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11:釘付け

 キッチンに入った彼らは再びその凄惨な現場を目にし、クトリクは意を決したように前へ出ると一人で彼女の遺体を抱えた。一度仰向けに倒し、腰上と膝のあたりに手を入れて、所謂お姫様抱っこという形でカンラの遺体を一人で持つ。


「一人で大丈夫ですか? クトリクさん。あ、俺ドア開けます。マリナ、こっちは頼むよ」


 セイはクトリクがカンラに他の誰も触ってほしくないと思って一人で彼女を運びたいという事を悟ったのだろう。彼の前に立って進む彼の障害物をどかすのみにとどめるようだ。


「わかった。遺体はお風呂場に安置するのがいいよ」


 クトリクとセイをアドバイスと共に見送ったマリナ。あの細腕では重いだろうに、もたつきながらしっかりとカンラを運んでいる。これでもう、いよいよマリナにもわからなくなってきた。


 ここに犯人はいるのだろうか。なんせクトリクの行動からはカンラへの愛情を確認できるのだ。クトリクは完全に支配される気質を持っていて、自分の意志や行動を表に立てることが苦手なタイプの人間であることは間違いない。


 こういうタイプは自分で事を起こす段階になるとたしかに突飛な行動を取ることがある。でもそこには確かな兆候があるもので、その上に普段はそういう行動を取らない性質からもし犯行に及んでいたのならその後の”余熱”をマリナがわからないはずがなかった。


 だからマリナ自身の中で余計に強くなるのは、この列車に乗ってからなんとなくしっかりと相手の心を読めていないという自分への不満。どうして相手がわからないのか。ブロウドが犯人というのは状況だけで見ればぴったりだが、彼は「犯行について自分はやっていないという真実を言っている」とマリナの魔法は見ている。


 だったら次に最も怪しくなるはずのクトリクは「間違いなくカンラを大事に想っていた」と考えられるし、彼が殺したとも思えなかった。……ならばクインが犯人なのだろうか。そういえば乗車時にもよくわからないことをしていた……そんな事を思いながらキッチンの証拠に目印を付けたり、保存用にいくつかの血のついた器具を袋に入れたりして過ごしていると、背後からクインが声をかけてきた。


「あのぅ、私は何か……」


「ひょえい!」


 そういえばキッチンの入り口で立ちっぱなしだったクイン。マリナが真剣な様子だったので声をかけずに見守っていたのだが、自分も手伝わねばと声を掛けたせいで思いっきり変な声を上げたマリナに「す、すいません」とクインが謝る。


「私は手伝わなくて良いのかなって」


「だ、大丈夫……」


「あの、ところで……」


 クインがずずいっとマリナに近づき、吐息がかかりそうな程の距離に詰めてから言った。


「一緒に入ったセイさんとは……手を繋いだりしましたか?」


 そういえば乗車時にも……マリナは目を見開いて体を後ろに逸らしているが、クインがマリナの手を取って絡めてきた。


「例えばこんな風にとか……ね?」


 キレイで長い指に、まるで食べられるように包まれていきマリナはゴクリとツバを呑む。クインはそれはそれはキレイな女性で近づくだけで良い香りに、どんな気のない人間でも、マリナのようにノーマルもアブノーマルも知識すら無いような人間であってもその”女性的な魔力”に魅入られてしまいそうになる。


「ぬぁ、ありませ……っ」


 マリナは妙な返事で手をフルフル震わせ、目をぎゅっと閉じてそう答えた。


「あ、脅かしてごめんなさい……そう……」


 ゆっくりと手を放したクインがすぐに態度を切り替えたように「それで、終わりそうですか?」とキッチン内を見回しながら聞くのだが、マリナは頭を真っ白にしながら「モウチョット」と片言にも聞こえるような発音で答えて証拠の保全を続けた。


 今のは一体何だったのか。突然のクインの変化に心を読むほどの余裕はなく、クインが何を考えているのかはわからなかった。


 マリナもテープで壁の血痕を紙なんかで保護し終わったところで「もう終わるよ」と告げるとクインはキッチンの入口の方からレストラン車の方を確認した後、小声でこんな話を始めた。


「……あの、実は、突拍子もない話なんですけど……」


 マリナの耳元に近づき、ひそひそと続ける。マリナは微かにかかる吐息に一瞬ビクッとしたがクインの空気に先程の妖艶さは無かった。


「実は私が最後にカンラさんと話した後、もちろん見間違いだったかもしれないんですけどね……」


「な、何?」


「……レストラン車の陰で、何かが動いたのを見たような気がするんです。夜間は基本的に照明を最低限まで落としているので、そんなはずないとは思うんですけど……誰かいたのかなって……」


