116 救出その1
「ひどいもんだな」
俺の目の前に広がる風景。
それは死体の山だった。
全て3層の領民だ。
普通、人間に限らず死骸は3日でダンジョンに吸収される。
死骸を食ったり、素材を取ったリするのは、その間に行う。
死骸から切り離した肉や素材は、ダンジョンに吸収される事はない。一体どうやって吸収される物とされない物を区別しているのかは、ダンジョンマスターになった今でも、良くわからない。
食肉なんて、吸収される死骸より大きいのに、ちゃんと残るもんなぁ。
目の前の悲惨な光景に、心が追いつかなかったせいもあり、下らない事を考えていた。
無造作に投げ捨てられている死体は、老若男女合わせて100体ほどだろうか。
つまり、この3日間以内で最低100人の領民が殺されている、という事だ。
しかも、この死体はここで殺されたものではない。
この近くに村や町はないし、大きな道も通っていない。
ここに死体が集められたのは、3層では少なくなった手付かずの森が広がっているからだろう。
ここでダンジョンに吸収させ、瘴気を増やしたいのだろう。
「瘴気が濃ければ、魔物が発生しやすそうな土地です」
ココアが珍しく、吐き捨てるように言った。
「あいつら、本気で3層を狩場にしようとしてるんだな」
多分、俺も同じような口調だろう。
「あ!」
ココアが素っ頓狂な声を上げた。
「どうした?」
「まだ息のある人がいます!」
「なに?」
慌ててココアがいう方向に向かう。
冷たい死体の中に、確かにまだ微かに温もりのある身体がある。
若い男だ。
急いで治療魔法をかける。
「マイダンジョンで治療しましょう。あっちなら、死んでなければ全快させられます」
あっちだとダンジョンマスターの権能が使えるからな。
「いっそのこと、この人たちを全てマイダンジョンに入れるか」
うん。それがいい。
さすがに死者は生き返らせないが、マイダンジョンでなら完全に力素として吸収できる。
このまま埋葬もされず、瘴気と化すよりはまだマシだろう。
生きている人間の、勝手な言い草かもしれないが、
感傷を振り払い、死体をマイダンジョンに送り込む。
驚いた事に、まだ微かに息のある人が14人ほどいた。
マイダンジョンで、治療を行い全快させる。身体欠損などもあり、力素を大量消費した。
その消費量が、他の死体を吸収した事によって得た力素と、ほぼ同量だった事に感傷的になってしまう。
死者が生者を生かそうとしているような。
「一体ここは?」
イブンが目を覚ましたのは、見知らぬ建物の中だった。
簡素なベッドが並べられ、人が横たわっている。
彼自身も、その中の一つで寝ていたようだ。
「そうだ!父さんと母さんは?」
意識を失う前の事を思い出す。
生まれ育った土地を捨て、5層へ逃げ出す途中だった。2層兵に襲われる荷を奪われて、腹を刺されたはずだった。
思わず腹を押さえるが、特に痛みは感じられない。
ベッドに寝ている者を確認したが、両親はもとより、知った顔はいないようだ。
「一体、ここは?」
先程と同じ問いが口をつく。
「気がついたようじゃな」
背後から、可愛らしい声がかかった。