其の6 事件の真相
其の鏡は映像を映し出した。棘棘しい光景が展開されている。
火下陽子が帰宅途中の様子が写った。お腹がやや大きい。妊婦の様である。
突然、お腹を押さえ出した。「うううう」塀に寄りかかり、苦しんでいると思うと、お腹の辺りから血が噴き出した。彼女はヨロヨロと塀に倒れ伏した。すると・・・ゴブリ・・・と鈍い音と共にお腹の辺りが破裂した。其処から裸の彼女自身が這いずり出て来た。素志て、辺りを見回すと空に飛翔した。
「何だ?此れは?オカルトの活動写真か?」
映像は鮮明だった。総天然色だ。此の時代こんな映像は此の世には無い。
「霊験高い神鏡です。先代陰陽師・安倍泰親の物です。鳥羽帝の時代に表れた玉藻前を九尾狐と見破った神鏡です」
映像の場面が変わった。
柳田のアパート前に彼女が表れた。映像は玄関先から捉えている。柳田が中に通して暫くすると戸が開いた。「はあ、はあ、あれは何だ!?」「どうしました?柳田さん?」隣の佐藤だ。「覗いてはいけない!」グバッ!佐藤の頭が吹き飛んだ。其処に木藤と合田が駆けつける様子も映し出した。
「此れは霊波を使った記録映像です。角度やらも自由に変えられます」
「・・・・・・・」警察側は息を飲んだ。
「合田、俺とお前が出てる・・・・紛れも無いあの時の姿だ」
「映像から音声が出てる・・・・」
「ほんの前まで部屋の中で須佐之男殿と妖狐が戦っていたんです。妖狐は其の形跡を消し去りました」
「木藤!どういうことだ?」
「警部、こ、此れは、此れは紛れも無くあの時の様子です」
「わ、わかった。わからんがわかった。此れを動く証拠写真だとしよう。お前達が写っている?と云うことは時間経過からして、遺体発見の後だな。此の女は腹から出て来たもう一人の火下陽子?」
「此れは複製です」
「何?」
「どうやったかは知らないが、あの女性のお腹の中に細胞単位で入り込み、彼女から養分を吸いながら複製して行く。完了したら自らお腹を蹴破って出てくるのです」
「旦那も奥さんも妊娠したと思ったってことか?」
「妊娠したように視せ掛けるんです。医者など幾らでも騙せる。此れがひと化け、物の怪です」
「化けて出る・・・・って奴か」
「狐狸の得意技です」
「白面金毛九尾狐・・・・・」
「あなた方は妖狐に翻弄されているのです。先生は罪人では無い。巻き込まれているだけです。狐は彼を殺すのでは無く、社会から抹殺しようと企んだんです」
○白面金毛九尾狐伝説
中国の殷(前17世紀~前11世紀半ば黄河中流域を支配した古代王朝。 日本では殷と呼ばれるが次の周王朝がつけたもので、自らは商と称した。商人と云う言葉の発祥です。周が何故?殷と呼称する理由は明らかではない。)の時は妃妲己として、中天竺(インド)の耶掲陀国の班足太子の前には華陽婦人として、中国の周の幽王の時には褒似と名乗って現れた金毛九尾狐は、何れも王を巧みに惑わして暴君に変身させ、国を滅亡へと導いた。
妖狐は後、天平7年遣唐留学生として唐に渡っていた吉備真備が帰国する船の中に乗り組み若藻と云う美少女に化け、日本に渡って諸国を歩き数百年を過ごした後、堀川院の時代には女の捨て子に化け、山科で謹慎中の武士・坂部友行に拾われ、藻と名付けられ育てられた。
藻は成長するに従って和歌の才能を発揮し、7歳になると宮中にあがり、やがて玉藻前として鳥羽帝の側女に取り立てられ寵愛されたが、其の頃から鳥羽帝は原因不明の病に冒された。陰陽師安倍泰親に占うと、神鏡に白面金毛九尾が現れた。其れが玉藻前である事が解り、見破られた妖狐は那須野が原へと逃げ去り、また此処で数々の悪事を働いた。
下野の国那須郡の領主・那須八郎宗重は、朝廷に対して訴え、泰親から妖狐が恐れる神鏡を借り受けた。神鏡の威光に恐れをなしてか妖狐の悪事は間もなく収まった。しかし、其の十数年後、妖狐が再び悪事を働き領民を苦しめるので朝廷は安倍泰親、安房の国の三浦介義純、上総の国の上総介広常を那須野が原へ遣わし、八郎宗重と共に退治するよう命じた。泰親の祈祷と三浦介・上総介によって妖狐は退治されたが、天が俄に掻き曇り、天地は鳴り動き稲妻が起こったかと思うと、其の屍は大きな石と変化した。其れから二百数十年後、石化した妖狐の凄ましい怨念は残り毒気を放って近づく領民や獣、鳥などを死に至らしめたので、人々は「殺生石」と云って恐れ戦いた。
災禍が止まないことを憂いた朝廷は、会津の示現寺に住んでいた玄翁和尚が遣わされ、長い祈祷の後に持っていた杖で石を叩くと、殺生石は砕け散り、ようやく妖狐の霊は成仏した。
玄翁和尚が調伏した殺生石は、栃木県那須郡那須町湯本に存在しており、現在の殺生石付近は観光地となっているが、且つては那須岳の火山性有毒ガスが噴出し、近づく者を死に至らしめたとされる。
