102 馬車の旅
まずは森の村まで戻ってみる。
鳥たちに探ってもらった限りは、今すぐどうこうという事態ではない様だ。
上層に残したネズミの情報網からすると1、2層に困った動きがあるようだ。今回の呼び出しも、それが原因だろう。
いろいろと準備を整え、時間を調整して森の村に赴いた。
6層はゴローン3号と4号を新たに稼働させたので、魔樹対策はバッチリである。
俺たちが不在の間は、川のこちら側の開拓を主とするように言い残してある。
さて、久しぶりの森の村だが、広さが3倍程になっている。畑の整備も進んで、活気に溢れている。
「よう、デレク」
村に入る辺りから、何人もの尖兵に声をかけられたが、全員の表情は明るい。
「そりゃ10年近く、全く動かなかった開拓が一気に動いたからな」
層長は開拓村へ行っている為、留守番役のオドが厳つい顔に笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「みんなのやる気も出るってもんだ」
地魔法主体の戦い方で、レベルも順調に上がっているらしい。
6層の流行最先端として、防御石の見本と作り方を解説した紙を渡した。
「便利なのはわかるが、作るのが大変そうだなこりゃ」
石の表面にビッシリと刻まれた魔法陣を見て、オドはため息をついた。
「大変なのはその通りだけど、慣れれば案外量産出来るもんだよ」
嘘です。ダンジョンマスターの能力を使って手抜きをしています。
「大きめの石で練習するといい」
正真正銘、手作業で頑張った経験のあるノマが助言した。
「まあ、手先の器用な連中に任せるさ」
オドは防御石と紙を大事そうに棚にしまった。
「で、俺たちを呼び出したのは?」
「そいつは、開拓村にいる層長と公子に聞いてくれ。俺は、上との揉め事だとしか聞いてねぇ」
「上?3層じゃないでしょ?2層と?」
シャルの言葉にオドは首を横に振った。
「一層、というか王様さ」
驚くべき事に森の村と開拓村の間は、馬車で移動できた。
それも俺たちの為に、特別に仕立てたのではない。1日1往復定期的に運行しているのだ。
「とりあえず道を通しただけだからな。乗り心地に期待すんなよ」
見送りの際、オドがイタズラっぽく言っていたが、乗り心地は期待以上だった。
もちろん悪い方に。
道はそれなりに広いが、両脇に魔物除けの真木を植える事を優先したらしく、路面はほとんど整備されていない。
真木の並木と薄っすらと見える轍に気がつかないと、どこが道なのかよくわからない。
馬車を走らせているのか、振動を与えて壊そうとしているのか、良く分からないくらいに揺れている。
幌によって御者から見えない事をいいことに、〈浮遊〉で身体を少し浮かしているのだが、それでも大きく揺れた時には、身体があちこちに打つかるのだ。
2層で閉じ込められた馬車が、天国に思える。
「良くこの振動で馬車が馭せるな」
一応口に出して喋っているが、揺れとそれに伴う騒音で、事実上念話と一緒だ。
「乗り込む時に見たけど、御者はクッションのおばけみたいな格好をしてた」
ノマは最初っから念話のみだ。
「あ、森を抜けたかなー。ちょっと振動がおさまった?」
シャルの言葉に幌の隙間から外を覗いてみると、確かに北の森を抜けたようだ。
草原地帯に入って、確かに揺れも落ち着いたようだ。
木の伐採がない分、地面が荒れてないのだろう。
相変わらず、道の両脇には真木の若木が植えられている。
「良くこれだけ、真木が用意できたな」
俺たちは、ゴーレム君のおかげで、真木の苗木に困ることはないが、自前で用意したであろう5層では、大変だったはずだ。
「〈育成〉を使ったんだろうけど、今までは使える人少なかったんだけどねー」
〈育成〉は地魔法と水魔法の複合なので、難易度が高めな上、不人気の地魔法が必要ということもあって、農民の一部しか使えなかった魔法だ。
この真木の並木を見ても、〈育成〉の使い手が相当増えた事が分かる。
「農作業も捗っていい事」
ノマの言葉に頷く。
やがて、懐かしの開拓村が見えて来た。