35 第4層
一週間後、一層へ旅立つ俺たちは「階段」の前でみんなの見送りを受けていた。
思ったより見送りの人数は多い。村長やオドはもちろん、10人ほどが見送ってくれている。
一番目立つのはオロンの奥さんかな。もともと、美人で目立つ上、目にいっぱいの涙を溜めて立ち尽くしている。
旅立つ夫の為もあるのだろうが、大部分は息子の見送りの為だろう。
そう。もともと中央志向の強いオロンは、息子に中央を見せるために同行させることにしたのだ。
よって、奥さんは末の娘と2人で留守番となった。
他にも、一週間の間にドランやノエルから指導を受けた鍛冶屋や農夫の連中が見送りに来ている。
両方ともに新たに得た知識が、実に刺激的だったらしい。出発の直前まで、議論や実践を深めていた。
え?イシュル?
あー、うん。女性には人気だったかな。喋らなければ。
「では、行ってきます。村長」
オロンがそう挨拶すると、俺たちは「階段」へ足を踏み入れた。
一歩踏み入れると村の景色は消え、薄暗い石に囲まれた部屋に変わる。
第4層のいわゆるボス部屋だ。
第5層側と同様に「階段」を柵で囲っている。そこに3人の尖兵が歩哨として待機していた。
4層側の歩哨は、尖兵になったばかりの若手が3交替で24時間行っている。
ボス部屋は人がいる限り魔物が湧かないので、正解には歩哨ではなく湧き潰しなのだが、湧き潰しではさすがに士気が上がらないからね。
歩哨の3人と挨拶を交わすと、俺たちは本格的に4層に足を踏み入れた。
とは言っても4層は迷宮型の階層なので、景色に大きな変化はない。
ひたすらに通路が続くのと、たまに小部屋がある。
通路もキャラバンの馬車が通れるほどの広さがあって、狭いと思うほどではないのだが、やはり岩に囲まれている圧迫感はある。
「あまり好きじゃないなー。ここ」
襲ってきた噛みつき蜘蛛を、あっさりと返り討ちにしながらシャルが愚痴る。
「迷宮を好きな人なんていない」
ノマが同意する。彼女も同様に噛みつき蜘蛛を倒すとイシュルに渡して、無限収納袋(嘘)に入れてもらった。
「魔物の死体を残さないんですね?」
最後の一匹をだいぶ苦労しながら倒したエスタが、肩で息をしながら尋ねた。
エスタは、自ら志願して積極的に護衛として戦っている。オロンはいい顔をしなかったが、エスタが押し切った形だ。
「魔物の死体を残して、全てダンジョンに吸収されればいいが、瘴気として残れば新たに魔物を産む。きちんと処理して吸収させる方がいい」
そう丁寧に説明したのは、なんとイシュルだ。
村にきてからわかった事だが、イシュルは少年少女には、実に優しい。
「なるほど、そういう事なんですね」
エスタの笑顔に、戸惑ったようにイシュルが瞬きを繰り返す。
(ショタの笑顔に戸惑う美形青年。これだけで、ご飯3杯はいけますね!)
はぁ、左様で。
ココアの奇妙な言葉の原典(?)は判明したけど、それに慣れるわけではない。無視する方針には変わりはないのだ。
(ひ、ひどい)
「我々は4層以下に入った事はないが、広いのかな」
イシュルがエスタに尋ねた。
(これは、ひどいと広いを掛けたのでしょうか)
(違うわ!だいたい、イシュルには聞こえてないだろうが)
そんな馬鹿な会話をしていると、エスタが俺の方を助けを求めるように見ていた。彼も4層のことを知らないからな。
「4層は、他の層に比べると狭いよ。それでも、3層への『階段』に行くには一泊は必要だけど」
「そうでありますか」
俺が答えると思っていなかったイシュルが、挙動不審な返事をした。
そんな風にたわいもない話をしながらも、俺たちは大したトラブルなしに第4層を抜け、第3層に至る。
読んでいただき、ありがとうございます。
この頃ちょっと1話が短めなんで、なんとか頑張ろうと思っています。
ただ、冗長になっても困りますしね…