其の5 陰陽師と須佐一族
忌部警部は、急な客に呼ばれた。上層部の人間らしい。署長と共に迎えると云う。
「誰だ?此の忙しい時に」
忌部警部が応対室の戸を開けると、署長とグレイのスーツの管理職らしき中年男性、黒服の男2人が居た。黒服の男達は共に20歳代後半と思われ、胸には小さな菊の紋章に十字の剣が描かれたバッジをしている。管理職らしき男性の襟には菊の紋章バッジ。明らかに皇宮の人物だ。
署長が紹介した。「捜査一課の忌部警部です」
「忌部です」
「忌部君、此の方達は皇宮警察内の特務機関の方たちだ」
「あ!柳田に釈放命令を出した・・・?」
「そうです。申し訳ありませんでした」グレイスーツの男が頭をたれた。
「有り得ませんね。御上が権力の傘を使うなんて。現場の刑事たちが混乱して怒っています。大体、あの柳田とか云う奴に何故?そんな気を回す?其の為に民間人が一人殺されたんですよ」
「迂闊でした。申し訳ない。まさか、そんなことが起きるとは・・・ですが、彼を出さねばならなかった」
「何故ですか?」
「其の前に我々の機関の職務をお話します。可成り突飛様子の無い話です」
「聞きましょう」
すると黒服の男の1人が話し始めた。
「わたしは須佐佐助と申します。我々の機関は数千年前から存在しています。天皇直属の秘密機関です。御上の命に従って行動します」
「数千年前から?!!!」
「はい、源頼光と四天王もそうでした。わたしは須佐一族、彼は陰陽師です」
「須佐一族?陰陽師?」
「須佐は須佐之男命の一族です」
「ス!スサノオ???」
「天皇族には大昔から大きな敵が居ます。如いては日本の敵です」
「露西亜?とかじゃないんですよね」
「忌部君、ちゃんと聞け」
「異界から時折り現れる魔・・・です」
「百鬼夜行ですか?」
「色色です。小物から大物まで。全てが罪を犯す訳でもない。調査、捜査、粉砕もします。八岐大蛇の神話はご存知ですね。柳田先生は以前、共に八岐大蛇を退治してくれたのです」
「あ、あの男が?!八岐大蛇?!!」
「天皇から厚い信頼を受けたのです」
「ほんとですか?」
「しかし、其の時から彼は魔から狙われる様になった。今回の事件は彼が標的です」
「魔とは?何にですか?」
「異界に棲む異生命体です。我々の常識は通用しない。古代では(モノ)と云っておりました。実体の無いものです。此れが人間社会に現れる時は何かに同化したり、化けたりします。其れが物の怪です。現世に時折り表れて悪さをする。妖怪と呼ばれる物は現世に居着いた物達です。下等な(モノ)達で、たいした罪の無い、子供と遊ぶのが好きな連中です。柳田先生の学問は此処です。其の民間伝承を調査している。しかし、最悪な(モノ)が降りて来たりもする。其れが今回の白面金毛九尾狐です」
「九尾狐?八岐大蛇?貴方がた正気ですか?署長、彼等、本当に皇警の方達ですか?」
「宮内省から会うように連絡が来た。まぎれもなく皇警の方達だ。忌部君、彼らも此処に呼ぼう」
「木藤と合田をですか?」
「彼らも何か異質な事件だと気づいている筈だ。参考になるかもしれん」
「署長、柳田さんも呼んでいただけますか?」
「柳田を?ですか」
暫くすると3人がやって来た。柳田は手錠をされている。
「陰陽師さん!佐助さん!」
柳田は皇室で既に彼等と会っていた。
「先生、とんだ災難ですね」
「ちょっと、待ってくれ。あんた方、何だ?警察内で容疑者に向かって災難だと?」
木藤は腹が立った。
「木藤!馬鹿!失礼なことを云うな!このかた達は皇宮警察の人たちだ」
「皇宮警察?この柳田を釈放させた、おめでたい方々ですか?」
「あなた、木藤さんのお坊ちゃんではないですか?」佐助がそう訪ねた。
「何だと?」
「大きくなられた。お父様はお亡くなりになられたそうですね」
「誰だ?あんた、何者だ?」
「わたしは随分以前に、玉藻神社であなたに会っている。一目でわかりました」
「・・・・・・・あ・・・・・」
「どうしたんですか?木藤さん?」合田が不思議そうに顔を視た。
「ま、まさか・・・・・・・・・須佐?」
「佐助です」佐助は微笑みを返した。
「なんだ、木藤、お前、この方と知り合いか?」
「警部、会ったのはわたしが子供の頃ですよ」
「何?」
「あんた、あの須佐じゃないだろ?そっくりさんだな」
「いえ、あの須佐佐助です。細かいことも覚えていますよ」
「本人だと云うのか?」木藤は困惑している。
「木藤、何を云ってるんだ?お前が子供の頃って、この佐助さんはもっと幼子だろ?」警部も署長も合田も不可思議だと思った。
「署長、わたしの母親が焼死したのは知っていますね。其の後、彼だと云う男が突然、家を訪ねて来たんです。後は親父に聞いた話ですが・・・何せ子供だったので」
「聞かせろ」
「須佐一族の者だと。奥様は気の毒なことになった。あなた方に、もうこんな不幸は訪れない。わたしたちが守る・・・と」
「妖狐からってことか?」
「そうです。わたしも親父も信じなかった。何処かの怪訝しい宗教団体の勧誘だろうとね。しかし・・・」
「うん」
「あの時の姿と全く変わらない・・・・」
一同は唖然とした。
「そして、鏡を置いていった。高貴な神具だと。もし突発的なことがあったら、此れを使いなさいと」
「鏡?」
「木藤さん、あの鏡はまだありますか?」
「あるとも。親父は何かを感じたらしい。神社は俺が継がなかったから廃墟になって土地ごと売った。実家ももう無い。鏡は俺が持っている」
「其の鏡が最大の武器になります」
「ちょっと、待ってください。須佐さん、あなた、歳を取らないんですか?」
「歳は取りますが、あなた方より少しゆっくりしています。陰陽師殿も同様です」
「ば、馬鹿な!あなた、宇宙人ですか?」
「署長、彼らは尊い方たちなのです」内務省の中年の男が述べた。
「科学的にどうとは云えませんが、わたしは出雲の須佐部落で育ちました。どうも其処は異世界の様です。現世と時間の経ち方が異なる。わたしは現世に舞い降りて既に50年です。現世では人並みに歳を取ると思っていた」
「・・・まるで竹内文書の天皇のようだ。元々、天皇はとても長生きだったと書かれている。現人神になられてから人並みの寿命になったと云われる・・・」柳田も不思議そうに眺めた。
「しかし、わたしの姿はあまり変わらなかった。信じられませんよね。こういうものを見せましょう」
傍らから古い青銅の鏡を取出した。
「此の鏡に全てが写ります。お視せしましょう」