112 逃亡その2
「ここは、任せて」
そう言って、ノマは領民たちに先に行くように促した。
「いや、しかし」
領民たちはためらう。
この一行は、荷車の上に保護している4人の子供以外は、若い男性である。
20歳にならぬ若い女性1人に、ここは任せて先に行けと言われても戸惑うばかりだ。
だが、そうこうしている間に2層兵が追いついてしまう。
「おいおい、女が1人増えてんじゃねぇか」
「しかも、極上だぜ」
兵士とも思えぬ下卑た内容の言葉を吐きがら、近付いてくる。
一応、武器は構えている。
「このまま立ち去れば、見逃す」
男たちの舐めるような視線に動ぜず、ノマは警告した。
「オイオイ、見逃していただけるとよ!」
「どうします?隊長。俺はお見逃しできないんですが」
兵士たちは笑いながら言い合う。
「もちろん。捕らえて取調べしないとな。全員で、みっちりな」
先任隊長の言葉に、全員が声を上げた。
「だとよ!」
「安心しな、お嬢ちゃんは、しばらく殺さないから」
「飽きるまではな」
「警告は、した」
ノマは、冷たい表情を変えず、そう言い置いた。
そのノマの様子を恐怖に凍りついている、とでも思ったのか、兵士の一人が恐怖を煽るように叫ぶ。
「まずは、邪魔な奴らに御退場願うかぁ!」
そう言って領民に向けて矢を放つ。
だが、矢は5米も飛ばずに空中で静止した。
「え?」
馬鹿笑いをしていた兵士たちが、凍りつく。
「恨むなら、自分たちの言動を恨む」
ノマは心象世界に想い浮かべていた魔法陣に、魔力を流し込んだ。
大人3人が手を広げて並んだほどの大きさの〈風刃〉が、兵士たちに飛んだ。
不可視で音もなく襲いかかる、必殺の刃だ。
一瞬の出来事だった。
13人は即死。6人は足や手を切断される重傷。かろうじて、3人が軽い傷で済んでいる。
「あ、ああ」
「うわぁ!」
軽傷の3人は仲間を見捨て、狂ったような大声を上げながら、逃げ出して行った。
「助かりました。ありがとうございます」
領民一行のリーダー格の男が、近寄ってきてノマに頭を下げる。
その後ろでは、一行全員が頭を下げていた。
4人いる子供たちは、ノマの背後に広がる惨状に、やや怯えた様子だ。
「いや、間に合ってよかった」
ノマは、右の口角をちょっと持ち上げた。
「死体を埋葬したい。手伝ってもらえる?」
「埋葬、ですか?」
ノマの提案に領民たちは複雑な表情になる。
仲間たちを殺し、自分たちも襲おうとした人間を埋葬するというのは、考えるところがあるようだ。
「このままでは、瘴気で穢れる」
ノマの説明に、納得の表情を見せる。
復讐心で埋葬を疎かにして、結果的に魔物を発生させては馬鹿らしい。
逃げた兵が、増援を連れてくるであろうから、埋葬はごく簡単に済ます。ノマの地魔法と、領民たちの協力でほんの数分で終了した。
さらに、重傷者たちに簡単な治療魔法をかけた。
もちろん、情けからではない。
かかるであろう追っ手に、少しでも負担をかけるために、生きていてもらわなくては困るからだ。
そして、一行は出発した。