47 世情
トリモールに来て10日たつが、先触れはまだ戻ってこない。
馬で移動しているので、最短で往復10日という話しだったが、さすがに最短では無理だったらしい。
「たぶん、第2層で時間をとっているのだろう」
気安く俺に言ってくるのは、なんと伯爵閣下だ。
一介の尖兵である俺たちを妙に気に入ってしまったらしく、事あるごとにやってきては、話しかけてくる。
「デレク君たちとの話しは有意義だからな。問題ない」
「父は、貴族としては型破りですからね。他の貴族もこうだとは思わない方がいいですよ」
一緒にやってきて、俺たちとくつろいでいる伯爵公子も充分型破りだと思う。
「他の貴族?」
ノマが首をかしげる。
「例えば第2ダンジョン卿ですね。侯爵閣下は、たぶん下々の者とは言葉を交わしもしないと思いますよ」
「彼奴は庶民を人と思ってないからな。まして獣人の扱いたるや」
伯爵が吐き捨てるように言う。自分より上級の貴族に対する嫌悪を隠そうともしていない。
「父上」
さすがに公子がたしなめた。
「ああ、これは失礼」
「いえ。2層には獣人がいるのですか?」
開拓村には獣人はいなかった。3層でも、ここにくるまでは見かけなかった筈だ。
「ああ、獣人の森と呼ばれる森があってな。そこに獣人たちの村があった」
「過去形?」
ノマの言葉に伯爵が頷く。
「今の第2ダンジョン卿が継いだ時にな。焼き払いおった。今では、20人もおるまい」
「どうしてそんな事を」
その言葉に伯爵がシャルの方を見た。
「当時、儂も侯爵をそう問い詰めた。彼奴はなんと答えたと思う?」
俺たちは、公子も含めて黙って伯爵の言葉を待った。
「そこが、いい土地だっだからだそうだ」
「クソ野郎ですな」
「同感だ」
俺の吐き捨てるような言葉に、伯爵が同意する。
侯爵という高位貴族に対する言葉だが、飾ろうとは思わなかった。というか、飾ってもクソはクソだ。
「だがな、その糞野郎は、第2層の最高権力者だ。兵力もレベルは我が兵と大差ないが、倍以上の数がいる。貴公らは、そういった場所を抜けて行くのだ。気をつけられよ」
「5層の探索の方が気楽だな、こりゃ」
その言葉に伯爵は、声を上げて笑った。
「貴公らの実力では、そうかもしれんな」
「最近では、第1層もあまり良い噂を聞きませんしね。あまり評判の良くない者を叙爵したり、とか」
公子の言葉に俺はガルテア子爵領の村の事を思い出した。
「そういえば、3層に入ってすぐに、新しく貴族になった方の領地を見ましたが」
「ああ、新領地が増えてね。せめてベテランの農民で開拓してくれれば、いいんだが」
「儂らも、農業を指導できる者を巡回させているんだが、開墾から指導するので人も時間も足りん」
「ああじゃあ、あの新領地もまだ援助が届いてなかったんですね」
この伯爵の性格では、子供たちを困窮させたまま、放っておくのはおかしいと思ってたんだよね。
「ん?援助自体は、一通り行ったはずだが」
伯爵は公子の方を見る。
「そのはずですが。どこら辺の領地でしょう」
俺たちは出来るだけ詳しくガルテア子爵領の場所を言う。
「そんなところに村があったかな?それにガルテア子爵?」
公子が部下を呼び出して、確認をする。
「ガルテア子爵様叙爵の通知は来ておりますが、領地の連絡は来ておりませんな。もちろん、移民の話もありません」
40歳代で小太りの役人が、帳面を片手に汗を拭き拭き報告する。
おいおい、大丈夫かよ、王国。
「村を確認して、援助や指導の必要性を検討しなさい」
公子の指示で、小太りの役人は急ぎ退出した。
「俺たちでやれる事はやっといたんで、急いでやらなきゃいけないことは、多分ないかと思いますよ」
「誠にかたじけない。感謝する」
なんと伯爵と公子が揃って俺たちに頭を下げた。
まさか、貴族から、それもダンジョン卿から頭を下げられなんて思ってもみなかった。
俺たち3人は、一斉に立ち上がって、頭を上げるように頼むこむ。
しかし、開拓村にもっとも近い大貴族が、この人たちだというのは、もの凄くラッキーなことかもしれない。
5日後、王都への先触れに同行してやってきた、第2層の兵たちを見て、俺たちはその思いを一層強くするのだった。
読んでいただいて、どうもありがとうございます
次回(3月20日アップ予定)は、掲示板回になるので、だいぶ短くなると思います。