64 ぬるま湯の地獄
特に女性にとっては不愉快な内容が、しばらく続きます。
俺がエルマーと戦っていたちょうどその頃、イシュルたちは花園を訪れていた。
驚いた事に、花園というのは正式名称だった。
内宮の一角にある高い塀に囲まれた場所。そこが花園だ。
入口は1箇所のみ。そこを女性兵士2名が守っている。
「本来なら、男性は王族以外禁制なのですが」
案内の下官が言う。
今回は国王の許可があってイシュルたちが入るのだが、ここまで来るのに随分と手間がかかっている。
まず入浴をさせられ、全裸での身体検査。更に用意された魔法封じの刺繍入りの貫頭衣を着せられている。
魔法封じといっても、2層同様、実際には魔法の威力を抑える効果しかない。2層のものより出来がいいのは、さすがと言うべきなのか。
トドメに、貞操帯のようなものを付けさせられている。
それを彼らの視界で見ていた俺やシャルが、大笑いしたのは言うまでもない。
「これを付けていて、トイレに行きたくなった時は?」
「漏らしてください」
シモベたち3人の、こんなにも情けない表情は、初めて見た。
こうした苦難(?)を乗り越えて、3人は花園の入り口に立っている。
「お入りください」
すでに連絡が来ているのだろう。女性兵士は、誰何することなくイシュルたちを中に入れる。
下官はさすがに一緒に入らないようだ。
片方の兵士が一緒に入って、入り口の内側に立った。
中はそれなりに広いが、周囲を塀に囲まれているので圧迫感はある。
中央に四阿があり、周囲に色とりどりの花が植えられている。
建物は他に3つ。
四阿の向こうに見える、派手ではないが金のかかっていそうな建物が、国王たちを迎えるものだろう。
四阿の周りに30人程の女性たちが立っていた。
イシュルたちが、女性たちに歩み寄る。女性兵士は、入り口から動かないようだ。
歩み寄るに連れて、女性たちの様子が見えてくる。
エルフ、ドワーフ、ノームの人数はいずれも10人ほど。ドワーフが少し少なくて、エルフがやや多い。
いずれも美しい容姿だが、生気は感じられない。
諦観といった言葉が、ぴたりと当てはまる表情だ。
「ようこそいらっしゃいました。同胞の方々、ごきげんよう」
ひときわ背が高く、スタイルのいいノームが口を開いた。
「そっちは、ごきげんようといった感じじゃなさそうだな」
イシュルが言うと、ノームは薄く笑った。
「どうじゃ、ここの暮らしは幸せかね」
ドランが髭をしごきながらたずねる。
「答えがわかっている事をお聞きになるものではありませんわ」
「わかりきった答えでも、当人が口にする事に意義がある」
「ここは」
ノームの瞳に一瞬、激情が宿る。
「ぬるま湯の地獄ですね」
「なるほど」
イシュルは、もう一度あたりを見回した。
美しい風景だが周囲を囲まれ、自由はない。
飢えることはないだろうが、夜の人形であることを強いられる。
隷属の首輪をしていないのが不思議なくらいだ。
確かに過酷ではないが、ゆっくりと人を腐らせる地獄だろう。
「ここを出たいか?」
イシュルの問いに女たちは、一斉に彼を見つめた。
読んでいただいて、どうもありがとうございます。
平成最後の投稿になります。