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10:動機無し

 クインの示した容疑者についてだが、マリナには動機がわからないでいた。


 まだ同乗してから一日も経っていないような時間で、ろくに会話もしてない中で”刺殺”による殺人が起きるだろうか、と。一般的に複数の刺し傷というのは怨恨絡みである可能性が高いからだ。


 確かにカンラは厄介な性格だったろうし、マリナやセイはもちろん、他のグループにも突っかかっていく彼女の様子を見ている。


 でも最も弊害を受けるのはクトリクただ一人のはずで、動機を持っているとしたらクトリクが一番のはずなのだ。もちろん傍から見ればマリナやキワも動機を持っていると思われても仕方ないことはあったが、それでもこんな凄惨な殺人事件に発展するかといえば、まずならない。


 しかしクトリクのアリバイはよく出来ている。セイとクインが話した通り、彼は夜食を作るためにルンルン気分になったカンラに「ラウンジ車で待っててね、ダーリン」と言われて別れた後、ラウンジ車に行った後でちょうどトイレに来ていたセイと鉢合わせたという。セイやクインの言う通りの話だった。


「日頃から彼女に対する鬱憤みたいなのはなかったの?」


 マリナはつっけんどんに踏み込んでいく。普段は頼りないコミュ障気味なマリナだが、今は阻害された睡眠時間とお菓子を奪われたかもしれない怒りのボルテージに加え、発生した事件にどこか高揚する本能のおかげで流暢に話が出来ている。


「……確かに難しい子だったよ。でも、全てボクの……ために……」


 テーブルを挟んで対面に座るマリナはまた鋭い視線をクトリクに向けている。


 クトリクの様子だが、マリナと話すまでは貧乏ゆすりで膝を上下させ、マリナが席につくと腕をテーブルに置いて椅子から前のめりに座って頭を抱えている。そこに見えるクトリクの深い"後悔"の色と小さな警戒心をマリナは見逃さなかった。


 当然悲しみの感情も見えているのだが何故マリナを警戒するのか。調査機関の取り調べ中に脈が上がると嘘をついている、とされることがあるが、実際は威圧感や恐怖でも脈は上がるもので、クトリクの様子も同じようなものなのか”読心の魔法”を持つマリナにも判断がつかない。それはこの列車の魔力に似たものがその読心魔法を阻害しているのか、それとも単にマリナの魔力不足なのか。


「……何か後悔してるの? 君が殺したわけじゃないんでしょう?」


 鋭い眼光のままのマリナがそう尋ねるとクトリクが小さく頷いて言った。クトリクは同意半分という程度でこういう風に返す。


「この列車に来たのはボクが誘ったからで……彼女が死んだのは、ボクのせいだ……」


 肩を落として沈痛な表情。彼の持つ弱々しい雰囲気がその時だけ強い感情を生んでおり、この言葉をマリナは嘘だとは思わない。


 席を立ち、後方車両に体を向けたマリナ。


「とにかく……決着をつけよう。犯人は……」


 マリナが名を呼ぶのをためらったのは、どうしても犯人であるイメージが出来なかったからだ。そこにセイが後押しするように言う。


「ブロウドさんなんだろ? 行こうマリナ、後方スイートの一つ目の部屋にアスルさんと一緒みたいだ」


 頷くマリナにセイが先にレストラン車から後方のスイート車両へ入り最初の部屋のドアをノックする。何度かしつこいノックをして最初に顔を出したのはたった今起こされましたという表情のアスルがメガネをかけながらだった。


「……なんですか……?」


 深夜に突然の訪問を受け、扉を開けたら四人の乗客がいたという状況に面食らった様子のアスルにセイが言った。


「ブロウドさんはいます? ……電気魔法使いなんですよね?」


「そっちのベッドで寝てるけど……魔法って……えっと、なんの話?」


 状況がよくわかっていないのであろうアスルだが、何か深刻な話があることは察したのか表情が強張っていくのをマリナは見逃さない。言うなればアスルは”ピンときた”という顔をして部屋を出たアスルは戸を静かに閉める。セイが小声で説明を始める。


