125 前哨戦その2
「無能な敵は嘉すべきかな、か」
キャシャール伯爵は、陣地の中央で椅子に座りながら言った。
椅子と言っても地魔法で整えられた、四角い岩であるが。
「その台詞はちょっと早いでしょうね。いまだに敵には2000以上の兵が残っているのですから」
隣に座っているソラスがたしなめた。
「それはそうだがな。こちらに全く損害なしに200の敵兵を討ち取ったんだ。少しは悦に入ってもいいだろう?」
「デレク殿たちの助力もなしで、ですからね」
ソラスも頷く。
驚くことに、あれからも王国軍小部隊の接触は継続的に行われた。
いや、「行われた」と表現すると、なんらかの目的があったかのようだが、要は王国軍は何も考えずに突っ込んで来ていたのだ。
あまりに接触が多い為、3層軍は進軍を中止、今いる場所に陣を構えた。
それからも王国軍の散発的な襲撃は続いたが、騎兵による警戒網に誘導され、待ち構えた陣地から反撃を受け、あっという間に撃破されている。
戦いそのものより、その後の遺体の処理の方が、よほど大変なくらいだ。
さすがに日が明けて午後になってからは、一段落ついたが、これは先行してきた騎兵のみの隊が全滅したからではないか、と伯爵たちは予想している。
つまり敵騎兵戦力は壊滅してしまったのだ。
これが事実なら、デレクが提案してきた作戦の成功率が格段に上がる事になる。
騎兵戦力の迂回包囲をどう防ぐかが、最大の焦点だったのだ。
デレクの考えていた対策は、密集している間に魔法で殲滅、という身も蓋も無いものだったが、思いもしない経緯であっさりと達成してしまった事になる。
「油断はできないが、今のところは出来過ぎなくらいにうまく行っている。まずは素直にそれを喜ぼう」
伯爵の言葉に、ソラスは深く頷いた。
だが、事態は伯爵が考えているよりも遥かに、3層軍有利に進んでいた。
「糧食がない?」
部下の報告に千騎長が、間の抜けた声を上げた。
「はい。トリモールを出発して3日目。そろそろ手持ちの糧食が尽きます」
「現地調達はどうした」
千騎長の言葉に、部下は肩をすくめた。
「調達先を我々が、ぶっ潰しちゃいましたからね」
本来は無礼であるその態度だったが、事態の馬鹿らしさが、それを咎めるのを躊躇わせる。
彼の言う通り、本来ならここに来るまでに2つの村を通過していたはずだった。それを根こそぎ破壊したのは、彼ら自身なのだ。
住民たちは、「叛徒」に従って逃げ出した後だったが。
「クソ!こんなことなら、中継地を残しておくべきだったな」
千騎長の罵りに、今度は部下も礼儀正しく沈黙を守った。
「補給部隊も順次到着していますが、思った程の量は確保できていません」
エルマーの情報も、千騎長の心を晴らすものではなかった。
「どうも、我々より遅れている隊が徴発しているようです」
「馬鹿者どもが!」
そう。今千騎長のいる集団も、組織立って行動しているわけではない。
徒士が主力の隊であるため、行動速度がほぼ等しく、結果的に集団になっているだけだった。
当然、練度の低い隊などは、さらに遅れている。
「今からでも、兵を集めて統一行動をした方がよろしいのでは?」
「だが糧食はないんだろうが!」
エルマーの進言に千騎長は激昂した。
「すぐに飢えて死ぬわけではありませんし、1日待てば遅れた隊も追いつくでしょう。補給部隊も到着する筈です」
「それよりも、今のまま進んで早期に叛徒どもを撃つ方が飢えずに済む!」
「いずれにしろ戦いは明日以降です。飢えてこのまま戦うか、飢えていても態勢を整えて戦うかかの違いです。後者の方が勝機が多いと考えます」
「勝機は疑いないのだ!ならば早い方が良い!いいな?!」
かくして、決定は下された。
読んでいただき、どうもありがとうございます。
もう一本連載中の「暗黒神(封印済)に転生したので、全力で暗黒神の復活を阻止します。」
こちら以上に投稿頻度が低いですが(苦笑)、よろしければご覧ください。