其の3 皇宮警察
被害者・佐藤次夫は機械工場勤務で一人暮らし、地方出身。其の実家から家族が身元確認に明日、出向くことになった。
もう一人の被害者の女性は遺留品から身元が解り、家族、夫が警察に遣って来た。
名は火下陽子。概婚。住まいは本郷の夫・茂の実家。姑と同居。現場の隣町だ。然る富豪の家政婦仕事の帰りに事件に巻き込まれたと思われる。
「陽子は、陽子は何処です!」
木藤と合田が応対した。「火下さんですね。担当刑事の木藤です。こっちは合田刑事です」
「姿が視たい。視せてください」
「身元確認をお願いします」
屍体は首から上は死に化粧がされ、綺麗にされてあったが、首から下は布で隠されていた。
頭には線香が置かれている。
「どうですか?」
「陽子です・・・間違いありません」
彼は静かに泣き出した。
「お悔やみを申し上げます。犯人は必ず捕まえます。ぶしつけですが、早急な捜査のため・・・と思って協力していただけますか」
「犯人を捕まえるためなら、何でも協力しますよ」
「火下さん、気丈夫な方だ。有り難うございます。失礼ですが、奥様は何か恨みを持たれるような事は無かったですか?」
木藤は少し遠慮気味に聞いた。
「刑事さん、貴方は男関係とか想像してますか?構いませんよ、聞いても。何もないですよ。優しい女でした。友人や周りに聞いてみてください。同じことを云いますよ。恨まれるなんて一切ありません」
「柳田と云う男を知ってますか?」
「柳田?知りません」
「奥様は双子ですか?」
「はあ?違いますよ」
すると火下茂は咄嗟に布を払いのけた。「あっ!視ない方がいい!」
其の身体は腹が無かった。其処には血塗れになった座布団が重ねてあった。布を被せて恰も身体が在る様に見せかけられていた。
「うわあああああああああーーーーー!!!!」夫は咆哮し、其の場に倒れ伏した。
「火下さん!」
「殺してやる!俺が犯人を探し出して殺してやる!陽子、復讐してやるぞ!」
「火下さん、気持ちは解りますが落ち着いて下さい。我々に任せてください」
「奥さんは乱暴などをされた形跡はありません。抵抗もしていない。即死だったんでしょう。」と鑑識の佐々木が云った。
「刑事さん、聞いて下さい。彼女は妊娠してたんです。わたしは妻と子を失ったんです」
「火下さん・・・・・」
暫くして気丈に火下茂は落ち着きを取り戻した・・・ように視えた。
「素地等は何ですか?」
全身、布で覆われて隠されていたが明らかに人である。
「同一犯がやったと思われる、もう一体の被害者です」
「其の脱がしてある靴・・・私の会社で仕事用に配給される靴です」
「はい?」
「ほら、名前が書いてある。同僚の佐藤の靴じゃないか・・・彼は其の侭履いて帰るのは禁止だと云うのに普段靴にしていたんです」
「同僚の佐藤?!本当ですか?!合田、ファイルを持って来い!」
合田は柳田の隣に住んでいた佐藤の身元ファイルを持って来た。
「此の人ですか?」写真を視せた。
「そうです・・・え?彼がもう一体の被害者なんですか?数時間前に別れたばかりですよ、え?え?何が?どうなってんですか?佐藤!お前なのか?!」
木藤と合田は顔を見合わせた。
「木藤ちゃん、ちょっと」
「何ですか?佐々木さん」
「妊娠の痕跡など無いよ」
「え?」
「旦那さんが帰ってから本格的に視るけど・・・」
朝である。
陽が昇り始める頃、長谷川学長が、いそいそと府警を訪れた。忌部警部が直接対応にあたった。
「おはようございます。捜査一課の警部、忌部と云います。学長、態々(わざわざ)申し訳ありません」
「善いんです。其れより柳田はどうですか?」
「留置所に居ますが元気ですよ。今、引き合わせられるように手配します」
「忌部警部、此れは何かの間違いです。彼はそんな男じゃない」
「彼の親族は来ないみたいですね」
「彼の実家は田舎で貧しくて閉鎖的なんです。息子が犯罪者扱いでは顔向けが出来ない。私が保護者代わりです」
「解りました。事情は察します」
