42 懇談
「良くおいで下さった。歓迎しますぞ」
そう言って出迎えたのは、40歳くらいの目つきの鋭い男と、20歳ほどの優しげな顔付きの男だった。
他にも護衛らしき連中が10人ほど控えている。
「第三ダンジョン卿キャシャール伯爵エナルトと申す」
いきなりの伯爵登場だ。
「キャシャール伯爵公子マレットです」
若い方も名乗る。伯爵親子だよ。
慌てて片膝を付こうとする俺たちを、伯爵が身振りで抑えた。
「あまり堅苦しくしたくないので、この部屋に呼んだのだ。気楽にしてくれ」
確かに謁見といった雰囲気ではなく、応接室での懇談といった程ではある。武装兵に取り囲まれているけれど。
もちろん俺たちの武器は、最初に預けてある。
敵対的とかギスギスしているわけではない。第3層の統治者にお目通り願うのだから、当然の処置だろう。
伯爵本人は、フレンドリーですらある。俺たち3人にも、椅子を勧めたくらいだ。
伯爵のイシュルたちからの評価が、爆上がりしたのは言うまでもない。
「トロルやオーガがうろつく森の中に集落ですか」
感じ入った様に伯爵が言う。
「驚くほどのことはないでしょう。こちらのデレク殿たちでも入ってこれる森だ」
思わず顔を顰めそうになる。そこで俺たちをアピールしてどうする。
「そういえばそうだな。貴公らもトロルを倒せるのか?」
案の定食い付いてしまった。平定軍を蹴散らしたトロルを倒せるとは、公言出来るない。あまりに目立ち過ぎる。
「せいぜいオークがやっとです。それ以上の魔物は、探知や潜伏を使ってやり過ごすだけです」
「なるほど。それでもオークを倒せれば立派なものだ。しかも二人はたおやかで美しい女性とくる」
「いや、たおやかと言うわけでは…イテ!」
正直に訂正した俺の頭をシャルとノマが両側から引っ叩いた。
その動作が目で追えなかったのだろう。護衛たちが一瞬ざわついた。
「なるほど。やはり深い層で鍛えた尖兵は、やはり侮れんな」
「まことに」
伯爵と公子は頷きあっている。
俺をひっぱたく速度で実力を計られる、というのは非常に複雑な心境だ。
「ところで、イシュル殿たちは王宮に挨拶に行かれるそうだが、その、王宮にもお仲間たちがいるのをご存知か?」
伯爵が奥歯にものが挟まったような、もの言いをした。
「そちらの王族に飼われている者がいるというのは、聞いた」
イシュルの言葉に感情は見られない。
ちなみに俺たちも良く知らなかったので、出発前にいろいろ調べてみたのだが、王国内にいるエルフ、ドワーフ、ノームの扱いは酷いものだった。
「飼われている」という言葉に嘘いつわりはない。本当に王宮で飼われているのだ。主に性的な愛玩動物として。
「そ、そうか。不愉快ではないのかな?」
「別に。弱き者が強き者に支配されるのは、良くあることだ」
そこで初めてイシュルは感情を現した。
「我々を弱き者だとみなした者には、それ相応の報いをくれてやるがな」
唇を歪め、怒気を瞳に写した。
美形がやると迫力があるね。
だがさすがに第三ダンジョン卿ともなれば、その程度ではビビらないようだ。困惑はしているようだが。
「同胞の境遇に同情しない、と?」
「わたしの同胞は里の者のみだ」
「なるほど」
イシュルの言葉は、本音だけに真実味があった。
こうやって「イシュルたちは、1層のエリアたちに興味がない」という印象を積みあげておく。
理由?
そりゃ囚われのエルフたちを強奪して、マイダンジョンに招くためだ。
「なにはともあれ、貴公らを歓迎するので、しばらく滞在してくれ。その間に第二ダンジョン卿と王宮にも先触れを出しておこう」
「ご厚意痛み入ります」
オロンが頭を下げた。
「その見返りというわけではないのだが」
伯爵がイタズラっぽく笑った。
「滞在している間に、ちょっと頼みたいことがある。イシュル殿たちにではなく、デレク殿たちに、だが」
「え?俺たちに?頼みたいこと、ですか?」
予想だにしなかった成り行きで、驚きの声が出る。
「ひとつ、我が兵たちと戦ってもらいたい」