序章「目覚め」
ーそれは、6年前のこと。
優しくてかっこよかった、僕の自慢のお姉ちゃん。
僕はお姉ちゃんが大好きだった。でも、パパとママのことも大好き。みんな大好きな、最高の家族。
ーそれは、僕が12歳になった日のこと。
僕は学校も好き。
友達に会えるし、先生はいい人。僕の二つ目の家と言ってもいいくらい。
ーそれは、壊れてしまったお姉ちゃんのこと。
今日は僕の誕生日。帰る家にはごちそうがある。プレゼントがある。温かい家族との誕生日パーティーが、僕を待っている。
でも。
ただいまと言って開けた玄関の向こうには、
真っ赤に染まったパパとママが待っていた。
お姉ちゃんが奥から歩いてくる。
「おかえり、誕生日おめでとう〇〇!」
いつも通りの優しい笑顔。いつも通りの、優しいお姉ちゃん。そう、いつも通り。
ーーー紅く染まった右手に、血に塗れた杭が握られていること以外は。
「どうしたの義行?今日は貴方が主役の、特別な日よ?」
「私も、この日をとても楽しみにしていたのよ。」
「やっと私の夢が叶うんだもの。」
お姉ちゃんは、僕のお腹を貫いた。痛いとか、悲しいとか、よく分からない感情が通り過ぎた時、僕は眠るように倒れ込む。
次に目が覚めた時、僕は僕でなくなっていた。
〜〜〜〜〜
ー西暦2528年 日本・東京ー
ーーー腐っている。
「へへへっ。いいじゃねぇか、ねぇちゃんよぉ。」
「いやだ、やめてください!誰か!」
ーーーこの世界は、腐っている。
「こんなとこで声上げたって、誰も来やしねぇよ。うへへ。」
「誰か、誰か助けて!」
ーーーそうだ、だから僕は
「ああん?なんだテメーは、ぶっ殺すぞ!」
ーーー俺は、この世界の破壊者になろうと、決めた。
「今晩は、お兄さん。」
金髪男の後ろから、ロングコートを着込んだ少年が飄々と挨拶をする。男が強姦まがいの事をしていたのは、とある繁華街の路地裏。真夏にコートを着込んだ年端もいかない少年が、しかも「今晩は。」などと挨拶しながらやってくれば、それだけでなかなか不気味であった。男はたじろぎながらも少年に詰め寄る。
「見てんじゃねぇって言ったんだ。俺が手ぇ出す前に、どっか行け。」
だが、彼の声がさも聞こえていないかのように、少年は絡まれていた女に呼びかけた。
「お姉さんも、今晩は。この人は僕が相手しておきますので、もう帰って大丈夫ですよ。」
夏の暑さで薄着になった女性を見ると、金髪男はどうにもたまらなくなる。1ヶ月程前から路地裏で同じ様な事を繰り返してきたが、今回ほど上物な女はいなかった。
ゆっくり楽しもうとしたその玩具は今、逃げていく。目の前の少年に、逃がされていく。
「オイッ!待てよ!」
必死に追いかけようとするが、少年に道を阻まれる。金髪男の頭にはもう、目の前の少年を血祭りに上げることしかなかった。
「テメェェェ!自分が何したか...」
怒声を吐き出しながら拳を振りかぶる。あまり喧嘩はしたことのない金髪男だったが、相手はたかが背が高いだけのひょろいガキ。自分一人で充分やれると踏み、
「分かってんだろう、なぁッ!」
彼は渾身の一撃を顔面に叩き込んだつもりだった。だがそれを見た者が居たとすれば、金髪男は何もない場所を殴り、少年は悠々と彼の後ろをとったように見える、それほど差のある動きだった。
手応えのない拳を戻し、男は後方に目標を定める。しかし怒りに任せ振るった最後の拳が、少年に届くことはなかった。
腕を交差させた少年。コートの袖で光る肉厚のナイフ。
二本の軌跡に自分の頭と体が切り離されたことを理解する間もないまま、彼は生命活動を終えた。
少年、板野義行が両手を引く。逆手持ちのナイフに付いた血を振り払うと、それが合図だったかのように金髪男の頭が地面に落ちる。ふと、家畜のように輝きを失った瞳と目が合った。
「…マズそ…」
義行は頭部を拾い上げると、醜く滴る血を口へと運ぶ。この金髪は相当不健康な生活を送っていたのであろう、ドロドロとした久しぶりの血液は、やけに喉に引っかかった。
渇きが満たされたところで、金髪頭を放り捨てる。無様に暗闇へと転がる頭部を尻目に、義行は大通りへと消えていった。
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