113 逃亡その3
ベイクは、幸運と言えたかもしれない。
小娘の魔法で即死した兵が多い中、右腕が肘の手前で切断されただけで済んだのだから。
痛みと出血に苦しんでいると、治療魔法までかけてもらえた。
出血量が多く、意識が朦朧としていたので、誰が治療をしてくれたのかはわからなかったが、微かに甘い香りがしたような気がした。
なんとか礼を言おうとしたが、そのまま気を失った。
「伍長。ベイク伍長」
どれくらいたったのだろう。誰かが身体を揺すり、目が覚めた。
まだ意識がはっきりしない中、声の方を見ると、同じように地面に這いつくばっている兵が見えた。
見覚えのある兵だったが、顔色が悪く人相が変わっている。
見ると左膝から下がない。
「救援です。救援が来ました!」
兵は目をギラギラとさせて、一点を指差す。
そこには騎馬の一団が見える。
全部で30騎ほどか、
「おお!本当だ!」
ベイクは兵と支え合って、なんとか立ち上がる。
周囲には他にも何人か兵が呻いていたが、はっきり意識を取り戻しているのは、ベイクたち2人だけのようだ。
「逃亡者を追っていた隊の者か」
一団はベイクたちの前で馬を止めて、鞍上から問いかけた。
十騎長の肩章をつけている。
「は。第二先遣隊第三隊のベイク伍長であります」
「ベイク伍長、この惨状はどうした?」
「は。逃亡者たちを追い詰めたところ、突然現れた女魔法使いにやられました」
「ふむ。死体がないな」
十騎長は、そう呟いて辺りを見回した。土の掘り起こされた跡に気がつく。
「埋葬済みか。丁重なことだ」
顔を顰めてそう言うと、表情を明るいものに切り替えた。
「伍長。ご苦労だった。ゆっくり休んでくれ」
「は!ありがとうございます!」
「おい、誰か送ってやれ」
十騎長の言葉に10人ほどが馬を降りて、倒れている兵を含めて、伍長たちに近付く。
そして、手にした剣で伍長たちの胸を貫いた。
「な、なぜ」
絶望の瞳で、ベイクは十騎長を見る。
「もう戦えない貴様たちの為に、兵を割くわけがなかろう?せめて、瘴気を生んで王国の役に立ってくれ」
騎馬の一団が去った後には、死体が6つ残されていた。
◇◇
話を聞くと、逃亡者の一行は全員が同じ村の出身というわけではなかった。
大人たちは、シモベの視界で確認した虐殺が行われた村より、さらに西側に入った小さな集落だったらしい。
キャシャール伯爵の兵が避難指示を届けたのが1週間程前。
慌てて準備を整え、とりあえず女子供を中心とした第1陣を避難場所と指定されたモーオの街へ逃がしたらしい。
ここにいる男たちは、集落で他に必要になるものがないか確認して出発した、最終組という事だ。
そして虐殺が行われた村の近くを通った時に、子供たちを保護した。
子供たちは、虐殺から親がなんとか逃したようだ。
モーオで働く兄弟を頼れと言われたという。
(さて、どうする)
ノマは、一団の後方を歩きながら考え込む。
最初は、いっそのこと全員をマイダンジョンに保護する事を考えた。
しかし、他に家族がいるのでは、それは最終手段とするべきだろう。
マイダンジョンの存在は、あまりおおっぴらにする訳にはいかない。
少なくとも旧ダンジョンのダンジョンマスターの動向がわからないまま、新たなダンジョンマスターの存在が知られると、どんな事が起こるか知れたものではない。
ノマたちは、せいぜい高レベルの人間として振る舞うしかないのだ。
先頭で荷車を引くゴーレムを見ながら、ノマは思う。