86 瘴気の顎
新たな魔物で、脅威になりそうなものはいなかったので、山に入る事にした。
不意打ち3点セットを使った、陰険登山である。
「なにが陰険よ」
シャルが抗議した。
「スキルを使って忍びより、一撃で首を落とす。これを陰険と言わずしてどうする」
しかも、死体はマイダンジョン行きで、あとに残すのは血糊だけ。陰険というか怪談だな。
「陰険じゃない、安全策」
ノマが抗議した。
ちなみに交わす会話も、全て念話である。
「川が流れているようですね」
ノエルが俺たちの馬鹿話に割り込んだ。
「水音がします」
確かに聞こえる。そちらに近付いていくと、轟々とかなりの水量の音になる。
「こりゃまた、随分デカい川だな」
山の中腹より少し低いところから、川幅15米ほどの流れが、突如生まれてほぼ一直線に流れている。
階段から見るとほぼ真北にある山から前方左側を塞ぐように、西に向かって流れているようだ。
「この川を越えるのは、魔物でも苦労しそうね」
「畑の水には苦労しなさそう」
ノマとシャルが感想を言い合っている。
「この山の東側にも川が流れてりゃ、有難いんだがな」
「もしそうだとすると、この山を押さえれば、5層への階段側は、相当安全になりますね」
俺の冗談交じりの希望に、ナニーが真剣に頷いた。
「川、あったね」
ノマが半笑いで言う。
「あったねぇ。それも結構な大河が」
山の東側を調べてみたら、本当にほぼ真東に流れる川があった。
両方の川がどこまで流れているかは、まだわからないが、6層は2つの川で南北に分断された地形と考えて、ほぼ間違いないだろう。
そして、この山は分断地形のほぼ唯一の交通点と考えて良さそうだ。
「ここの要塞化を考えるはずねー」
シャルが、傍の防壁を軽く叩きながら納得している。
「逆にここに要塞を築こうとしたって事は、7層への階段は北にあるという事ですね」
「いや、意表をついて、どちらかの川の下流にあるという線もあるぞ」
生真面目にいうヴァニラをからかいたくなって、適当な事を言ってみる。
「なるほど、偽装という事ですか」
真剣に頷くヴァニラの様子に、シャルとノマが、俺に非難の視線を向ける。
「あ、いや、まあ最初に調べるのは、本命の北からだけどね」
うんうんとわざとらしく頷く。
頷くついでに、近づいてきたトロルの胸を小剣で抉った。
血や肉と共に命石がコロリと落ちる。
たとえ再生力の大きなトロルといえど、命石を奪われては生きていけない。
ドウとばかりに崩れ落ちた。
それで周囲にいる他のトロルも異変に気付く。
不意打ち3点セットで、ほぼ真横に集団で立っていても俺たちを認識していなかったが、仲間の死体は別だ。
そこにいた4頭のトロルは、慌てふためくが、あっと言う間にシャルたちに狩られた。
後片付けをして、山頂を目指す。
目指す間に、結構な数の魔物を倒しているが、詳細は省略。
あ、でも俺のレベルは上がったな。
「これはまた」
山頂近くの視界の開けた場所についた。
そこで見える光景に、ため息を漏らさずにいられない。
北側の麓から地平線まで、見える大地の上側3分の1ほどを黒い逆三角形が覆っている。
その逆三角形から立ち昇る瘴気。
逆三角形の正体は、魔樹の大集団だ
頂点は、槍の穂先の如くこちらを目指している。
「あそこに魔王の軍勢がいるんでしょうか」
ドワーフのノエルが囁くように言った。
「いなかったら逆に驚くね」
こりゃ、なりふり構っていられなくなりそうだな。




