111 逃亡その1
しばらくの間、胸クソ要素+ざまぁの繰り返しになります。
ご注意下さい。
ノマは、足を早めた。
前方を飛ぶ鳥のシモベが、襲われている領民たちを見つけたのだ。
ここは、3層の西側。
だいぶダンジョンの壁に寄った辺りだ。
3層では、壁は巨大な山脈として表現されている。
その山脈がだいぶ迫って見える。
ノマは、靴にも魔力を巡らし強化を行いながら、ひた走る。
靴に気を使うようになったのは、シャルの情報提供のおかげだ。
それはともかくとして、ノマは全速力で走っている。
10人程の領民が、20人以上の2層兵に追われているのだ。
特にノマを焦らせるのは、その後方。
上空から眺める鳥の鋭い目に捉えられた、村の惨状だった。
領民たちが通過したと思われる村には、死体と2層兵が見える。
どう見ても、虐殺が行われたのだ。
鳥の見つけた領民たちは、その虐殺から逃れたのだろう。
だが、細い田舎道を荷車を引きながら逃げているので、兵に追いつかれるのも時間の問題だ。
領民たちまで、2層兵は数十米。ノマは数粁。
必死の競走だ。
2層兵の伍長ベイクは、不思議な高揚感に囚われていた。
2層の比較的裕福な商家の四男として生まれ、成人しても家も継げず新たな商売を起こす気にもなれず、くすぶる事数年。次男の紹介で入った領軍は、居心地が良かった。
たまに出る魔物相手の討伐こそ命がけだったが、他の任務は領民を相手に威張りちらしていれば、良かったのだから。
2層の全ての人にとって不幸な事に、ベイクに限らず2層兵には、兵は民を保護する為にいる、という意識が全くなかった。
まだ貴族の方が、民の生活が自分の収入に直結する為、保護意識があったくらいだ。
まして、縁も所縁もない3層の民に対しては情けのあろう筈がない。
なので。
ベイクは、不思議な高揚感に包まれていた。
今まで、人を殺したことはなかったが、今回3層の民を手にかけ全く忌避感がなかった。
それどころか、今逃げる3層民を追うことに、心が躍っている。
「隊長!あいつら、殺して構わないんでしょう?」
逃げる領民を追う2隊のうち、直属の隊長に確認した。
彼が先任であるため、この集団全体の指揮官でもある。
「構わん。ただ荷車の荷物は汚すなよ。大事な糧食だからな」
先任の隊長は、笑顔で言い放つ。
「男ばっかりだから、気にせず殺せるな」
「ガキだが、女が2、3人いたぜ」
「ガキじゃぁなあ」
人としての箍が外れ、欲望を剥き出しにした兵たちが笑い合う。
「そろそろ、矢で狙えないか?」
「ふざけんな。息が切れて狙えねぇよ」
「足止めにゃなるだろ」
それもそうかと、一人が立ち止まり、荒い息のまま、弓を引き絞った。
「がぁっ!」
悲鳴をあげたのは、弓を構えていた男だ。
上空から襲ってきた鳥の爪で、左手首を攻撃されたのだ。
「報告にあった鳥か!」
先任隊長が叫ぶ。
「周辺を警戒しろ!3層兵がいるぞ!」
オーミー男爵領でのシャルが、報告されていたのだろう。
2層兵は足を緩め、周囲に注意を向ける。
その間に逃げる領民は、距離を稼ぐ。
必死に足を動かす領民たちの目に、途轍もない勢いで走ってくる人影が映った。
「な、なんだありゃ」
思わず足を止めてしまう領民たち。
人影は、一瞬で彼らの前に達し、立ち止まった。
「助けにきた」
小柄な女性は、猛速度で走ってきたとは思えぬ涼しい顔で、そう言った。