49 反逆者
第2層層都ディモールだ。
最初は尖塔の先端しか見えていなかったが、やがて巨大な全容が見えてくる。
「うへぇ」
感嘆とも呆れとも取れる声を上げたのは、ドランだ。
三重の城壁、ざっと数えて10はある尖塔、そして巨大な城。
一番外側の城壁の、さらに外側に広がっている街並みーおそらくは貧民街ーとの対比が酷い。
俺たちが乗せられた馬車は、街に入る時に簡単なチェックを受けて、ディモールの中に乗り入れていく。
街中でも速度を落とす気配がない。
鳥目線では、一行の前方から、蜘蛛の子を散らすように逃げていく人々が見える。
「大丈夫かな?」
ノマが心配そうに呟いた。
年寄りや幼児の姿も見えるので、ひかれないのか気が気でない。
幸い事故もなく、馬車は城内に入る事が出来た。
「お前らはここで待っておれ」
俺、シャル、ノマは城門に近い一室で待機を命じられた。
武器の類は、馬車に置くように言われている。
しかし、この部屋、椅子も机もないんですが。窓も、天井近くに明かり取りの小窓があるだけだ。
最近、こんな窓ばかりだな、と思ったがちょっとした変化があった。鉄格子入りだ。
ドアは分厚い木製で、閉めた時に外側から閂をかける気配がした。
「一応、トイレが個室なだけ馬車よりもマシ、なのかな?」
シャルが苦笑しながら言うように、申し訳程度に壁で仕切られたトイレが、奥の方にある。
「覗き窓もなさそうだし、そういう意味では良い部屋だな」
一番困るのは、常時監視される事だったが、そういう心配は不要のようだ。
警戒しているというより、5層の平民なぞには徹頭徹尾関心がないということだろう。
「実に好都合」
ノマがニコリと微笑む。良い笑顔だが、邪気がないとは言いがたい。
イシュルたちの目や耳を使って、盗み見るんだから、しょうがないが。
ちょうどオロンの挨拶が終わったところだ。
だいぶ離れた1段高い場所に座っている第2ダンジョン卿は、まったく関心がなさそうだけど。
確かシェニア侯爵だったか。座ったままで隣に立つ男性に何事か言っている。
「そこに立っている野蛮人どもが、5層の住人か」
侯爵に言われた男が、大声で叫ぶ。
この部屋広すぎだろう。差し渡し50米くらいありそうだ。
「野蛮人かどうかは知らんが、いかにも5層の住人だ」
ドランが大音声で返す。
「無礼者!誰が直答を許した!」
「客に対する礼儀を知らんモンに、無礼者呼ばわりされても、痛くも痒くもないの」
あー、コリャあかん。
ドランは、完全に切れている。他の二人も同様だろう。
俺たちに対する扱いが、気に入らないからに違いない。
一応片膝をついてはいるものの、最初の礼を行なったのちは、傲然と胸を張っている。
その態度に、周囲に控えている兵士たちも反応している。剣の柄に手をかけたり、槍を半ば構えかけていた。
「フン。愚かな蛮族は、武威をもってでなければ、従わんか」
侯爵が呟いた。シモベたちの鋭敏な聴覚は、明瞭にそれを捉えている。
「武威?ごっこ遊びを最近はそう言うのか」
おーおー、アオリよる。
イシュルのセリフに激烈に反応したのは、侯爵の後ろに立つ、派手な鎧のおっちゃんだ。
伯爵のところの百騎長より派手で、なおかつ太っている。
血管が切れて倒れるんじゃないかという程に、真っ赤な顔をしている。
顔面蒼白なオロンと、好対象だ。
「ごっこ遊びだと?!我が兵の力、その身に浴びてみるか?」
その武官の言葉に、兵たちが一歩前に出る。
すると侯爵が、武官の方を向く。
「千騎長。わざわざ兵どもを使う必要はあるまい。アレを有効利用すれば良い」
侯爵の言葉に、千騎長は一瞬虚をつかれたように黙り込む。そして破顔した。
「さすがは閣下。ご叡慮感服いたしました」
イシュルたちの方に向き直ると、千騎長が歪んだ笑顔で呼ばわった。
「貴様らの大言壮語。本来なら吾輩と吾輩の兵が教育するところだが、それではあまりに貴様らに不利であろうとの侯爵閣下の仰せだ」
千騎長の言葉をイシュルが鼻で笑っている。
「まずは、2層の反逆者をもって貴様らの実力を明らかにしてやろう。誰が、反逆者どもを連れて参れ!」
その言葉に10名ほどの兵が走って、どこかへ行く。
3分も待たずに、兵たちに連れてこられたのは、6人の獣人たちだった。