92 最前線
さて、要塞(予定)を超えて6層の北側にやってきたわけだが。
「変化ないなー」
シャルが能天気な声を上げた。
6層は要塞山や東川、西川となんの捻りもない名前で呼ばれるようになった場所以外は、特筆すべき地形はない。
南北に広がる平原のあちこちに池があり、そこから流れ出る小川が、やがて東川や西川に合流する程度だ。
しかも北側の平原は、魔樹に覆われている部分も多い。
俺たちが、今歩いているのは、まさにそういった場所なのだが、見通しが利かず、変化もへったくれもない。
「鳥たちを飛ばしてみたけど、地面は全く見えないな」
鳥たちの視界に映るのは、魔樹の葉のみだ。これじゃ、偵察にならない。
諦めて、鳥たちは要塞山や裏砦周辺を偵察をしてもらう。
「新しい偵察手段を考えなきゃな」
「そうねー。探知系のスキルも魔樹のおかげで使いにくいし」
シャルの言う通り、一応魔物である魔樹が密集しているおかげで、探知スキルは非常に使いにくくなっている。
魔樹の反応を濾し取って、他の魔物を探すのだ。常時使っていると、えらく疲れる。
「ネズミ、使う?」
ノマがもう一種類の偵察用シモベを提案した。
「無理だろ。魔獣なんかも多すぎる」
瘴気が濃いからといって、強力な魔物だけがいるわけじゃない。
小さな魔獣なども多い。さして戦闘力のないネズミが、長期間生き残れるとは思えない。
ここは魔物の楽園なのだ。
「なにか接近してくるようです」
イシュルが報告した。
今日は、シモベ6名勢揃いで行動している。合計9人。俺たちの最大戦力だ。
「アサシンタイガーですね」
ココアが接近中の魔物を特定して、情報を教えてくれる。
中型の魔獣で、10頭程度の集団で狩りをする。
空歩のスキルを持ち低空を飛ぶことができ、至近距離で衝撃波を放つ。
俺だけ潜伏のスキルのレベルを少し落として、見つかりやすいようにする。
他のみんなは、隠れたままだ。
散開して進んでいたアサシンタイガーたちが、直線的にこちらに向かってくる。
俺を捕捉したようだ。
探知スキル頼りで、〈火槍〉を放つ。
射線が通っているかどうかなんて、関係ない。貫通力を強化してある。
周りの木々も魔樹なので、被害を局限する意味もないしね。
微かな悲鳴と共に探知の反応が一つ消えた。魔樹も2本ほど燃え上がったようだ。
残りの反応の接近速度が更に上がる。
俺は短槍を構えた。
〈障壁〉の魔法は意識して使っていない。
左右と上に分かれて、大人の人間ほどの大きさのトラが襲ってきた。
2足歩行で。
姿形はトラっぽいが、動く様子はサルを連想させる。
あまりのビジュアルに、一瞬凍りつき、迎撃が遅れた。
わずかな時間差で攻撃してくるアサシンタイガーを左、右と短槍で貫く。
上からの攻撃は間に合わない。
最初から一撃もらうつもりだったから、いいんだけどさ。
頭上から前足を振るって攻撃してくる。
それを短槍で払おうとした瞬間、パンという乾いた音がした。
近接攻撃用の衝撃波なのだろう。
だが俺に影響はない。問題なく前足を払い、バランスを崩したアサシンタイガーを地面に叩きつける。
そして、とどめ。
残りのアサシンタイガーも、気配を消していたみんなが、不意打ちで倒している。
全く。どっちがアサシンなんだか。
「いやー。まさか2足歩行のトラとは。あやうく吹き出して隠形がとけるとこだったよ」
あぶない、あぶないとシャルが額の汗をかいて拭う仕草をした。
「防御石、役に立った?」
ノマの問いに、頷く。
「実験成功だな。衝撃波は食らわなかったし、爪も受け止めていた」
そう。前足の攻撃に対する防御が間に合ったのは、あるものが攻撃を受け止めていたからだ。
俺は腰にぶら下げた袋から、親指の先ほどの石を取り出した。