120 反攻その1
前回、未来の話を少し書きましたが、元の時間軸に戻ります。
「反攻?」
俺の言葉に、キャシャール伯爵が呆れた表情を見せる。
「失礼な物言いになるが、正気かね?」
今、俺たちがいるのは、3層から領民たちを脱出するために確保してある3つの町のうち、中央にあるフクサだ。
ここが脱出作戦の前線司令部という位置付けでもある。
「正気のつもりでいるけど」
ためらいなくいう俺に、伯爵はため息をつく。
「うちの兵力は知っているかね?」
「200人くらい?」
「それに諸侯の手兵が100ほどいますので、合計300人ですね」
伯爵の相談役に収まっているソラスが補足した。
「それが、ここフクサ、西のモーオ、東のライグの3つの町に分散している」
撤退拠点を守る為だ。兵力の分散はしょうがない。
「それに対して王国兵はどれくらいか、知っているかね?」
「2000くらいかな?更に増強しているみたいだけど」
「知っているじゃないか」と伯爵は呟いた。
「それで、こちらから攻勢をかけると?自殺行為じゃないかな?」
「じゃあこちらからも聞くけど」
あまり嫌味っぽくならないように気をつける。
「5層への撤退にあとどれくらいかかる?」
伯爵は天を仰いだ。
「どんなに急いでも2ヶ月だな」
随分と楽観的な数字に思える。
手段を選ばず、2万を超える領民を階段周辺に集めたのは見事だと思う。でも、4層は迷宮構造だ。
迷宮構造の層はどんなに瘴気を抑えても、魔物の発生を止める事は出来ない。
つまり、必ず護衛付きで領民を輸送する必要があるのだ。その護衛は5層の尖兵がやっているが、2万人を移動させるのには、とにかく時間がかかる。
しかも領民たちは、取るものも取らずに避難してきている。彼らを食べさせる食料も5層から運ぶ必要があるのだ。
4層はかつてないほどの大渋滞に見舞われているはずだ。
まあ、食料に関しては、こっそりマイダンジョンからも送っていたりもするが。
いずれにしても、2ヶ月というのはかなり楽観的な数字だ。半年以上になっても俺は驚かない。
だが、楽観的な数字を出さざるを得ないというのも、わかる。
「その期間、守りきれますか?」
俺の問いに伯爵とソラスは顔を歪めた。
そう。例えこちらから攻勢に出なくても王国軍は、関係なしに攻めてくる。
3層を荒らすという目的に合致するからだ。
脱出と防衛、二つを秤にかけてなんとか絞り出したのが2ヶ月という数字なのだろう。だが結局どちらもなし得ない数字になってしまった。
「ただ防衛しているだけなら、2ヶ月も持ちませんよ。しかも向こうが攻撃する箇所を自由に選択できる」
「だから、こちらから積極的に動こうというのか?」
「王国軍の半数も撃破すれば、半年どころか1年は稼げますよ」
「それどころか、これ以上撤退する必要もなくなるかもねー」
シャルが楽観的な事を言う。
実は、それが本当の俺の狙いだ。
3層に、なんとか足がかりを残したい。
俺たちが3層を去れば、王国の連中は本格的に3層を荒らすだろう。
せっかく瘴気を減らしてきた旧ダンジョンを、荒らす事は許す事は出来ない。
人類の生存の為にも、俺のダンジョンマスターとしての本能の為にも。
他のマスターのダンジョンだろうと言われればその通りなのだが、本能的に瘴気が増えるというのは、どうしても許せない。
まだ魔素と均衡しているというのなら、我慢できるのだが。
「確かに君たちなら、圧倒的な不利でも逆転できるかもしれないが」
公子が俺たちを見て考え込む。
「俺たちだけで、王国軍を掻き回すというのも、短期ならありですが、長期的にはダメでしょうね」
「所詮は3人。王国軍はわたしたちを避けて、他を攻める」
ノマの言う通り、王国軍にまともな頭があったら、わざわざ俺たちに戦力をぶつける訳がない。
「だから餌をまく」
ニヤリとノマが悪い笑みを浮かべた。