 マリナが「それはどんな影だったの?」と尋ねるとクインはキッチンの中からでは見えないレストラン車を透過して見ているようなジェスチャーで言う。


「こう、キッチンからの照明が壁までうっすら伸びて、それで窓の無い壁のここから出て右斜めの机の後ろで何かがこう、隠れるみたいにサッと動いたように見えて……窓は閉めていましたけど、時たま月明かりかウィスプに照らされた木陰が走るように見えていたから、もしかしてそれが見えただけでただの勘違いって気もするんですけど……でもマリナさんは憲衛士さんの仕事をされてるんだったら伝えておいたほうが良いのかなと思ったので……」


 この発言は実にもっともらしく、もしもこれが嘘だった場合クインはなかなかやり手の嘘つきということになる。細部までの説明と、自分の見たものを疑うような口調。今のマリナにはこれが本当か嘘かハッキリわからない。


 見間違いか、それとも単にブロウドが隠れていただけか? それとも別の誰かか?


 明日全員が集まったときにしっかり聞いておこうと脳内タスクに書き込んだマリナだが、もうマジックポイントが切れかかっている(眠さがピークが近づいている)事を自覚して、目をこすりながら現場の保存を終わらせ、しっかり明日の料理もできるように気遣いを置いてクインと共にキッチンを出てラウンジへ向かう。


「終わった?」


 ラウンジ車ではセイ一人で待っており、マリナはすべきことを済ませて来た事を伝えるとセイもクトリクの疲れを考慮してそのまま別れてきたと言った。


「それじゃあ後は……運転スタッフにあったことを報告しますね」


 クインがラウンジの隅にあるスタッフ用の電話を取り、「もしもし? もしもーし」と言いながらボタンを押したり、受話器を見て首を傾げたりしている。


「どうしたんです?」


 セイがクインに近づいていくのだが、そんなの確かめる必要もない、電話が壊されている事をマリナは察していた。セイはボタンをガチャガチャ押したり電話を置いたり取り直したりしながら向かって大声で呼びかけたりしているが、一向に繋がらない。


「……直接向かったほうが良さそうだな」


 マリナは目が覚めてきた思いでそう提案すると、みんな賛同して前方の展望車両へ足早に進んでいく。展望車にはいるとマリナとセイはすぐに展望車の前方へ立ち、下方に見える運転席を見下ろした。セイは窓をドンドン叩いているが運転をしているガイワンは全く気づいていないのだが、運転席に座りながら呼吸の速度で緩やかながら動いており、しっかり生きているのが見えた。ちなみにこの展望車両の造りだが、簡単に言えば上下の二層にわかれている。


 上層は当然展望席となっている。床などの一部以外はほぼ全天周がガラス張りになっており、周囲を見るのに適したここへは短い階段を使って上がってくるような造りになっている。その下層はそのままスタッフ室となっており、階段の中程にある小さな扉から出入りする。クインはその扉をガシャガシャと押したり引いたりしていた。それに気がついたセイが「開かないんですか?」と尋ねる。


 二人が扉について会話している間にマリナはその鍵穴に注目した。どうやらハンマーか何かで無理やり潰されたかのようになっており、明らかに人為的に中との繋がりを絶たれていた。


 セイがどんどんと扉を叩きながら大声で中の二人を呼ぶのだがクインは無駄かもしれないと言う。


「スタッフ室なんですけど、この扉の向こうに短い廊下があって、そこからスタッフの寝室、トイレとシャワー室、キッチン、運転席が繋がってるんです。今の時間だと多分どっちかが運転席でもう一人は眠っていると思うので……それに車輪の音でこっちからの音もかき消されると思いますし……どうしよう……」


 と、クインの説明にある通りの構造がこの車両の下層にはあった。更に上層と下層の間には空洞があって、展望車の音なんかは全く聞こえないようになっている上に寝室は防音が非常に強く出来ているとも説明した。


「じゃあ俺たち……ひょっとしてツアーが終わるまでこの列車の中で釘付けってことか……?」


 セイは流石に表情を強張らせている。


「電話も通じなかったので、もしかするとそうかもしれません……」


 なんでも運転スタッフの部屋には四日分の十全な食料や水なども用意されており、余程のことが無い限り止まることはないのだと言う。それに運転席からでは展望車は見えないようになっているなど、こんなに近い距離にもかかわらず電話と扉を壊されるだけで連絡が絶たれてしまう。なら扉を壊せばいいと考えるかもしれないが、それも不可能だ。ただでさえ頑丈な車両の頑丈な扉であり、この扉があるのは小さな階段の真ん中。体当たりするための助走を付けることは出来ないし、椅子なんかを持ち上げて叩きつけるような事も出来ない。


「ま、まぁでもほら、一番危ない人は別の部屋においとけたし、あと三日くらいなんとかなるって! なぁマリナっ?」


「そうだな……」


 長くても二日程度しか残らない魔掌紋を考えればなんとしても二日以内に憲衛にカンラの遺体を調べてもらう必要があることを考えつつも、ここで推測の話をしても仕方ないとマリナは頷いて今日は解散とするが、セイの気遣いで最初にクインを送ることにした。


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