108 避難その2
「男爵!来ました!」
オーミー男爵家の屋敷に家臣の一人が駆け込んで来た。
「来た?」
「2層兵、ですよ!30人は、いますぜ」
遅れてやってきた肥った家臣が、荒い息で報告する。
「魔法兵と、思しき奴も、3人は、います」
オーミー男爵は天を仰いだ。
「兵数も兵種も最悪の上をいく、か」
そして、使者2人組の方を振り返る。
「あなたたちは離れていて、我々と2層兵が衝突したら、その隙に領民を逃してください」
「承った」
「よろしくお願いします」
「御武運をお祈りします」
「ああ」
男爵は朗らかに笑った。
「そいつは大量に必要でしょうね」
その場は、騒然としていた。
完全武装の兵30人に、騎乗士が3騎。突然に乗り込んで来たのだ。
領民たちは、遠く離れて兵たちを囲んでいる。
「我々は、第二ダンジョン卿閣下隷下の兵である!これより、この村は第二ダンジョン卿閣下が直接支配なさる!代表者はいるか!?」
騎乗士の1人が馬上で、叫ぶ。
「だ、代表者いうても、この村はオーミー男爵の領地ですんで」
中年の大柄な男が、おずおずと答える。
「貴様は?」
「一応、この村の村長です」
「よし!では、貴様に命ずる。村にある全ての食糧を供出せよ!」
「は?!なに言ってんだ!そんなこと」
あまりの要求に、戸惑いも恐怖も忘れた村長が抗議するが、その肩を槍の柄で殴られる。
悲鳴を上げて倒れ込む村長を、慌てて周囲の者が支えた。
「命令は伝えた!逆らう事は許さん」
そう言いながら、騎乗士が右手を上げると、背後の兵たちが武器を構える。
「盗賊よりタチが悪りぃじゃねえか」
領民の誰かが呟く。
一触即発とも思える、その時。
「まあまあまあ、穏やかじゃありませんな」
場違いなほど気の抜けた声がする。
オーミー男爵が家臣5人を連れて、やってきたのだ。
穏やかな表情と口調ではあるが、全員武装している。
「我が領地に何用ですか?」
2層兵に近付くオーミー男爵から、家臣のうち一人が離れ、村長の方に近寄る。
そして、なにか耳打ちをした。
「え?いや、でも」
村長は驚いた表情を見せるが、さらに耳打ちされると、力なく頷いた。
「みなの衆、用意をするぞ。倉の前に集まってくれ」
そう言って領民を引き連れ、村の奥の方に下がっていった。
「一応、申し付けの通りにするよう言い渡しましたが、納得したわけではないですよ」
オーミー男爵が、予防線を張るように言った。しかし、2層兵たちは自分たちの要求に従ったかのように見える成り行きに、警戒度をかなり下げたようだった。
「一体、どれほどの食糧がいるんです?」
オーミー男爵の問いに、騎乗士は先程の要求を繰り返した。
「村にある全ての食糧だ」
「は?」
さすがにオーミー男爵も、驚きのあまりへんな声を出す。
「いや、さすがに全部というのは。我々の食う分だってありましね」
「そんな事は知らん。自分たちで工夫して食っていけばいいだろう」
騎乗士の言いように、オーミー男爵は諦めたように息を吐いた。
「わかりました。村に『出せる』全ての食糧はお渡ししましょう」
「出せる食糧じゃない。全ての食糧だ」
ああ、こいつは馬鹿だ。
オーミー男爵は、心の中で呟いた。
お互い妥協できるごまかしを提案したのに、ためらう事なく切り捨てやがった。
馬鹿というより、自分の優位を信じ込んでいる、と言うべきかな?
オーミー男爵は、暗い笑みを浮かべた。
だがね、武力を背景にした優位ってのは、案外簡単にひっくり返るもんだよ?
「おい!あの煙はなんだ!?」
騎乗士が、男爵たちの背後を指差して叫んだ。
そこにはドス黒い煙が立ち上っていた。
その煙の周りを一羽の猛禽が飛んでいるのが見える。
「ああ、あれは不用品を焼いている煙でしょう」
「なんだと?」
「持って行けない食糧なんかを燃やしているんですよ」
「貴様!騙しおったな!」
「いや、だから『出せる』食糧は渡すって言ったじゃないですか。燃やしちゃうんで、出せる食糧は、ないんですけどね」
読んでいただき、どうもありがとうございます。
今回の最後に主人公組が颯爽と登場する予定でしたが、ご覧の有様です。
次回こそ颯爽と登場するはずです。たぶん。