「で、殺された人間が襲いに来るわけが無い。でも先生は自分の無実を晴らす為、人相書きを描かせてしまう。顔を知っているぞ。こいつが犯人だ!となる。先生はアリバイも無い。供述は嘘だとされる。しかし、木藤刑事と合田刑事は何か怪訝しい・・・と気づく」
「木藤、合田。此の事件は頭脳明晰な犯人の絡繰りで、警察に挑戦している・・・と思ったな」署長は問いた。
「はい」
「わたしには、失礼だが此の方たちも柳田に加担する犯人一派で、裏で操作している・・・とも、とれるが・・・宮内省に、皇宮警察に踏み込むか?」
「署長、警部、宮内省も皇宮警察も関与はあり得ません。第一時世界大戦の折の不況から凶悪犯罪がまかり通っていますが、だが、我々の捜査は迷路にどんどん入り込んでしまう」
「わたしの懸念も其処にあります」と合田。
「木藤、お前たちには何か考えがあるな。刑事が銃を持ち出すのは違反だぞ。どうやって持ち出したかなど問わない。確かに凶悪犯罪が多くなって来ている。後、数年すれば、警官に銃携帯を許すだろう。火器を使う意図があったのだな?撃ってはいないからわたしは誤摩化すが、何故だ?云いづらいと思っていることがあるな?かまわん、其のまま、云ってみろ」
「署長、わたしは・・・何か嫌な予感がしました。銃で対抗しなければと。予感は正しかった。・・・わたしは彼らを信じます。自分の母親は命をかけて、九尾を封じ込めました。其の後、須佐が守る・・・と云ってくれた。其れから数十年経ち、其の須佐が現れた。わたしは理解した。此の事件は迷信と云われるものを利用した魔物が起こした事件だと。其れに現場でわたしは九尾を視た」
「な、何だと?!」
「わたしは子供ながら、九尾の恐ろしさを此の眼で視た。此の世のものではない。署長、我々で対処出来るものではない。軍隊を要請しましょう」
「」
「署長である、わたしも半信半疑だが、こうして皇警の特務の方までいらしている。忌部警部、此の方々の云うことに同意し、皇警にお任せしよう。しかし、木藤、合田は付けて真相を知りたい。皇警の方、其れでよろしいですか?」
「結構です」
「忌部警部、木藤、合田、どうだ?」
「了解しました」
「柳田さん、貴方は署に留まりなさい。護衛です。自宅は危険だ」
「はい」
「署長、先ほど、軍の要請と出ましたが、既に我々が出しています。1km範囲の住民に避難勧告を出しています」
「何ですと?何故です?」
「で、先ほどの釈放させた質問です」
「伺いましょう」
「柳田先生が署に連行されてから、奴は計画通りに進んで成り行きを視ようとしたのでしょう。しかし我々は此の侭では先生が危険だと思った。鑑識は、殺人方法の可能性を見い出しますが、あくまで可能性です。けれど先生は容疑者です。容疑者でも社会的には抹殺されるでしょう。素志て、何もかも失って絶望した時に先生を殺します。失望した魂を喰うのが奴なのです」
「確かに我々警察は柳田と事件の関連を繋げるのに躍起になったでしょう。其れと釈放とどう繋がるんですか?」
「奴は拍子抜けするでしょう。どういうことだ?と。必ず姿を表す。其処を我々が突こうと思いました。しかし、予想外のことが起きた」
「火下茂ですね」
「そうです。違った方向に進み出したんです。奴は慌てた。柳田を今、殺されては何もならない・・・と。で、妖力で火下茂を殺した」
「妖力で?」
「念力です。人間を破裂させた。素志て焦りから油断して姿を視られた」
「木藤さん!」合田が木藤を視た。
「木藤刑事、奴の一番の予想外は、貴方なんです」
「俺?」
「そうです。警察官の中に玉藻神社の人間が居るとは思っていなかった。柳田先生のアパートに奔って来た時は吃驚したはずです。あの神社の子が刑事になっていた。自分の事を知っている奴が警察内に居る・・・事によると此れは拙い。刑事2人が、異質な気配に気付き始めた。人間たちが真犯人の可能性を見極め始めた。柳田を弁護しようと皇警からも人が来た。奴の計画が狂い始めた。だから、一気にカタをつけに来ます」
「と。云うと?」
「此処に来ます」
「警察に殴り込みか?!一人で?」
「皆殺しです。魂を喰われます。魔に常識は通用しません。魔との戦いは貴方がたとは違う。銃砲も通用しない。あなた方は逃げて下さい。先生もです。我々が戦います」
「軍隊、住民避難はそのためか。しかし、あなた方は何人ですか?其の人数で戦うと?」
「まだ、来ます。妖狐も一般市民に姿を視られたくはないから、まだ時間はあります。お逃げなさい」
「一人で殴り込みを掛けて来る奴を置いて逃げろと?!警察の威信に関わるぞ。署長!我々も戦いしょう!」
「犠牲者が増えるだけです!」
「治安維持が仕事の我々に逃げろと?!銃器室を開けろ!全員に武器を渡せ!1884年の秩父事件の埼玉県警だ!」
○秩父事件
1884年(明治17年)10月31日~11月9日。埼玉県秩父郡の農民が政府に対して起こした武装蜂起事件。