123 反攻その4
室内に入ると、そこには2人の男性がいた。
背は高いが、引き締まった、という言葉が全く当てはまらない印象の30代後半の男性。
彼は大きな机に片肘をついてだらしなく座っている。
一応、彼が3層にいる王国軍の総指揮官である将軍だった。
横に控えているのは、5層の尖兵出身であるエルマーである。将軍の副官として、やってきている。
「どうかしたかね?」
将軍が間延びした声で尋ねた。
あまりにだらしなく、無能に見えるので、もしかするとこれは擬態で、実際は有能なのでは、と思いたくなる。
だが、彼は嘘偽りない無能だった。
彼が3層平定軍の指揮官となったのは、彼の妹が国王の寵姫だったからに他ならない。
子爵である彼を伯爵とする為の箔付けとして、やってきたのだ。
「叛徒キャシャール伯爵が、300の兵を率いて、ここトリモールを目指しております」
千騎長が報告した。
「へえ。反省して、詫びに来るのかな?」
「は?」
千騎長は間抜けな声を上げた。
「だって、ここには2000人の兵がいるんだろ?」
「はい閣下。2300名の兵がおります」
呆然としている千騎長に変わり、エルマーが答えた。
「そこに300で攻め込むなんて馬鹿な事はしないだろう。降伏だよ降伏」
これで王都に戻れると思ってか、ニコニコしながら将軍は言った。
「その可能性は高いでしょう。ただ、同じくらいの可能性で、戦いを挑んでくることもあると愚考します」
上官の考えを否定しないという、見事な官僚的答弁をエルマーはした。
「そうかい?無駄死にじゃないか」
「もしもわたしがキャシャール伯爵の立場ならば、将軍閣下か千騎長殿、できればその両方の首を狙います」
「うへえ。どうすればいい?」
戦いになるかもしれない、ということでテンションの下がった将軍が尋ねる。
「叛徒どもが、自らネグラから出て来たのです。断固、叩き潰すべきです」
気をとりなおした千騎長が断言した。
「そっか。じゃあ頼む」
戦いの気配に既に興味を失っている将軍は、椅子に深く腰掛け素っ気ない調子で言った。
「閣下は如何なさいます?」
「そりゃ、ここにいるさ」
千騎長の問いに、ビックリしたように答える。
「狙われているかもしれないのに、2人とも出るわけにはいかないよ。そうだ、エルマー君。僕の名代として参加してくれない?」
「は!」
「よしよし、これでカッコもつくよね。あ、でもトリモールが手薄になっちゃうのは、おっかないなぁ」
「明日、300名の増員が参ります。彼らを守備に残せばよろしいかと」
エルマーの言葉に、将軍は破顔した。
「じゃあ大丈夫だね」
執務室から出たところで千騎長と共に退室したエルマーが、ソッと囁いた。
「戦闘中は、私も千騎長殿の部下としてお扱い下さい」
「しかし、君は将軍に報告せねばならないだろう」
「あの方は、勝敗くらいにしか興味はお示しにならないかと」
「なるほどな」
将軍との会話にうんざりしきっていた千騎長は、やっと微笑むのだった。