「実は、あのカンラって女の人がいたでしょう? あの人が殺されてしまって、それでこのマリナが実はすごい探偵なんですけど、彼女が電気魔法の痕跡を見つけて、それで容疑者の中で電気魔法を使えるのがブロウドさんだけだったんです」


「……」


 始めに口を空けたまま聞いていたアスルだが、理解に合わせて口を閉じて息を飲み込む。マリナの目には彼が緊張しているように見えた。


「じゃあブロウドを捕まえるんですね……?」


 アスルが確かめるようにそう聞くと、次はマリナが答える。


「それは憲衛の仕事だよ。でも必要なら軟禁はしておいたほうが良いかもしれない。それであす、アスル、氏? 何か心配事でもあるの?」


 セイは心の中でマリナの言葉に「いいぞ!」と声援を送る。マリナはアスルの心を読んで前置き無く彼の心配事を指摘したのだ。


「い、いや……その、ブロウドは実は過去にも女性と問題を起こしていて……その時のことを思い出しただけだよ……」


 頬の奥が微動し、手のひらに爪を当てて一瞬力を込めた。嫌な思い出を回想したのだろうとマリナの魔法は見抜く。


「とにかく本人から話を聞く。ブロウドは体格がいいから、もしも暴れたりしたらセイとクトリク氏と一緒に取り押さえる役をお願いしたいんだけど」


「わかった」


 いびきをかいて寝ていたブロウドを呼び起こすと、アスル以上に戸惑った様子で全員の敵視するような目を見て少し怯えた。


「来た理由は……わかってますか?」


 セイが前に出てブロウドにそう説明する。


「んだよ……みんなでおしかけて……理由……ってまだこんな夜じゃねぇか……いや、もしかして昼? 夜天域まで寝ちまったか……?」


 眠気に恍けたようなブロウドに対し、アスルが強い口調で問いかけた。


「ブロウド……なぁ、またやったのか……? 次はカンラさんに……」


 アスルの言う”またやった”という言葉に対してブロウドはすぐに何かに思い至ったらしく、表情を見る見る怒りに染めていった。


「おい、アスル……またってお前、どういう意味だそりゃ」


「クティナの時と同じ意味だ」


 マリナは二人のやり取りから目を離さない。アスルからも強い怒りを感じ取れて、ブロウドもまたそれに対し戸惑いと微かな後悔を含めた怒りを返す、という状況である。これ以上アスルが何か言ったら爆発しそうな状況だと察知したセイが先んじて状況を伝える。


「カンラさんが殺されたんだ……電気魔法使いに」


「なっ……嘘だろ? ……ってちょっと待て、電気って、俺のことを疑ってるってことか……?」


 ブロウドを見下ろすほぼ全員の瞳がそうだと語り、ブロウドは首を横に振った。殺人犯だと思われることには流石に心外であると訴えるように言う。


「待て待て! 俺は違うッ、今の今まで眠ってたんだ! 何も知らない!」


 身振り手振りを用いて必死に訴えるその様子にマリナは目を細め、右手の人差し指の付け根の上辺りを自分の唇につけた。それはマリナが考え事をする時に無意識にとる仕草である。


