54 徒労
結局、新たに兵が来てもイシュルの圧勝で終了した。
30人以上の兵が横たわり、広い謁見の間も狭く見える。
最後の方は兵を倒すより、横たわる兵を踏まないようにする方が、難しそうだった。
「さて、我らは同盟を組むに足る価値とやらを示せたと思うが、果たしてそちらの方に組むだけの価値とやらがあるかな?」
「驕るなよ。亜人風情が」
侯爵が立ち上がって言う。
「この状態で、良くそんな強気に出れるな。感心するよ」
イシュルの言葉に俺も同感だ。自分の部下がボコボコにされた直後とは、思えない。
「たかだか3つの隊を破ったのみで、大口を叩くな、我が層には万を超える兵がいるのだぞ」
「負けて大口を叩くより、よほどマシだと思うがな」
イシュルは呆れたように言う。
「で?どうなんだ?我らを同盟の相手として認めるのか?認めないのか?」
「もとより同盟を組むかどうかは、陛下御一人の御心次第。我らが忖度することではないわ」
「はあ?」
イシュルだけじゃなく、一緒に聞いていた俺やシャルたち全員が声を上げた。
オロンですら、口をあんぐり開けている。
「じゃあ、なんでこんな事をした?」
「生意気な輩に懲罰を加えるのに、理由があるか」
あー。これは、あかん奴だ。
俺たち全員が悟った、
こいつの判断は、自分の好悪しかないのだ。気にいらないから、殴る。
そんな動物的感情のみで動く奴なのだ。
(こりゃ話しするだけ無駄だな)
(同感です)
イシュルも半ば呆れているようだ。
「国王にしか判断できないのであれば、我々は先を急ぐのみだな」
「ま、待て!貴様らを勝手に移動させるわけにはいかん!2層と同じく、我々の馬車で移動してもらう!」
(いいんじゃない?楽だし)
俺が言うと、イシュルが侯爵にむかって頷いた。
「良かろう。ただし、急いでもらおう。ここにいるのは、無駄な時間だしな」
「ふ、ふん。不逞の輩が我が2層にいるのも、不愉快だからな。せいぜい急いでやるさ」
うーむ。子供か。
そう言いたくなる態度だな。全く可愛くないが。
出発の準備は、速やかに整えられた。
ディモール城の滞在時間は、3時間に満たない。
トリモールとはえらい違いだ。
肥料や真木の知識も伝えていない。というか、相手が聞く耳を持っていない。
2層の住人には申し訳ないが、とりあえず生活できているようだし、我慢してもらおう。
ちなみにイシュルたちの扱いは、やや丁寧になったが、俺たちに対する扱いはぞんざいなままだった。
部屋に押し込められたままで、変わる余地がなかったからね。
それを見て、シモベたちの機嫌は最悪なわけだが。
いろいろ差し障りがあるので、我慢してもらっている。
扱いといえば、乗る馬車が若干変わった。
いや、馬車そのものに変化はないのだが、外側に魔法封じの魔法陣(封じれない)が刻まれていたのだ。
大急ぎでやったのか、出来は酷いものだが、そもそも式がいい加減なのであまり影響がないのが悲しい。
とりあえず、その馬車に乗って妙にギクシャクした態度の兵に囲まれて、俺たちは2層を出発したのだった。