115 逃亡その5
最初に反撃に気付いたのは、誰だったのか。
「気をつけろ!背後が泥地になっている!」
小山を取り囲む騎兵たちの背後で、彼らをさらに包囲するように泥沼が広がっていた。
深さはわからないが、重装備の騎兵を乗せた馬が入り込めば、足を取られて転倒するのは避けられないだろう。
試しに手にした槍を突っ込んでみた兵がいたが、泥の深さは30糎以上ありそうだった。
奇妙なことに泥沼は徐々に広がっていっている。
小山の方に。
騎兵たちは、強制的に小山に向かって追いやられているのだ。
「クソ!奴の魔法か?!」
そう叫んで十騎長が振り向くか、女性は、すでに小山の中に戻ってしまっていて姿がない。
泥沼は、どんどん広がり、すでに小山までの距離は20米ほどだ。
この〈軟泥〉は、コゴローンたちの仕業だ。騎兵たちに見つからないように、周囲を転がりながらかけているのだ。
突如、小山の側壁が開いた。
近くにいて、それを目撃した騎兵が、好機とばかりに槍を構えて突撃した。
側壁に開いた穴から、あるものが出てきて、すぐに閉まる。
出てきたのはゴーレムだった。
まずいと思う間もない。
ゴーレムが右腕を振ると、拳大の石が飛んできた。
騎兵の右肘を砕く。
騎手が落馬しても、馬は命じられた通りゴーレムに突っ込んで行く。
その馬をゴーレムが、ガシリと受け止めた。
真っ向ぶつかったように見えたが、ゴーレムはその硬い身体でどうやってか、衝撃を逃したらしい。
人の体格の5割増しの大きさで、全身が岩でできたゴーレムはもちろん、馬もケガはないようだ。
馬が、いななきもせず大人しくなった。
ゴーレムは、妙に人間くさい動作で馬の首筋を叩くと次の目標に向かった。
それは、死の鬼ごっこであった。
鬼は、もちろんゴーレム。
騎兵たちは、反撃もままならず逃げ惑う。
しかもフィールドは、徐々に狭まっていく。
フィールド外に逃げようとしても、泥にはまって動けなくなったところを、岩弾で打ち抜かれる。
仕舞いには、馬を巡らす場所さえなくなり徒で逃げる羽目になった。
無駄な努力ではあったが。
実際には死者が出ていない事に気付いたのは、ゴーレムに一塊りに集められた時だった。
すでに泥沼は固められ、小山も綺麗になくなっている。
小山の内部に避難していた領民たちは、少し離れた場所で、敵意に満ちた視線を兵たちに送っている。
「馬と武装は全ていただいていく」
ノマが、倒れ伏した兵たちに宣言した。
そう。ゴーレムは馬を傷つけないように注意して戦い、それに成功していた。
そして、ノマが命じたのは、それだけではない。
「あなたたちの命を取るつもりも、捕虜にするつもりもない」
更なる言葉に兵たちに、安堵が広がった。
次の瞬間に、絶望に突き落とされるのだが。
「あなたたちは、手足のいずれかが使えなくなっているが、本隊に暖かく迎えられる事を祈っている」
「そ、そんな」
呻いたのは、十騎長だったか。
「それでは」
ノマも領民たちも、二度と振り返る事はなかった。