38 村の事情
「孤児だけの村?」
食事の用意をしていたみんなが、一瞬手を止めた。
年長の男女、アモスとメリーの話はこうだ。
最近、王国では新たに貴族に叙される者が、多いという。一年に20人ほど新貴族が増え、そのうちの半数が領地を賜っているそうだ。
その領地は3層の未開拓地。当然、領民はいない。
とすると、領民を募集するわけだが、未開拓地は理由なく未開拓だった訳ではない。なんらかの困難があって、未開拓だったわけだ。
当然、そう簡単に領民希望者も集まらない。そもそも、開拓そのものが重労働なのだ。その上、普通の開拓よりも大変となれば、そりゃ希望者も少ないだろう。
となれば、どうするか。
「タチの悪い新領主は、領民狩りをしたと聞きます」
メリーが言う。
街の浮民や農家の次男、三男などを兵を出して徴集したという。その民にも領主がいるはずだが、領地の拡充が望めない領主は、積極的に協力したそうだ。
「人が余ってるなら、開拓村に来てくれりゃいいのに」
俺が、そう愚痴ると思わずといった感じでオロンが頷いた。
「ガルテア子爵のタチは?」
ノアが尋ね、アモスとメリーは顔を見合わせ苦笑いした。
「まあ、いい方でしょうね。僕らは2層で運営に困っていた孤児院の出身者です」
なるほど、経営の困っていた孤児院に、人減らしとして領民募集をかけたわけか。
「タチがいいのかなー。それ」
「強引だったけど、無理矢理じゃなかったですしね。村を作る時も資材や道具は、たくさん用意してくれてました」
彼らの住んでいる共同小屋の他に、もう一棟ある小屋には、農機具類が入っているらしい。
それなりに用意は整えて、そう悪い領主ではないけど、現実を知らないといった感じか。
「それで、その御領主様は?」
俺が尋ねると、二人は目をパチクリさせた。
「え?1層にいらっしゃいますが」
「そういうものなの?」
オロンに視線を向けると、彼も首を捻っている。
「領地持ちの貴族は、領地に住むものなんだがな」
「そうなんですか?」
「今の国王陛下になって、変わったのかもしれんし、ガルテア子爵の事情かもしれんし。よくわからんな」
そんな事を言っているうちに、食事の用意が整った。
4層で狩ったフサネズミの肉と野菜の入ったスープに、ビスケットだ。
「ビスケットは、スープに浸して柔らかくして食べてねー」
「慌てない。おかわりはタップリ」
シャルとノマが子供たちの抱えた木の椀にスープを注ぎながら、注意を与えている。
子供たちは、夢中になってスープをすすり、ビスケットを齧っては、おかわりに並ぶ。
中には口一杯に頬張りながら、泣いている子もいた。
「本当にありがとうございます」
アモスとメリーが深く頭を下げた。
「いいから、あなたたちも食べる。食べたら、傷を治すから」
ノマがお椀を二人に押し付けた。
「でもこれで、めでたしめでたしとはいかないよな」
俺は大きくため息をついた。
ここまで追い込まれたのは、一番の働き手アモスが怪我をしたからだろうが、それはあくまでキッカケに過ぎないだろう。
畑の様子を見ても、この村は遠からず破綻したはずだ。
このまま俺たちが去ったら、同じことだ。
というわけで、俺は念話でイシュルたちに指示を出す。
「オロン殿、人族の王国の官吏として、この村をこのままにしておくつもりかな?」
イシュルがオロンに迫った。
ちなみに子供たちは人心地がついて、改めてエルフやドワーフ、ノームがいることに気付いたらしい。目を丸くして驚いている。
「我々もこのままでは、寝覚めが悪い。畑を広げるくらいは手伝うが」
ドランが背に背負った斧の柄を撫でながら言う。
武器に手をかけ脅しているように見えなくもないが、気のせいだろう。
「肥料も大目に持ってきていますしね」
ノエルは声も表情も穏やかだが、大柄なので迫力がある。
「わたしからもお願いします。父上!」
おお。ナイストドメだ、エスタ君。
オロンは、しばらく目を閉じて考えていたが、一つ大きく頷くと、晴れやかな表情で言った。
「期日の限られた旅ではない。少しこの村の自立を助けるか」
歓声が上がった。
読んでいただき、どうもありがとうございます。
前話の前書きにも追加しましたが、話数が20話あたりから、ずっとずれていたので修正してあります。
いや、お恥ずかしい。