62 1層の敵
悩んだ末にレベル15くらいの力でいくことにする。もちろん種族は人間ね。
案内された訓練場は、広く立派なものだったが、閑散としていた。
まだ午前中で、訓練に勤しむ兵たちがいてもいいと思うが、誰もいない。
俺と試合をする為に、人払いをしたのかな?とエルマーをチラリと見た。
「いつもこんなもんだよ」
エルマーは苦笑しながら言う。
「王宮兵は、訓練などと野蛮な事はしないそうだ」
「は?じゃあ、なにを?」
「身だしなみを整え、威厳を身につけるそうだ」
訓練用の木剣を選びながら、陽気に言う。
「王宮兵って、兵士ですよね?」
「ああ、村の尖兵と同じ兵士だ。彼らにそんな事を言うと、烈火のごとく怒るだろうがね」
うーん。3層の訓練バカの百騎長が、相当まともな部類だったとは。
あの人は、強くなる為の方法が、私見で歪んでただけだしな。
「ということで、人相手の訓練は2ヶ月振りだ。お手柔らかにな」
そう言ってエルマーは木剣を投げてきた。
短槍の方が、慣れてるんだけどなぁ。未だにスキルは生えてないけどさ。
「では」
エルマーが構える。
その瞬間、目の前のエルマーの気配が薄くなる。
隠蔽、もしくは隠密のスキルだ。
すぐ前にいるにもかかわらず、集中しないとエルマーの動きを見逃しそうになる。
一方、俺はなんのスキルも使わず、正眼に構える。
エルマーが動いた。
鋭い突きを右にかわす。
エルマーの体が伸びきったところで胴をはらおうと思ったが、スッと退いた。
あれだけ鋭い突きだったが、余力を充分に残していたようだ。
更に2、3合打ち合う。
お互いに探り合うような剣さばきだ。
エルマーは攻撃的に。俺は防御的に。
「底は見せないね」
「お互い様でしょう」
オドのレベルから推定すると、村から離れた時のエルマーのレベルは10前後。それから、3も4もレベルが上がっているとは思えない。
だがエルマーの剣は、レベル10代前半の剣とは思えない。
鋭く、巧妙だ。
胴を狙うと見せかけた切っ先が喉元を狙う。
俺が反応すると、更に変化して右手首を狙ってきた。
「やるなあ」
それも避けた俺を称賛する。
人との練習から遠ざかっているなんて、嘘だ。
これは対人戦をやり込んでいるなんて人間の動きだ。
いや、そうか。
(練習は、していないのかもしれませんね)
俺の疑いをココアが言葉にする。
第1層で魔物相手に実戦を積み重ねるのは、難しい。
瘴気の澱みから産まれる魔物も、大した脅威にならないし、数も少ない。
だが、人は多い。
王国に不満を持つ者も少なくないだろう。
王宮兵の敵は魔物なのか、人間なのか?
エルマーの剣が、地から跳ね上がるような軌跡で喉元を狙う。
人の死角からの攻撃だ。