「兎に角、早く会わせてください」
長谷川は面会室に通された。
「先生!」
「柳田・・・何があった?」
「誤解です。わたしは殺人など犯していません!」
「解ってる。だから何があった?」
「アパートで妖狐に襲われました」
「妖狐だと?まて、警察から聞いた話と違うぞ」
「警察は何と云ってます?」
「お前はアパートの住民の頭を潰し、近くで女性の腹を裂いた・・・・と。そういう殺人事件の重要参考人だと。聞こえは善いが容疑者だ」
「先生、其の殺された女性が自宅に来たんです」
「拙いな。顔を知ってることになる」
「時間的には殺された後なんです」
「何だと!では何か?殺された後、幽霊がお前を襲いに来たのか?」
「はい、似顔絵を作製したら同じ女性でした」
「馬鹿!そんな話を誰が信じる?警察はお前と女性が顔見知りだったと思うに決まってんだろ!」
「妖狐に憑かれた女なんです」
「そんな、安物怪奇小説みたいな話があるか!」
「木藤さん」
「何だ?合田」
「ちょっと、気になってることが」
「云えよ」
「何故?あの時、アパートの音が聞こえたんですか?」
「耳が善いんだろ?」
「彼処に居た警察関係者は誰も気付いていないですよ。かく云う俺もです。音などしていない」
「何を云ってんだ。ドカーンって音だぞ」
「聞こえませんでしたよ。其れと・・・」
「まだ、あるのか?」
「柳田ですが、何故?あの女性の顔を描かせたんでしょう?」
「うむ」
「自分が不利になるだけでしょ?」
「知ってたよ。俺はあの時、こいつは警察に挑戦してやがるのか?と思ったんだ。顔見知りだと解ったからと云って殺した証拠はあるのか?とな」
「木藤さん、貴方は勘が鋭い。気付いてんでしょ?怪訝しい・・・って」
「怪訝しい?」
「柳田と佐藤、火下夫妻・・・。此の関係を繋ぐものって何ですかね?」
「何が云いたい?」
「此の4人の関係と殺人の動機やら方法やら繋がりやらを考えても答えは出ないんじゃないか?と。しかし、柳田の行いだけが解りやすい・・・此れって怪訝しくないですか?捜査を撹乱させているような・・・・」
「・・・合田、もういい。取り敢えず其の推理はストップしとけ」
「木藤」
「はい、警部」
「突然だが、柳田は釈放だ」
「ええ!」木藤と合田は呆れた。
「警部、ちょっと待ってください。何があったんですか?」
「上からの命令だ」
「上?」
「皇宮警察が釈放しろと・・・」
「皇宮警察!?皇居護衛が目的の皇宮警察が何故、口を挟むんですか?」
「解らないが皇宮警察内の秘密機関からだ。陸軍も関わっている」
「皇宮警察内の秘密機関?陸軍?」
「そうだ。其の機構は可成りの力を持ってるぞ。御上と直に繋がっているらしい」
「天皇?!!!」
「公にしてはいけない。口にするな。聖域に犯罪無し・・・だぞ」
「聖域に関わる事に口を出すなって事でしょう?幾ら何でも犯罪者かもしれない男を釈放とは解せない。反対です」
「お前が其れを云える立場か?俺も内心はそうだが、逆らえん」
木藤は解っていた。警部の立場を考え、身を引いた。
「柳田か・・・奴は何者だ?只の講師じゃないな。かと云って只、釈放なんぞするか。行動を徹底的に見張ってやる。警部、よろしいでしょうか?」
「裏捜査だ。構わん。やれ」
柳田は釈放された。但し、条件付きで。
木藤では何を云うか心配だったので、合田が対応した。
「貴方は容疑が晴れた訳じゃない。まだ我々の監視下にある。外出は控えめに」
「あの借家にはもう居れない。借家を変えたいんですが・・・長谷川学長が自分の家に居候しろ・・・・と云ってくれています」
「それなら大丈夫です。いいですか、犯人だと決め込む人は必ず居る。貴方の監視は保護でもあるんです。慎重に行動して下さい」
柳田は自宅に着いた。玄関はまだ血を拭った後が残っている。「佐藤さんには可哀想なことをした・・・ん?」
道路を見下ろすと車が止まっていた。「見張りだな・・・」
「しかし、誰が私を釈放させてくれたんだろう?」
コンコン!