「でも被害者には電気魔法の痕があって、しかもこの列車で電気魔法使いはブロウドさん、あなた一人だけなんだ」


 セイが答えを導いた探偵のようにそう事実を突きつける。ブロウドは疑いを晴らそうと必死に身振り手振りを以て返答する。


「いや待て待て、なぁアスル! ずっと寝てただろ、俺! 証明できるよな!? 人殺しなんかじゃねぇって!」


 だがアスルは冷たい瞳で言う。彼らのやり取りの中でクティナという人物がちらついているようだ。


「僕も寝ていたからわからない。でもブロウド、君はもう人を一人、殺しているだろう」


 言葉からもブロウドの肝を冷やしたのか、顎を少しだけガクガクと揺らしながら言い返す。


「あれはッ……! あいつは自殺未遂で! それに俺は無罪だっただろうが!」


 その言葉にアスルは奥歯を噛み締めた後、マリナとセイの方を向いてこう言った。


「僕から彼を擁護することは何もない」


 ブロウドは不意打ちで崖から突き落とされたような感覚を味わいながら、それでもなお自分が無実であると証明しようと必死になっている。


「俺は列車に乗ってから魔法を使ってない! 魔法痕があるならしっかり調べてくれ! 魔掌紋は、俺の魔掌紋は絶対に出ないはずなんだ!」


 ブロウドはセイが主導権を握っているんだと思っているのか、セイに縋り付くような口調でそう言った。


「調べる道具が無いんですよ。もし本当にやっていないんだとしても、みんなのためです、とりあえず……別の部屋に移ってもらいます、すいませんけど……」


 事前に取り決めしていたように、ブロウドはスイートの一番奥の部屋に軟禁することにしていた。既にクインがカギを用意しており、内から開かないように細工も行ってある。


「仕方ない……魔掌紋さえ出ればすぐにわかることだ。覚えてろアスル……俺を信頼していたようなツラしやがって……」


 そうしてブロウドは荷物をまとめてスイートの一番奥の部屋に入り、クインが外からカギを閉めると、流石に疲労感を隠せない様子で呟く。


「あとは運転手の二人に状況を伝えに行かないといけないし、カンラさんもどうしよう……。他のお客様達には明日説明するとして、えっと……」


「遺体はボクが部屋で預かります。最後の時間になるならきっと彼女はボクと過ごしたいというだろうから……キッチンもできるだけ掃除しておきますが、いいですか……?」


 クトリクはマリナに指示を求めた。


「だったら私も行くよ。遺体はたしかにキッチンにあるべきじゃないからね。男手は必要だ、セイ、先に彼女を運ぼう。それに憲衛に出せる証拠になりそうな部分は私が保存する。行こう」


「じゃあクインさん、運転席へは後で行くとしましょう!」


 セイはクインに良いところを見せたいようで、深夜の時間に一緒にいる機会を逃せないという勢いで同行を希望すると、クインはホッと嬉しそうに「よろしくおねがいします」と承諾する。


「じゃあ僕は……」


 アスルは自分も手伝いに加わるべきか、でも他人の遺体にはあまり関わりたくないのが滲み出るようにスローテンポでゆっくりと喋ろうとした時に後方スイート車の真ん中の部屋がガチャ……と控えめに開いた。誰もがその部屋にいるのはキワだと知っているが、キワは外で誰がいるのかわかっておらずにチラっと覗き込んだ時に一同の視線を集め「あっ……」と、特定の一人を見た後で一瞬扉を閉じかけた。だがほぼ全員が集合している状態を見て今度は扉を大きく開けて「どうしたんですか……?」と尋ねる。


「……キワには僕が説明しておきます」


 他人の、しかも女性の遺体を運ぶ選択を取りたくなかったアスルはキワを見てこれ幸いと彼女の手を引いて彼女の部屋に入っていく。魔法が発動中のマリナは先程扉を閉めかけた理由や、アスルが近づいた時に寝起きの髪を無意識に直そうとしたキワの様子からアスルに多少の好意を持っていることがわかった。アイコンタクトをしているような雰囲気もある。


 じゃあ俺たちも、とレストラン車のキッチンへ先導し始めるセイがクインの隣に立って低い声で気取って話しかける。


「それにしても、まさかこんなことになるとは思いませんでしたね」


 クインの表情はマリナの位置からでは見えなかったが、声のトーンを少し上げながら答える。まさかクインのほうがセイを好きなんじゃなかろうな? と思ったが、その声の様子はすぐに収まったので単純に驚いただけかなと考えを変えた。


「あっ、そうですね……でもよかったですよぅ、セイさん、……とマリナさんがいてくれて。あとは憲衛士さんにちゃんと調べてもらうだけですね」


「いやぁ~へへへ」


 美女にいてくれてよかったなんて言われて舞い上がり気味のセイの後ろのマリナはまた右手を口元へ持ってきていた。


 マリナの”読心の魔法”の特性で最も強いのは「相手の嘘を見抜く」力だ。真意を引き出すだとか、深層にある考えを知るというのも出来ないわけではないが、一番の能力として相手が嘘をついているかを見抜く事ができる、はずだった。


 それがここに来てうまく機能していない気がして小さな焦りを覚えている。

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