8 現状と過去
「困ったもんだな」
村長のユオルが嘆息した。
俺の秘密を棚上げしたあと、俺たちはガースの遺体を担いで村へと帰還した。
ココアが「人でも吸収できますよ」と悪魔の誘惑をしてきたが、人間的に問題があっても俺たちの仲間だった奴だ。キチンと弔ってやるべきだろう。
仲間なんて言うと襲われた2人は、ヤな顔するだろうけれど。
村に着くと、その足で村長の家に行き事の次第を報告した。
「で、怪我は無かったのか」
村長はノマに、尋ねた。実はノマは、村長の一人娘だ。
全然村長には、似てないけどな。いや、背の高いのは村長似かもしれない。顔は絶対に奥さん似だけど。ノマ本人に言うと、殺されかねないが、村長の奥さんの体型だけは、ノマではなくシャルに似ている。
特に胸は。
「コボルドとデレクのお陰で、無事でした」
ノマの言葉に、村長が苦笑いする。村長も今回のガースお試し企画を勧めていたからな。皮肉に聞こえたんだろう。
「そういうわけで、ガライ。お前の兄貴は助けることができなかった。すまない」
同席している、もう1人。ガースの唯一の肉親である少年に、俺は頭を下げた。
「とんでもありません。どう考えても兄貴が悪いんです。ノマさん、シャルさん。ごめんなさい」
ガースに良く似た赤い髪の、しかし遥かに実直そうな少年は、シャルたちに頭を下げた。
性格の違いから、あまり仲が良くなかったと聞くが、やはり唯一の肉親の死だ。唇が震えていた。
なによりまだ12才で、身寄りがいなくなってしまったのだ。
「ガライが謝る必要はないわ」
「ええ、謝るべき人は、すでに報いを受けています」
「で、ガライは、これからどうするんだ?」
「どうする、ですか?」
俺の問いにガライは、要領を得ないようだ。
「尖兵として働きだすまで、まだ3年ある。それまでの生活さ」
「ああ、まあ畑の手伝いでもすれば、なんとかなるかなぁ」
さすがに不安気な様子だ。
「心配いらん。ガライは、ウチで預かるさ」
「村長?」
「最近、娘もあまり近寄らんしな。部屋は余ってる」
村長は、チラリとノマを見た。
ノマとシャルは、俺の隣に家を建て2人で住んでいる。
「え?でも」
「遠慮するな。いい尖兵になりそうな子供の面倒をみるのも職務のうちだ」
結局、ガライの去就は、この通りになった。
ガライは、村長の奥さんに連れられて、部屋を出て行く。
「しかし、この時期に戦力として計算できる尖兵が減ったのは痛い」
改めて村長が唸りだした。
この村は、開拓村であるのと同時にダンジョン制覇の橋頭堡でもある。
村の中心は第4層へ上がる「階段」で、その防衛が村の主任務の一つだ。
村長と呼んではいるが、ユオルは王国開拓局の役人で爵位持ちである。だから正確には、御領主様という事だ。
誰も呼んでないけど。
村の主任務は、あと二つ。
2年に一度くらいの頻度で行われる、ダンジョン平定戦の策源地としての機能を維持すること。
そして、第5層の地図を作成し、第6層へと降りる「階段」を発見すること。
俺たち尖兵は、3番目の任務を行なっているのだが、はっきり言ってこの任務が、もっともうまくいっていない。
この村が建設されて、既に10年程になるが、地図ができているのは、半径10粁程の範囲のみだ。
そこを越えると魔物が、急に強くなってくる。
俺たちも何度も挑戦しているが1、2戦すると、継戦能力がなくなってしまう。
尖兵の数も限られる。
村の人口は1000人程だが、尖兵はその内1割。村から5粁以上離れて行動可能な者は20人程しかいない。
ガースは、一応その20人のうちの一人だった。
「この時期にって何かあったの?」
「今日、キャラバンが着いてな」
確かに村に戻ってきた時に見かけた。2、3層とうちの村をつなぐ、重要な補給手段だ。
「その時に報告があったが、4層で魔物が増えているらしい」
「そいつは、また」
俺も唸らざるを得ない。
この村は、一応自給可能ではあるが、それは必要最低限の物だけに過ぎない。
ダンジョン攻略の橋頭堡としての機能を維持するには、定期的な補給が不可欠だ。
その補給路たる第4層の管理は、第3層の開拓局が行うべきことだ。
「強い魔物が出てきたの?それとも開拓局の怠慢?」
シャルが、ズバリと斬り込んだ。
「開拓局の、というか王の怠慢だろうな」
おっと「陛下」すらつけなかったよ。
「5年前に即位して以来、開拓局にロクに金も回されず、平定兵団も一度も派遣されてないしな」
確かに2年に一度と言いながら、俺の両親が健在だった頃以来、平定戦を行った記憶がない。