためにはどんなことだってやるんだって。それを喋った奴が次の日に憲衛の留置施設で原因不明で死んでな、証拠は何も出ずロクな捜査もされず。ふぁあああ……」
マリナはつまらない思い出の一つを語るかのようにそう言う。
「憲衛の施設で? それってつまり、もしかしたら憲衛にもそいつの仲間がいるかも知れないってことじゃないのか?」
「そうだろうね。でもそんなことは想定内だ。だから私は基本的にモリスとしか仕事をしない。私の存在もしっかり隠してくれるからな」
「そんなヤツと……怖くないのか? どうしてそこまで?」
「追う理由って? 単純だよ……ヤツは私のパパとママの……ふぁあ、喋りすぎちゃった……おやしゅみ……」
ベッドに置かれた抱き人形をむぎゅっと両手で抱きしめ、枕の上に倒れ込んだマリナがそのまま目を瞑って秒読みで睡眠に入ろうとしている。
「そういえばマリナは一人で暮らしてるんだもんな……ちっこいのに」
ゴソゴソと布団をかぶったマリナはもう返事をしてくれなかったが、マリナがそんな相手を追う理由がセイにはもうわかっていた。マリナはなんらかの理由で両親の命がその犯罪王とやらに奪われたのだ。
その復讐のためにたった十七歳という年齢で犯罪と向き合い、その読心魔法を使うことで姿の見えない敵を追っている。セイは無防備に眠るマリナを見てこれまで以上の敬意を胸にした。
「頑張れよ、マリナ……」
マリナは意識の底でセイのそんなつぶやきと、彼が布団に入る音を聞きながら眠りに落ちていった。