其の4 狐憑き
応援が来て、大騒ぎになった。住民は皆、家の中にひそみ、脅えている。
「また殺された!何なんだ?此処で一体何が起きてる?!」
柳田はまた連行された。
柳田は車の後部座席に木藤と乗った。合田が運転している。3人とも無言である。
「皇宮警察も糞もあるか!現行犯だ」
取り調べ室でも無言である。何を話したら善いのか刑事二人は検討が付かなかったのだ。
外では忌部警部が心配そうに耳聞きしていた。
木藤が口を開いた。「さっき、起こった事を説明出来るか?」
「出来る訳が無い・・・あの男は何者ですか?」
「火下茂。殺された女性の旦那だ。妻の惨たらしい屍体を視た時、犯人に復讐してやる!と云ってたよ。警察官の前でな。眼から血が出るように怨んでいたよ」
「復讐・・・・」
「此の事件は捜査本部が置かれるだろう。本庁も動く」
「火下はあんたが犯人だと思い込んでいたよ。油断だった。ああならなかったら・・・あんた、殺されていたな。俺達は咄嗟に銃を構えたが、撃って致命傷でなかったら、あんた、終いだった。手すりが邪魔だったし、奔っている人間だからな」
「つまり、どういうことですか?」
「誰かが邪魔をした」
「邪魔?」
「助けたんだよ、あんたを」
「誰が?」
「知るかよ!あの状況は遠隔でやったとしか思えない。あんたを巻き込んでの自爆なら包丁はなんだ?威嚇か?自爆であれば周りを巻き込む。あの男にそんな豪気は無いし、目的はあんただけだ。しかし、爆弾でもない・・・・視れば解る」
「風船みたいに破裂した?・・・・誰かが遠隔にやった?」
「小型爆弾を付けた吹き矢、あるいは弓矢?音がしないしな」
「爆弾じゃないんでしょ?中から破裂したんでしょう?」
「・・・・何かの知能犯だ」木藤と合田は言葉も無い。
「柳田、少し違う話をしよう。あんた、考古学って云うがオカルト学の権威なんだろ?」
「権威と云う程の者じゃないです。研究課題です。オカルトでは無く民俗学です」
「よく解らないが、霊体験やら千里眼、妖怪なんかも入っているんだろ?」
「はい。民話、伝説が主です」
「実は俺の実家って栃木の神社でね」
「神社?」
「ああ、千年以上前からな。木藤って名字だって昔は祈禱だったんだよ」
「祈禱!?」
「うん、祈祷師の祈禱。親父の代までね」
「なぜ?跡を継がなかったんですか?」
「合田、俺の生立ちの事、知ってんだろ?」
「はい、署では有名ですよ」
「ち!皆、知ってんのか。俺の代わりに此の先生に話してやってくれ。俺は外で警部と話すことがある」
「構わないですか?」
「いいよ」
木藤は外に出た。
「柳田、木藤さんのお母さんって自殺したんだよ」
「自殺?」
「暴行をしたんだ。近所住民を噛み付き廻って。四つん這いでね。神主の父親が狐憑きだと結論し、除霊の意味で祈禱と板っ切れで叩いたんだ。最後は自ら火を放って焼死した」
「狐憑き!」
「実家の神社の名は玉藻神社、または玉藻稲荷神社と云うんだよ」
「玉藻!」
「知ってるな。玉藻前。日本に来たとされる九尾の狐伝説」
「無論、知ってます」
「退治されたことも」
「妖狐は宮廷で陰陽師に正体を見破られ、那須野が原へ逃げた。妖狐が再び悪事を働き領民を苦しめるので、朝廷は陰陽師・安倍泰親、武士、安房国・三浦介義純、上総国・上総介広常を那須野が原へ遣わし、八郎宗重と共に退治するよう命じた。
彼等によって妖狐は退治されたが、其の屍は大きな石になった。其れから石化した妖狐の凄ましい怨念は残り、毒気を放って近づく領民や獣、鳥などを死に至らしめるので、人々は「殺生石」と名付け、恐れ戦いた。
其処で、会津の示現寺・玄翁和尚が遣わされ、長い祈祷の末、杖で殺生石を叩いた。石は砕け散り、妖狐の霊は成仏した」
「木藤さんの家は其の玄翁和尚の家系なんだ」
「え?!」
「神話、伝説・・・何が真実なのか?わたしには信じられないがね。記述される人は皆、現実に居た人だな」
「神話や伝説は何かを伝えようとしたものだと思います。わたしの学問は伝承からの日本文化を探るものです」
「柳田、わたしは今までに無い異質な事件に思える。人間が行える犯罪では無いともね」
「そうだな。捜査本部など無駄使いだな」木藤が部屋に入って来た。
「柳田、俺には先祖からの何かしらの力を授かっているらしい。木藤の勘は100%当たる・・・そう云われるのも其の御蔭さ」
「女がわたしの部屋に来た時、玉藻陽子と名乗ったんです」
「玉藻陽子?お前を襲ったと云う死神か?」
「口頭ですから漢字で書いたらどうなるのか知りませんが」
「陽子は被害者女性の名と一緒だ。玉藻か・・・・」
「木藤さん、おちょくってますよ。洒落じゃないですか」
「何が?」
「陽子・・・妖狐ですよ」
「玉藻妖狐か?合田・・・信じるか?」
「何も解らないし、捜査にもならないなら其の線から探ってみては・・・どうでしょう?安易ですか?」
「俺な、あの時、屋根で何を視たと思う?」
「ああ、あの時。わたしには何も視得無かった」
「狐だよ。大きな狐だ」
「狐!!!???」柳田と合田が同時にひっくり返った。
「白面金毛九尾狐だ。子供の頃、一度視たんだ」
「前に視たぁ!!!???」柳田と合田が更に同時にそっくり返った。
「木藤さん、俺、幾ら貴方が神社の息子でも現実派で迷信派だと思ってましたよ」
「誰にも云ったことはないさ。母親は自殺じゃないんだ。俺な、視たんだよ。かあさんが死ぬ前に身体から狐が出てくるの」
「憑き狐の分離ですか?」
「で、親父に噛み付いて、こう云った」
「此の女は既に廃物だ。今度はお前を乗っ取ってやるわ」
「やめろ!」
「小僧!視たな。お前も殺してやる」
かあさんは狐を無理矢理自分の中に引き戻したんだ。
「やめろ!崩壊するぞ!」狐はそう云って慌ててた。
かあさんは強引に戻したんだが、内蔵から火が放った。焼死だよ。で、親父と俺は助かり、かあさんは死んだ。狐は二度と出て来なかった。
「あの狐、尾が九本あったんだ。馬鹿だろ?九尾狐を祀って、封印した筈が結局、母親が憑かれて殺されたんだ」
「其れから?」
「ちょっと、まて。何で其処まで話さなきゃならない?何でお前に聞かれてる?調書にならないぞ」
「木藤さんが言い出しっぺですよ」
「木藤刑事にそんな過去が・・・」
「柳田、実はさっき九尾を視てから、あんたの云ってたことを信じてみるか・・・と云う気持ちなんだよ。意見を聞かせてくれ。内密だ」