44 模擬戦 その2
始めの合図がかかったが、俺は少し様子を見た。
というのは嘘で、わからないように仕込みをしてある。
一方、向こうは俺の足元に〈軟泥〉をかけてきた。じわじわと身体が沈んでいく。
自分で多用するだけに〈軟泥〉に対抗する策は考えてあるのだが、あえてそれせず、相手の右半分に〈軟泥〉をかける。
それを見て左半分の兵が、走って接近しようとする。
足を封じられる前に接近して、できれば槍の間合いに入ろうという事だろう。
だが
「うわ!」
悲鳴を上げて、前のめりに転ぶ兵たち。
最初に行った仕込みだ。
相手の前面に、表面だけを残して〈軟泥〉をかけていたのだ。
いわば一種の落とし穴だ。
横一列で、かなりの勢いで突っ込んだので、身体全体が泥に浸かっている。
窒息はしてくれるなよ。
一瞬、呆然としていた右半分の兵は、隊長の号令に我にかえる。
膝まで泥に捉えられたまま弓を構え、あるいは魔法の準備に入った。
でも遅い。
俺は〈整地〉で前方の地面を持ち上げ、幅1米、高さ3米の土塁を作り出した。
向こうの攻撃は、全て土塁に阻まれる。
一応、鏃はとってあるし、魔法も最弱でって事になっているが、みすみす喰らいたくはない。
ドカンと大きな音がした。
おいおい、結構、本気の〈火球〉じゃないか。
土塁を普通に作っててよかった〜。
あとは、土塁の影から嫌がらせの様に、小さな〈水球〉を山なりに撃つだけだ。
当然相手の兵は目視できないが、探知でだいたいの位置はわかる。こっちが物陰に隠れていても、命中率には影響はない。一応、わざと半分くらいは外しているけどね。
「やめ!終了だ!」
鎧のおじさん。百騎長が終了を宣言する。
そろそろ魔力がなくなる振りをしないと駄目かな、と思っていたので丁度いい頃合いだった。
土塁から顔を出してみると、兵たちは泥と水にまみれて、酷い見た目になっている。
「あー。なんかごめんなさい」
謝らずにはいられない感じだ。
だけど、本人たちは案外明るい感じだった。
「いや手も足も出なかったよ」
「あんな魔法の使い方があるなんてなぁ」
「あんた、魔力量すごいな!」
泥から脱出しながら、口々に声を掛けてくる。
「いや、見事なものだ」
伯爵が手を叩きながら、近付いてきた。
「魔法の実力もさる事ながら、相手に実力を出させない様にする立ち回りが素晴らしい!」
「全くです。これが実戦で培われた凄みという奴ですかね」
伯爵と公子が気持ち悪いくらいに激賞する。
表情を伺うと、他意はなさそうに思える。でも、貴族だからなー。腹わたが煮えくりかえっていても、にこやかに笑っていそうなイメージがある。
偏見だけど。
(逆に感情を抑える必要が無いんで、取り繕うことができないんじゃ?)
うん。ココアも偏見が酷いね。
「どうだろう、百騎長。やはり、実戦経験を積ませた方がいいんじゃないかね」
唯一、面白くなさそうな顔をしている百騎長に伯爵が尋ねた。
百騎長は、しばらくそのままの表情で黙っていたが、やがてホウッと息を吐いた。
「この結果では、訓練だけで充分だ、とは強弁できんでしょうな」
「決まったな」
伯爵は、大きく頷いた。そしてわけが分からずにいる俺たち、正確にはオロンの方に向きなおった。
「いずれ正式に申し入れるが、第5層の開拓村に、我が兵を交替で派遣したい」
読んでいただき、どうもありがとうございました。
2分割した結果、どちらも中途半端な長さになってしまいました。
一応後半は戦って(?)おります。
デレクが近接スキルを得られないのは。無理もないですね。