「はい、何方?」
「大家の立川です」
「はい、何でしょう?」柳田は戸を開けた。
「柳田さん、早急で申し訳ないけど、あんたさ、出てってくれないか?家賃の残りの日分は返すからさ」
長谷川学長の家に居候・・・と決めていたが、そう云われるとショックである。
「佐藤さんは殺されるし、下の車、刑事だろ?他の住民の迷惑なんだよ」
「私は被害者です」
「どうでもいいです。迷惑をかけられてるのは事実なんだから。大学の先生だってんで信用してたのに・・・」
世間なんてこんなものだ。口では気を使っているが、臭い物には蓋・・・である。玄関に血糊が付いてれば、そりゃ厭がられるか。
車の中には木藤と合田が居た。
木藤がふと、云った。「大家に出て行け勧告をされたみたいだな」
其の時、ふと、バックミラーに人が過った。
「ん?」帽子を深く被り、顔を隠しているようである。
「木藤さん、怪しくないですか?」
すると、柳田が玄関で大家と話しているのを視ると、アパートの階段を足早に駆け上り、懐から包丁を出し、叫んだのだ。
「やなぎだーーーーー!!」
「あれは、火下茂だ!まずい!追え!」木藤が叫び、拳銃を出し、車から出た。
「火下!動くな。撃つぞ!」
「喧しい!能無し刑事めらが!おりゃああああーーーー」
「うわあああーー!こっちに来るーーー!」大家は慌てて逃げた。
「うおおおおおーー」火下は柳田めがけて突進して来る。
「合田!撃て!」
パーーーーーン。
火下茂の全身が破裂した。
ボタッ、ボタッボタッ。肉片が木藤と合田の周辺に飛んで来た。カラン、カラン。近くに凶器の包丁が落ちた。
「あ、合田・・・撃ったのか?・・・」
「撃ってません」
「身体が弾け飛んだぞ・・・・」
「視ました」
「破裂して弾け飛んだぞ・・・」
「視ました」
「何でだ?!」
「知りませんよ!」
木藤は膝からへたり込んだ。
「火下が自爆した?」
「刑事さーーーん!」柳田が2階から叫んだ。
「大家さんが錯乱してます!」
近所住民が何があった?と云う顔で皆、出て来た。
「うわあああ!ひいいいいい!!!まただ!」
玄関の前に首が転がっていた。窓に指が張り付いていた。
「皆、パニックだ!皆さん、落ち着いて!自分たちは警察の者です!家の中に戻ってください!」
ふと、木藤がアパートの屋根を視た。
「あ、あれは・・・何だ?」
うっすらと獣の姿が在った。
「合田!あれが視得るか?!」
「はい?何が?」
「あれだ!屋根の上だ!何かいるぞ!」
「何も視得ませんよ」
「視得無い?」
木藤は眼をパチパチさせながら。よく視た。
其れは大きな狐に視得た。長い尾が幾つにも裂けている。
「きゅ、九尾の狐!!!????」
其の狐は悠寛と空に舞い上がると・・・消えた。